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木曜日




 今日は朝から小雨が降っていた。最近、雲は厚いし曇りばかりだが、雨が降るのはなにげに久しぶりだった。が、憂鬱になるのは変わらない。


「最近、晴れないわねえ。暖かくもならなし、どうなってるのかしら」


 大きい独り言のようなことを呟くと、お昼寝した後でぼんやりしているみつが、


「春は天候が不安定なんて、良くある事だよ~。いつか晴れるって~」


 そう、いつもの雑誌を読みながら適当にこたえた。まあ、別にみつに天気予報のような真似事をしてほしかったわけではなかったので、そうね、と相槌を打った。


 三日続けて毎日依頼があったのなんて、久しぶりだったが、さすがに今日は誰も来ないだろう。酷い時なんて、一ヶ月に一人二人しか依頼人が来ないなんていうのもざらだ。それでもやっていけてるのは、単純にみつが私産を持っているからである。お金持ちの道楽という部類に入るのだと思う。この事務所が入ってるビルはみつの持ち物だし、他にも株や土地ビルをいくつか持っているらしいから、私が食いっぱぐれる心配はない。それだけは安心している。


「あ、そうだわ。みつ、昨日の二人の事で思ったんだけど、先週、中学生ぐらいの小野さんて女の子が来たじゃない。それを、フジさんだったかしら、に、回した後って、何か聞いた?」


 私の質問に、みつはおやっと言う風に雑誌から顔を上げ私を見た。


「あれ。そう言えばまだ行ってなかったね。何か色々あって、忘れてた」

「もう、いい加減なんだから。……何か、最近の狐尽くしって、あの子から始まったような感じ、しない?」


 私の言葉に、みつは呆けたように目をぱちくりさせていた。そんなに変な事を言っただろうか。


「そう、そうだね。もしかしたら、狐は狐で何かしら連鎖してるのかもね。玉葉といい……あ」

「なに?」

「玉葉に確認してもらえばよかったんだー。うっかりしてたぁ。玉葉なら、低級の狐なら追い払えると思うし、眷属呼び出す必要すらなかったんだ~。あ。でもあの器って力使うとどうなるんだろう……」


 みつは、一人で納得し一人で悩みだした。

 ほっとこ、いつもの事だし。





 事務作業がひと段落し、自分のためにお茶を煎れようと立ち上がった時、


 カラン、コロン


 鐘が、鳴った。新しい依頼人の登場である。


「ようこそ、不破探偵事務所へ」


 新しい依頼人は傘を手持ち無沙汰に持った、壮年の夫婦だった。






 依頼人の為にお茶を煎れ、正面のソファーに座る。みつも、もちろん座らせる。


「私、助手の神凪と申します。こちらが、探偵の不破です。お名前と依頼をお聞かせ願えますか?」


 目の前の夫婦は、お互いに顔を見合わせて何と言うべきか迷っているようだった。

 はてこの夫婦、どっかで見た事あるような? 男性は眼鏡をかけ、きっちりと髪を整えており、女性は気弱そうに俯き遠慮がちに旦那を見ている。


「私達は、小野と申します。先日、こちらに寄ったと思うのですが、小野ののかの父と母です」


 男性が、口を開いた。

 ああ、なるほど、ののかか。なんとなく見た事があると思った。両親なら似ていて当然よね。主に母親にが。


「ええ、良く此処こちらがわかりましたね。先週確かに、ののかさんはこちらに依頼に来ましたが、ウチではお受けできない依頼でしたので、信頼できる所を紹介しました。何かありましたか?」


 私がそう言うと、目の前のののかの両親は困ったように顔を見合わせた。父親が口を開く。そういう夫婦なのだろう。


「ののかが……ののかが、行方知れずになってしまったんです。それで、なけなしの足跡をたどって、此処まで着ました。ここまでは、ののかは居たのですねっ」

「「え!?」」


 私とみつ、同時に驚いた声をあげた。


「あの、居なくなったって事ですか? いつから」

「先週の、月曜日に学校から帰ったことはわかっています。そこから、足取りがつかめないんです」


 先週の、月曜日、学校帰り。

 ああ、まさしくウチに来た日の時間帯とぴったり合うじゃないか。なんてこと。


「先週、ねえ。時間が経ってるけど、ニュースとかで騒ぎになってないね?」


 みつが、いつも通り肘杖をついてどうでも良さそうに言った。父親が唇を噛み締める。


「騒ぎにならないよう、口止めしてあるのです。もちろん、警察にも行きましたが、全く手がかりすら掴めず、脅迫状なども送られてこないので、ただの家出だとしか思われていないんです。ののかは、そんな子じゃない!」


 少し興奮してしまった事を恥じたように、父親は銀縁の眼鏡の位置を直した。厳格な父親と、その後ろを歩く母親、か。


「警察は頼りにならないので、こうやって自分達で聞いてまわっているんです。で、ここの住所がののかがもっていたメモに書いてあったので、来てみたんです。ここ、探偵事務所なんですよね? ののかが何処に行ったか、調べてもらえませんか!」


 父親が、ガバッと頭を下げた。母親も少し後れて頭を下げる。此処にきて、ようやく探偵事務所に依頼するという方法を思いついたようだ。

 が、しかし、


「たしかに探偵事務所だけど、うちは怪異専門でね。普通の人探しや、浮気調査なら他の良い所を紹介するよ」


 みつが、すげなく断る。わかっていたけど、こんな人間だってわかっていたけど、ちょっと酷いんじゃないだろうか。


「みつ、せめてフジさんの所に行った後の足取りぐらいは教えてあげたら。フジさんの電話番号はわかる?」


 私の言葉に、みつはあからさまに面倒くさそうな顔をした。だから、依頼人の前でそういう顔をするの止めて。


「わかったぁ。ちょっと待ってて~」


 みつはそう軽く言うと、自分の机に戻り何やら黒い革の手帳を取り出して、電話に向かった。

 何もする事が無い私達は、みつの行動を黙って見ていた。


「ええと、フジさんのお寺は……あ、これだ」


 みつが、ぎこちなく電話の数字ボタンを押す。

 私達には聞こえないが、電話を繋ぐ音がしているはずだ。


 そんなにしないうちに、みつがピクッと反応した。


「あ、もしもしフジさん? お久しぶりですー。みつだよ、わかる? うん、そう、みつ。久しぶりー! 元気だった? うん、みつは元気だよー」


 久しぶりに尊敬する人と話せてテンションがあがるのはわかるが、早く本題を切り出してほしい。依頼人の心配そうな顔が痛い。あと、一人称が自分の名前系女子痛い。


「そうそう、聞きたい事があってー。先週の月曜日以降、こう、黒髪お下げで眼鏡かけた中学生ぐらいの女の子こなかった? 狐憑きになりかけてたから、フジさんの所紹介したんだけどー」


 その時、通話口の向こうから聞こえてくる、


「馬鹿者!」


 という野太い怒鳴り声が響いた。みつは耳から受話器を離し、少しでも被害を抑えようとしていた。フジさん、ちょっと怖い人?


「いや、だから違うんだってー、みつじゃ出来ないからー、そんなそんな。だから、フジさんに押し付けたわけじゃー……ごめんなさい」


 あ、謝った。お粗末な言い訳は、フジさんには通用しなかったようだ。


「……え?」


 急に、みつの声のトーンがかわった。せわしないな。


「それ、本当? 先週の月曜日以降だよ? 一回も見てないの? 本当に? ……うん、わかった。そう伝えておくね。うん、フジさんも気をつけて。うん。うん。また顔だすね。それじゃあ」


 最期の方は、明らかに真剣味を帯びたトーンになっていた。そして、みつの言葉からもれ出た言葉。そこから推察できる事は、唯一つ。


「みつ、ののかさんは」

「フジさんの所に、行ってない……」


 みつはソファーに座ると、先程よりは真面目に依頼人夫婦に向き合った。


「残念だけど、おたくのお嬢さんは、私達の所を出た後に行方知れずになったみたい。これは、いよいよ専門の探偵に頼んだ方が良いと思うよ。私達にも少し落ち度があるから、できる限り捜してみるけど、期待はしないで」


 真面目な顔をして真面目な話しをしている時のみつは、妙な説得感がある。夫婦もその妙な雰囲気におされてしまったように、頷く事しかできなかった。


「これ、私が知ってる中で一番腕の良い探偵が居る所だから、期待できると思う」


 そう言って、みつは柿森総合探偵社の情報が書かれたカードを渡した。こちらから依頼人を回すのは、何気に初めてだ。しかし、いつもみつ坊と言われて嫌な顔をしているが、柿森さんを認めていたんだなと、改めて思った。確かに、柿森さんに任せておけば安心だと思う。なんたって、宗教施設にこもっていた父親だって見つけてるしね。


「そうですか……、わかりました。そちらに伺ってみます」


 明らかにガッカリしたように父親は立ち上がり、母親を見た。しかし、母親は立ち上がらなかった。おやっと思い見ていると、母親は意を決したように顔を上げた。


「ののかはっ、あの子は何の依頼で此方に来たんですかっ? あの子、様子が変だとは思ってたけど、何も、何も気づいてやれなくて……っ」


 口に手をあて、母親は大粒の涙を流した。そんな母親を突き放す事なく、心配そうにソファーに戻った父親が肩を抱いた。


「そうだな、私達は、何も気づいてやれなかった」

「家を出るくらい、嫌な事があったんですかっ?! 私達のこと、何か言ってませんでしたか」


 母親の必死の言葉に、胸をうたれる。ああ、母親って、本当はこういうものなのかな。


「多分、ののかさんは攫われてる。少なくとも、此処を出たときは問題を解決しようと前向きだったよ」


 みつがフォローする。母親はその言葉に、また涙を流した。


「何が、何が問題だったんでしょう。私達、何も、知らないんですっ」

「あなた達にはわからないよ」


 みつが、キッパリと言い放った。


「でも、わかる事もある。ののかは、あなた達に心配をかけたくなかったから、ウチに来た。それは確かだ。それじゃ足りない?」


 キツイ言葉の後、みつは少し柔らかく問いかけた。それは、両親とののかを、みつも心配しているからのようだった。みつにしては、優しい言葉だと思う。

 みつの言葉に、母親は頷いた。ハンカチで目をぬぐい、冷静さを取り戻す。


「わかりました。残りは、ののか自身に聞いてみます。ちゃんと、話してもらいます」


 涙をぬぐった目は赤くなっていたが、強い意志と希望が見えた。父親も、頷く。


「紹介してもらった、その探偵の所に行ってみます。お邪魔しました」

「いいえ。何もお力になれず、すみません」


 扉まで案内して、謝罪の意を込めて頭を下げる。二人は驚いたようだったが、


「いえ、それでは」


 そう言って、少し肩を落として出て行った。




 見送って事務所の中に戻ると、みつが受話器を持って誰かと話している途中だった。


「はい、はい。そうです。今日か明日には見えられると思うので、はい、宜しくお願いします」


 あの、硬い敬語を使う相手といえば、一人しか知らない。そう、柿森さんだ。

 みつはみつなりに、ののかをほったらかしていた事を悪く思っているようだ。




 空が、泣いているように、雨を落とす。

 あの両親の上に、行方知れずのののかの上に。



のがゲシュタルト崩壊した

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