雨は上がり、風が吹く
みつが扉を開けると、外で待っていたのは嶺川と、なんと柿森だった。
あの細い通路の更に先、鍵が壊された大扉は全開に解放されている。そこから、色んな音や光が差し込んでいるらしい。
「うわっ、柿森さんなんで此処に」
「うわっは酷いだろう、みつ坊。待っててやってたのに」
みつの反応に、柿森はそんな事を言いつつ、それでも全く傷ついた様子なく笑っていた。と、みつが背負っている薫に気づき、心配そうな顔になる。その反応をいち早く察し、みつが制した。
「かおちゃんは、気絶してるだけ。大丈夫。それより、ほら」
そう、柿森に余計な詮索をさせないように制すると同時に、自分の後ろにいるののかを、顎でくいっと指し示した。それで柿森は、みつ達の後ろにいる少女に気づいた。
「キミが、小野ののかさんだね」
ののかは、全く知らないオジサンに話しかけられ、一瞬ビクッとしたが、みつと親しく話しているのを見ていたので、素直に頷く。
「キミのご両親に頼まれて、キミを迎えに来たんだよ。さあ、行こう」
「オーナー、それだけ聞くと人攫いの台詞っすね」
優しく言う柿森をちゃかして、嶺川が笑った。柿森は片方の眉だけを器用に上げたが、確かにその通りだと思いもしたのだろう。ののかを心配そうに見た。
見られたののかは、みつの方を見た。みつは肩を竦めて、
「まあ、その人の言う事は信じていいよ。両親に、謝りに行ってきたら」
そう言ってシニカルに笑った。ののかはその言葉にちょっと困ったような顔をした後、頷いた。そして柿森を見て、
「あの、宜しくお願いします」
そう、頭を下げた。その礼儀正しさににこりと微笑むと、柿森は、
「実はね、もうすぐそこまでいらしてるんだ」
そう言って、ののかを促がして歩き出した。それにつられるようにして、歩き出す一行。柿森とののかの後ろに、薫を背負ったみつと、嶺川。
「その助手さん、大丈夫ですか? 代わりましょうか」
「いらない」
親切で申し出た嶺川の言葉を、ばっさり断るみつ。そんなみつが珍しかったのか、嶺川は気を悪くする様子も無く、笑った。良く笑う主従である。
「よっぽど大事なんですね~」
「そうだよ」
これまた即答するみつに、嶺川は苦笑した。
そんな事をしている間に、通路は終り、開け放たれた大扉まで来た。
柿森が先に出て、その後にののかが続いて出る、と、
「ののかちゃん!」
女性の、声が聞こえた。
「ののか!」
続いて、男性の安堵したような声。
間違いない。ののかの両親の声だ。
みつが遅れて扉を出ると、そこには、両親にきつく抱きしめられたののかの姿が見えた。それを見て、うんうんと頷いている柿森。
そして、その両親の後ろに見える、警察官数人。その中には、枝野もいた。
何があったのかわからないが、上手くやったらしい。
枝野はみつを見ると右手を上げたが、声はかけないようだ。
「それでは、いったん病院で検査した後、事情聴取を……」
警官の一人が、そんな事をののかの両親に言っている声が聞こえる。
「あ、思い出した。嶺川くんだっけ、あの中で教主がまだ伸びてるから、早く捕まえた方が良いって事伝えてくれない? 私達、面倒に巻き込まれたくないんだよねえ」
嶺川は驚いたような顔をした後、頷いた。
「その辺は、心得てますよ。オーナーに伝えたら、事務所までお送りします。ちょっと待っててくださいね」
そう言うと、嶺川は柿森の所に行ってコソコソ何かを伝え、柿森は嶺川に向かって頷き何かを言った。嶺川はそれを聞くと、みつ達のほうに戻ってきた。柿森は警察官の方に行って何やら話しこんでいる。
「伝えてきましたよ。僕はまた事情聴取で此処に戻らないといけないんですけど、無関係の不破さんたちを送る許可が出ました。行きましょう」
そつがない。嶺川がそう言っている間も、警察官が数人、通路の奥に消えて行った。
嶺川は、来た方向とは今度は逆方向に歩き出した。
もちろん、見咎められることも、止められることもなく。
「あれ、こっちから?」
みつが不思議そうに聞くと、嶺川は可笑しそうに笑って、説明してくれた。
「表、いま大変な事になってるんですよ。いや、オーナー達がしたんですけど。今、表口はマスコミと警察が競り合ってると思いますよ。それに、この施設に通ってた人達のご家族も何名かお連れしたんですって」
ね、面白いでしょう、と聞いてくる嶺川だが、一向にわけがわからない。そんなみつの顔を見て、通じてないのを察したのか、今度は丁寧に説明してくれる。
「まず、枝野さん達警官が来て、僕達はその混乱で奥の本堂に行ったわけじゃないですか。そもそもその枝野さん達が来たのが、フジさんの所を襲撃した事の事情聴取だったんですって。で、その後にオーナーが垂れ込んだマスコミが来たんです。なんでも、知り合いのマスコミにこの宗教施設の事を話したら、面白いって言って何社か応じたんだそうですよ。で、そこで警察とバッタリ会って、小競り合いが起こって、警察が応援を呼んで、マスコミも面白いと応援を呼んで、そこに更にうちに依頼に来てたご家族や依頼に来てないご家族を連れて来たわけですよ、オーナーが。そうすると、もう大混乱で。面白かったですよ!」
そういう嶺川の顔は、本気で楽しそうだった。イベントか何かと思っているのではないだろうか。野次馬をしに行ったであろう姿が、容易に想像できる。みつは呆れた顔をした。
「それは、それは……」
「で、今は、幹部やら教主やらに事情聴取しようとしてる所なんです」
「何故か伸びてる教主を掴まえて、ね」
「そうですね」
みつの皮肉にも嶺川は笑って応じ、通路の途中で曲がった。そして、細い通路を抜けると、外に通じる扉を開いた。
「こちらが、裏口なんです。さ、車はあるハズなんで、行きましょう」
如才なく傘をさし、二人が細く柔らかく降る雨にも濡れないようにする。ありがと、と礼を言いみつたちは歩き始めた。
確かに、正面玄関側から喧騒は聞こえるが、こちらに人はいないようだ。ここからぐるりとあの修行場の裏を通りさらに進むと、見た事の無い、土がむき出しの道路に出た。コンクリートの舗装ではないが、平らに均され、走行に問題はなさそうだ。そしてそこには、三台の車が止まっていた。
「ここは、警察に踏み込まれた時に幹部が逃げ出す用の道路なんですって。ま、そんな暇も無かったんですけど」
嶺川はそう言って笑うと、無造作に一台の車に近づいて行った。そして、着物の裾に手を入れると、何かの鍵束が出てきた。
「さ、どれかな。お、早速当たった」
一つ、キーを押し先頭の車に向けると、ガチャリ、と鍵が開いた音がした。
「それ、どうしたの」
みつが眉をしかめながら聞くと、嶺川は笑ったまま答えなかった。車のドアを開け、ガソリンの残量を確認すると、大丈夫です、と言って後部座席のドアを開いた。みつは肩を竦めると、薫をやさしく横たえ、自分は助手席に座った。
そうして、その車は、誰に知られることもなく、その場所から山道へ走り出した。
柿森、と呼び捨てにするのに違和感のある地の文ww




