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春東風



「終わったみたいだね」


 しゃくりあげ泣き続ける二人のもとに、みつが来た。遠くで薫を抱きしめながらも、三人の会話を黙って聞いていたのだ。

 いつも通りのゆるい問いかけに、玉葉は縋るようにみつを見た。


「不破さんなら何とかできたんじゃないのっ。それに、あの神凪さんの力ならっ」


 そこまで言った時、みつの顔からスッと表情が消え、細めた目の冷たい視線で玉葉を射抜いた。


「それ以上言ったら、その口切り裂くよ」


 それは、みつの心の底から出た本気の脅し。玉葉はキュッと口を噤んだ。

 そういえば、神凪さんがああいう状態になったとき、この人も普通ではなかった。そう思ったが、賢明な玉葉はそれを指摘する事はしなかった。実際、それは賢明な判断だった。みつの目は、まだ冷たいまま玉葉を見ていたのだから。


「……さて。そろそろ撤収しようか。狐の力が消えて、ここもひずみ始めてる」


 みつが言うとおり、先程から明るさがハッキリしなくなっていた。

 明滅しているのだ。数々の蝋燭が。消えたものも結構な数有る。狐の力に呼応して、蝋燭の明りがついていたらしい。


「おっと、その前に」


 みつは、まだしゃくり上げているののかの目の前にしゃがみこんだ。そして、額に右手を当てると、何やら呟き始めた。ぼぅっと光る額。何をしているのかわからず、ののかは反応できないでいた。

 玉葉は、一瞬嫌な予感がした。バッと、みつの右腕を掴む。


「不破さん、何を……」

「何って、記憶を消してるの。面倒でしょう、ここでの事覚えてたら」


 何でもない事のように言うみつに、驚愕したのはののかだ。


「そ、そんなの嫌! 私、忘れたくない!」


 右手を振り払うように、両手でみつの右手を掴む。だが、みつの手はびくともしない。そんな二人の反応に、しまった、という反応を見せるみつ。


「面倒くさいなぁ~。覚えていても、面倒な事しかないよ。私は、忘れたほうが良いと思うけど」

「それでも! あの人の事を忘れるなんて、嫌! 私がやった事も、やらなかったことも、忘れたくないの!」


 ののかの必死の懇願に、みつは左手で頭をぽりぽり掻いて、はぁ~っと長いため息をついた。

 そして、右手を外した。


「知らないからね、後で罪の意識にさいなまれても」


 みつなりの、優しさではあったのだ。伝え方もやり方も不味かったが。

 右手が外されたことに安堵したように、ののかはぎゅっと胸の辺りで手を握った。


「でも、一つだけ約束して。二人とも、記憶を消さないかわりに、この部屋であった事一切を誰にも喋らないって。どうせ信じてもらえないだろうけど。一応ね」


 みつのたれ目は、いつになく真剣で威圧的であった。その怖い眼力に、二人は頷くしかなかった。消されないなら、喋らないのなんて、安いものだ。


「特に玉葉。キミ、今後もうちに来てかおちゃんと交流をするつもりなら、今日の事、絶対かおちゃんに喋るな。話題にも出すな。いいね」


 玉葉にだけ特にキツく高圧的に言い渡される言葉。それだけで、今日の事が特別だというのを知らしめているのだが、みつは気づかない。だが、玉葉は何も言う事なく、素直に頷いた。

 そんな二人の頷きを見て、みつもようやく威圧感を消し、頷いた。


「じゃあ、帰ろうか。ののかは歩けるね。玉葉は、元の器に戻すよ」


 みつは立ち上がり、またあの短刀を構えた。短刀がぼんやりと輝き始める。

 玉葉は、ののかを見て、微笑んだ。


「さようなら、ののかちゃん。元気でね」

「さようなら。玉葉さんも、お元気で」


 時雨を通じて知り合った二人は、何かを通じ合ったように頷きあった。


「其の者、縁によりて元の場所に戻りたまえ。召還者、我が名は不破、其の者の名は、玉葉」


 みつがそう、朗々と唱えると、玉葉もまた身体が薄れ、白い靄になった。

 白い靄は、薄く発光するみつが持つ短刀に吸い込まれるようにして、消えた。

 ののかはその様子を、ぼんやりと見ていた。


「ほら、帰るよ、ののか。私はかおちゃんを背負って行くから、キミの面倒は見れない。自分で立って、歩いて」


 それだけ言うと、みつはスタスタとまた気絶している薫の元に戻っていった。

 ののかは、少し戸惑ったようだが、決意したように立ち上がると、自分の足で扉の前にいるみつの元に歩いていった。


 少し後ろを振り返る。

 先程まで自分がいた場所、ずっと座っていた壇、そして、気絶してる教主。

 それらから別れを告げるように目を閉じると、今度こそ迷いなく扉に向かって歩き出した。


 みつが、既に扉を開けて待っている。


 そこから差し込んでくるのは、夕焼けの柔らかい陽光。

 それでも、眩しそうにののかは目を細めた。だが、歩みは止めない。

 さぁーっと優しく降る雨音と、夕焼けが、ののかを包み込んでいた。



正直、ここで終わっても良かったかなと思ってる(つけたし感)

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