実行
事務所に帰り着いた。
深夜すぎて家に帰れない為、私は事務所に泊まる事にした。無駄に大きなソファは、色々役に立つ。
私が寝る準備をしていると、みつは何だか楽しそうに自分の、これまた無駄に大きな机の上で何かを描いていた。
「……よかったの? あんな安請け合いして」
私が声をかけると、みつは作業の手を止め私を見た。その顔は全く眠たそうでも困ってもいなかった。
「まあ、気狐だし。なんとかなると思うよ~」
「その、気狐とか野狐ってなんなの? 私にはさっぱりなんだけど」
「あ、そっか。あのねかおちゃん、これは妖狐、狐の妖しのランクの名称なんだ。一番下が野狐、次に気狐、そして空狐、天狐となるわけ。天狐はもう神様の域らしいよ」
「狐が、神様?」
「そうだよぅ。お稲荷さん、ウカノミタマのお使いだって狐じゃない。あれは気狐なんだよ。もっともっと修行を積んで空狐になって、そして引退したら天狐って言うんだって」
「……じゃあ、何であの玉葉って男の子は、こっちにいられないの?」
「かおちゃん。あの狐がこっちに来る事は、かおちゃんが一人薄着で北極に放り出されるのと一緒なんだよ。そんな事になったら、どうなる?」
「……すぐ死にそう」
「でしょ。だから、厚着させてあげるの。手伝いぐらいならしてあげられそうだったし~」
みつは楽しそうにふふんと笑った。たとえ話だろうが、北極に放り出される様を想像して、ちょっと体がぶるっとなった。
「それにしても楽しみだな~。奥さんと依頼人の混ざりっ子♪どんな子が産まれるんだろな~。きっと、私より凄いんだろうなあ」
楽しそうなみつ。鼻歌まで歌いだして、ご機嫌すぎるだろう。
「混ざり子? って、そんなに凄いものなの?」
「凄いと思うよ~。半妖って事なんだよ? 人間の世界でなら、相当じゃないかなぁ。かの、安倍晴明だって、お母さんは葛葉っていう狐だって言われてるし」
「そりゃ……凄そうね」
「でしょ」
言ってる意味はほとんどわからなかったが、みつの上機嫌に水を差すのも面倒くさいので、会話を打ち切った。なにより、眠たい。
みつはあれやこれやと色々準備で忙しいらしく、さっさと眠る私と一言二言会話しただけで、また作業をし始めた。
楽しそうだから、放っておいて、寝た。
二日後。
午前中、なにやら準備が終わってダラダラとみつが過ごしていると、カラン、コロンと鐘が鳴った。
私が扉を開けるとそこには、
「ようこそ。不破探……あ、いらっしゃい、ませ」
例の高山さんの奥さんが居た。本当に来たらしい。顔は疑わしげだったが。
「こんにちは。あなた、あの探偵さんのの秘書かなにか?」
私を見た奥さんは、訝しげに私を見た。そうだった。奥さんと弟は、私の存在には気付いてないのだった。
「ええ、そんなものです。お話は伺っております。立ち話もなんですから、こちらへどうぞ」
私は奥さんを伴って、事務所の中に入った。
事務所は扉から入るとまず一対のソファとローテーブル。その向こう側に大きな衝立があり、隠すようにその後ろにみつの大きな机とラグジュアリーな椅子がある。両端には本棚と溢れた書物、良くわからない札や物。
その、いつもならソファのセットがある場所をわざわざ開け、みつは珍しく、立って依頼人を待っていた。
「どうも。お待ちしておりましたよ」
みつの足下には、何らかの円と幾何学模様と、お札みたいなものが張られてあった。これは、昨日の夜からみつが何やら描いていたモノだ。別にみつの所有物件なので好きにすれば良いと思うが、これ、消えるのだろうか。私には何をするものなのか、さっぱりわからない。
奥さんも見たことが無いようで、怪訝そうにみつを見た。
「ちょっと、本当に、玉葉をこっちに連れてきて大丈夫なんでしょうね」
「まあ、出来る限りの事はしたし、後は弟さん次第かなぁ」
のんびりしたみつの言葉に、奥さんの疑わしそうな目は、ますます疑惑で深くなっていた。
「じゃ、とにかく弟さんをこっちに喚びだしてもらえます? できれば、この結界の中に。弟さんが入ったと同時に、結界を閉じますから」
「そんな事して大丈夫なの?!」
「大丈夫な筈ですよぉ。さ、やるんですか、やらないんですか」
みつは人の悪そうな顔で笑った。奥さんはウッとたじろいで、
「や、やるわよ」
と言った。
『おいで、玉葉』
意を決したように、奥さんはみつの言う結界の前に立った。
奥さんが結界の中に向かって言うと、結界の中にぼうと霧のようなものがが立ちこた。すかさずみつは、
「閉じろ」
と、床に手を当てて言った。とたんに、ピキンとどこからか音がして、霧が結界から出る円柱の見えない光の壁の中に閉じこめられた。
霧はしばらく結界の中でもやもやしていたが、しばらくすると、何かに向かって収縮し始めた。それはだんだん人の形をとり、少しのちに、あの夜に見た青年になっていた。が、甚平を着て、短髪だが、耳が、尻尾が、もふもふしているっ。
『……』
「どうも、お久しぶり。ご機嫌いかが?」
みつが結界の中に向かって軽く言うと、中の玉葉と呼ばれた青年がみつを見た。聞こえるみたいだ。
『大丈夫、みたい。姉さん』
玉葉は姉の方を見た。奥さんはビックリしたのと、嬉しいのと色々まぜこぜになった顔をしていた。
「玉葉! 大丈夫なのね。無理してないわね? --良かった。ありがとう、探偵さん」
『ありがとう。ところで、僕、出られるの? ここから』
玉葉と奥さんは、みつを心配そうに見た。みつはちょっと目をそらしつつ、
「たぶん、ね。一応、その結界の中に用意した、今弟さんが使ってる擬似的な器にも問題はなさそうだし。でも、あんまり長くは持たないと思うよ」
そう言った。みつの言葉に、二人は多少がっかりしたようだが、奥さんは前向きだった。
「でもよかったわ。これであの人に弟だって紹介できる。そしたら、いつでも会えるわ、玉葉」
『そうだね、姉さん。よかった』
奥さんが玉葉に笑いかけると、玉葉もにっこり笑った。心配そうな顔しか見た事なかったけれど、笑うとなかなか可愛らしい。顔が良い一族なのだろう。怒った顔は怖いけど。
「いつまでその器が保つかわからないけど、しばらくは自重してね。一応、ええと、玉葉君?の力で存在してるから此処の世界で見られるし触れるけど、結構消費すると思う。燃費悪いから」
みつにしては、歯切れの悪い回答だ。それでも奥さんは納得したらしい。
「わかったわ。しばらくは試してみないといけないのね。玉葉、とりあえず出てらっしゃい」
玉葉は姉の言葉に頷いた。ふわふわ浮いていた結界の中で地に足をつけ、結界の光る壁に手をついた。それは抵抗もせず、玉葉の手を腕を外界に出した。
「……重たい」
第一声がそれだった。
「仕方ないよ。霊体から実体になったんだから。しばらくしたら慣れるヨ」
みつはその様子をうんうんと見ながら、たぶん、と言うのを忘れなかった。私は密かにみつに話しかけた。
「先生、今回はやけに、たぶんと言いますね」
「だって、私も始めての経験なんだもん。やっぱり間違ってましたごめんなさい、じゃ、すまないでしょー。あの人怖いし」
そう言ってみつは苦笑した。みつはみつなりにちゃんと考えていたようだ。よかった。
「さて、お二人さん。今回は良い場所が思いつかなかったから、この事務所に器を作る結界を描いたけど、出てくるのにどこか希望の場所はある?」
感動の再開をしている姉弟を見て、みつが言った。
玉葉は困ったように姉である奥さんを見て、奥さんは何か考えこんでいた。が、すぐに顔をあげてみつを見た。
「稲荷神社、あそこがいいわ。あそこなら私達も縁があるから。あんまり人が来ない神社が確かあった筈。調べておくわ」
「了解~。それじゃあ、今日はここまでにして、次は奥さんが調べてくれた
神社に結界を作ってからかな。それでいい? 玉葉君」
玉葉は、みつを見てこくりと頷いた。もとより、奥さんとみつに何か意見を言うつもりは無さそうだが。
決まりだ。後日また神社でという事で、今日はお開きになった。
玉葉は、静かに帰っていった。
すこしふしぎ(SF)が酷い。楽しいいw




