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疾風


 窓から見える空は、黒い雲で覆われ始めていた。

 天気予報では曇りだったはずだが、雨が降るのだろうか。


 それより、枝野さんの言う騒ぎ、とは何なのだろう。

 今日は勤務だと言ってたから、仕事、つまり警察として来るという事なのだろうか。

 私がぼんやり考えている間に、それは起こった。


「ん?」


 嶺川が、ふと廊下、私達が入ってきた正門のほうを向いた。私も耳を澄ます。なんだか、外がザワザワしている、ような気がする。

 横でみつが、バッと椅子から勢い良く立ち上がった。


「多分、枝野さんだ。行こう」


 みつが先頭きって扉に向かって歩き出した。慌てて、私と嶺川も続く。

 みつの、こういう一瞬の判断と行動力は、凄いと思う。いつもこうなら良いのだが、無理だろうなあ。諦めの境地にもなろうというものだ。


 扉を勢い良く開けてまず、私達が来た正面玄関の方を見る。

 人が、何事かとわらわらと集まりはじめている。普通の信者に、嶺川のような袴の男性も何人かいるようだ。この施設の外の方に、何か来たのだろうか。

 気にはなるがその騒動を見物しているわけにもいかないので、嶺川の先導により、私達はもっと建物の奥のほうへ走った。




 途中、何人かとすれ違い、どこへ行くのかと聞かれ呼び止められることもあったが、嶺川の機転、教主を呼びに行くという嘘のおかげで、私達もオマケして見逃されたようだ。嶺川の好感度と信用度のおかげだろう。中身はあんな危険人物だが、外面はとても良い人なので、みつと同じようにギャップを見抜ける人は少ない。


 この建物、凹の字型の反対のような構造をしているらしく、南北に長い廊下を突っ切ると、西と東を繋ぐ廊下がある。その廊下の途中で、北に向かう細い通路があり、そこが、例の巫女がいる部屋に繋がる廊下だろうと言う。

 教主の部屋はその廊下の真正面にあり、もちろん、扉を叩くような事はしない。


「さて。これが、その通路に通じる扉ですが、鍵がかかってますね。どうします?」


 幸い、正面玄関の騒ぎに気をとられたのか、廊下に人影は見えない。だが、ぐずぐずしていたら、見つかってしまうだろう。人を呼ばれてしまうと、非常にマズイ。

 嶺川の困った顔に反して、みつはニヤァと口を歪めた。あ、何するか、わかったかも。

 みつは、その不気味な笑みのまま扉の取っ手に手をかけ、そして、何事かを呟いた。それは、あの、鬼に成りかけた女の子の家で聞いた旋律に似ていた。


「誰だ!」

「?!」


 みつが唱えている事に、気をとられすぎていた。

 私達が来た方向とは反対側から、大きな男―これまた嶺川と同じ袴を穿いている―が、私達を見咎めて怒鳴り声を上げた。


「一之瀬さん。今、教主さまを捜してて、こちらではないかと思いまして……」


 嶺川が、あくまでも穏便に治めようと弄言ろうげんを呈す。が、男はみつの手が扉にかかっている事に気づいて、逆上しているようだ。顔を真っ赤にし肩を怒らせ、私達に大股で近づいてくる。


「教主様は此処に誰も入れるなと仰った! おまえ達、そこに立ち入ろうとしているな!」


 命令されているのだろうか、それとも教主を妄信してるからだろうか。男は歩幅を緩める事なく、怒りに肩をふるわせてこちらに向かっていた。あと、十歩ほどの所に迫る男。思わず、後ずさりをした、時、ガチャガチャカチャンと、何かが開いた音がした。

 取っ手を握ったまま男を見ていたみつが、怒ったように目を細め、取っ手から手を離した。その手をそのまま男のほうに向け、手の平を見せるようにして、


「おん ばさらだんせんだ かん まん」


 非常に短くそう言い放つと、男の動きが、止まった。そう、止まったのだ。急に。足を上げ、手を振り上げたまま、その姿勢で、ピタリと。

 何が起こったのかわからない私達をよそに、みつは悠々とその扉を押した。

 キィと小さく音が鳴り、扉は抵抗する事無く開いた。

 するりと中に入るみつ。男を警戒しながらも、動かないとわかったので、続いて入る嶺川。私も、戸惑いながら入る。チラリとだけ見た男は、憤怒の顔のまま、声も出ないように固まっていた。




 扉の先の通路は、薄暗く、窓のない陰気な通路だった。人工の明りは、この陰鬱な雰囲気を払拭できずにいた。

 そして目線のすぐ先、ほんの十メートルぐらい向こうに四段ほどの小さな階段があり、また扉が鎮座していた。立派な扉だ。鍵もそうだが、扉自身の重さで容易に開きそうにない。


「それにしても、さっきの凄かったですね~。あれが、世にも不思議な霊能力ってやつですか?」


 ゆっくり歩きながら、嶺川が場をほぐそうと軽くみつに聞く。みつはちょっと嫌そうな顔をして、


「霊能力とか、超能力って言葉、嫌いなんだよねえ。だからって、この力は何って言われたら、困るんだけど。今さっきのは、もしもの為に用意していた、金縛りの強化と短縮だよ。これ」


 先程男に向けた手の平を開いて見せた。そこには、黒い墨かなにかで、不思議な図形?文字?が一つ書かれていた。肩を竦めるみつ。


「これは、不動明王の梵字ぼんじ。力のある者が対象にこれを見せ、真言を唱えれば、たちまちのうちに金縛りになる。効果は一回きりだから、あんまり使いたくなかったんだけどね」


 みつの説明が終わらないうちに、みつの手の平の梵字というものが、薄くなり、消えた。あまりの出来事に、驚きを隠せない嶺川。正直私も驚いているが、嶺川よりはこういう不思議を見ているので、落ち着いたものだ。嘘だ。自分より取り乱している人がいると逆に自分は冷静になる法則だ。


「さて、巫女と狐ってやつを拝もうか。嶺川くんだっけ、キミは外で待っててくれる? ここから起こる事は、安全が保障できないから」

「わかりました。お気をつけて」


 嶺川は、みつの指示に素直に頷いた。先程見た事で、自分が立ち入れる領域では無いと理解しているのだろう。私だって、そうだ。でも、


「かおちゃんにも、待ってて欲しいんだけど……」

「ううん、行くわ。ちゃんと、ののかちゃんの安否を確かめたいし。ここまで来て、お預けは無しよ」


 情けなく眉を下げるみつに、キッパリ言いきる。気になるじゃないか、ののかの事。

 みつは、想定の範囲内だったらしく、眉を下げ困っているようだったが、諦めたように苦笑していた。そして、私が下げてる鞄を指さした。


「わかったよ、かおちゃん。それじゃあ、ソレ、ちょうだい」


 今朝、みつに言われた。

 あの、玉葉君から貰った守り刀を鞄の奥に入れて持って行って、と。いったい、みつが何をしようとしているのか、何故自分で持たないのかはわからなかったが、言われるままに入れてきたのだ。

 鞄を探り、ハンカチに包んだ、小さな刃物を渡す。少し、ズッシリするのが、刃物だということを主張しているようだ。繊細な、金と銀の鞘が鈍く光る。

 みつにその短刀を手渡すと、短刀が鞘がされたままだというのに、うっすら白く光始めた。ぼんやりと内側から輝くその短刀は、この世ならざるものだと主張しているようだった。


「じゃあ、行くよ。心の準備は良い?」


 軽く笑って、みつが聞く。

 私は意を決し、頷いた。




疾風迅雷…とまではいかないw

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