弐
バスは、柿森さんの車より十分程遅く、あの宗教施設についた。まさか、月曜日に来た乱入者が、土曜日にバスに乗って正々堂々乗り込んで来るとは思わないだろう。私は思わない。というか、個人で乗り込んで来ると思わない。
バスで爆睡したみつは、元気になっていた。乗り物酔いしないタイプなんだろう。
バスは駐車場に止まり、おじさんおばさんはゾロゾロとバスを降り、慣れたように本堂の正面玄関に向かって行った。
私達もそれに習い、さも当然のように玄関から入ろうとしたら、止められた。一瞬、心臓がドキリとはねたが、顔はなるべく平然を保つ。
「あれ、見ない顔ですね。新しい方ですか?」
正面玄関で、信者を迎えていた中年の男性の一人から声をかけられた。なんというのだろう。白い着物と袴の、動きやすそうな神社で見る服だ。神官のような服装をしているが、この新興宗教は神道なのだろうか。この建物のつくりは寺のようにも見えるのだが。
「はい、初めてです。三間さんの紹介で来たのですが……」
みつが、少し不安そうに聞いた。みつは、顔だけは良い。男性はすぐに親切そうに笑って、
「そうでしたか。では、こちらへどうぞ。記入していただきたい用紙があるのと、簡単に担当の者から会この説明をさせてもらいますね」
そう言って、私達を中へ入れてくれた。顔が良いと相手の信用が早い。便利。なんとかみつにはこのままボロを出さずにいてほしいものだ。
「え、そうなんですか。着いたらすぐにでも祈祷してもらえると思ったんですが」
靴を脱ぎ、来客用のスリッパに履き替えながらも、みつが言った。それは流石に攻めすぎなのではと思ったが、男性は特に疑うこともなく申し訳なさそうに頭を下げた。
「すみません。たまにそういう方もいらっしゃるのですが、まずは会の事を知って頂き、納得の上で祈祷しませんと、その……納得されない方がおられまして」
この言い方は、過去何か揉め事があったのだろうと感じさせる言い方だった。
そんなこんなしていると、会議室のような一室に通された。初めて信者になる人用の部屋だろうか。長机と椅子のセットが三列。部屋の奥には教卓のように一段高いところに人の腰ほどの、あまり大きくない机があった。
男性は私達を適当に腰掛させると、部屋の隅にあった白い紙とペン、それに小冊子をつけて、私達が座っている机の目の前に置いた。
「では、こちらの用紙に記入をお願いします。出来ましたら、担当の者が来るまではそちらの小冊子をごらんになっていてください。それでは」
男性は扉を出る最期まで腰が低かった。
周りを見る。
私とみつ以外、誰もいないようだ。
「……どうする?」
今まで大人しくしていた隣のみつに聞く。みつは、さっそくまっすぐ座る事を放棄して、だらけて座っていた。パイプ椅子より深く頑丈な椅子ではあるが、その座り方危なくないのかと思う。
「この用紙、怪しい。この部屋も、怪しい。とりあえず~、柿森さんのとこの彼が来る事を祈って、大人しくしておこうか~」
みつは既に、何かをする気をなくしている。みつが怪しいというのなら、私も大人しくしておこうか。
目の前の白紙の用紙を見る。
名前、住所、性別、生年月日。この辺りは、普通に見かける個人情報だ。
過去にあった、幸運と、不運は?。なんだこれ。
最近起きた幸運と、不運は?
不思議なものを見たり、聞いたり、信じたりするか。
最期に、狐と聞いて、どんなイメージをもつか簡単にご記入ください。……見てるだけで、頭痛くなってきた。
こんなこと、真面目に書く人がいるのか? ……いるのか。あの、信者の人達全員、これを書かされてるのだろうし。
横のみつを見ると、面白そうにくつくつ笑っていた。もちろん、何一つとして用紙に書いてはいない。
みつを無視して、こんどは小冊子を見る。白い狐の陶器のようなものが、表紙いっぱいに印刷されて、下の方に、神狐会―あなたと共にある幸福―、と書かれていた。うん。
私は冊子をめくるのを諦めて、そっと閉じた。
「そういえば、ここに着いてから、臭いって言わなくなったわね。いるんでしょう?」
暇になったので、みつにふとした疑問を聞いてみた。みつは、椅子の背もたれにもたれかかって、上を向いていた顔を私に向けて、鼻を指差した。
「感覚をね、シャットアウトしてるんだ。鼻だけ」
「そんな事できるの」
「まあ、昔ちゃんと修行したからねえ。目も出来るけど、今は鼻が必要ないから目はそのままだよ」
昔のみつは、ちゃんと修行とかしてたのか。その、昔のみつに戻る事はないのだろうなあ、と思うとますますみつが残念に見えた。みつは私に見られて、キョトンと首を傾げていた。
もう一つ、気になっている事を聞く。
「それに、あの白いオオカミ、今回は呼んでないのね」
みつはぐりんと頭だけ私に向けて、いや、私が持っているバックに向けて、苦笑した。
「まあ、一頭じゃ足りないからね。いっぱいお呼びするのはしんどいし、何より、彼が可哀想だからね」
そういえば、そうだった、と私は納得した。
私も、みつに渡された荷物を入れた、私のバックを見る。
「活躍してもらわないといけないからね~」
自分が楽をするために。絶対そう付け加えようとしてやめた口の形をしていた。
みつを見て一つため息を吐く。その後、私は扉の方を見た。
ガチャリと、扉が開く音がしたからだ。




