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水曜日



 今日は、平日の真ん中。

 一番ダレる曜日。

 しかし、昨日一昨日と依頼が(珍しく)連続で依頼人がきたので、今日は来ないだろうと思うとなんだか平穏な気分になる。

 みつも、今日は昼を過ぎてから事務所に出てきたが、小言は言わないでおいた。一昨日は何もしてないが、昨日は力を使ったみたいだし。


 夕方になって、風が出てきた。換気のために開けていた、みつの机の後ろにある窓を閉めようと思い、開けていた窓に手をかけた時、


 カラン、コロン


 鐘が鳴った。とりあえず、閉めようとして中途半端に動かした窓を完全に閉め、鍵をかけ、衝立の向こうに戻った。


「ようこそ、不破探偵事務所へ。あら」


 衝立を回って依頼人を見ると、そこには、


「こんにちは。あの、昨日はお世話になりました」

「佐伯さん。そちらの方は?」


 そう、昨日の女性の依頼人佐伯と、付き添いだろうか人の良さそうな背の低い女性がいた。佐伯は二十代後半に見えるが、付き添いの女性は三十代真ん中ぐらいに見えた。どういう関係だろう。昨日言っていた、職場の先輩かな。


「どうぞ、おかけください。あの後何かありましたか? それとも、新しいご依頼かしら」


 二人分のお茶を出し、二人に勧める。佐伯はチラリと隣の女性を見た。見られた女性は、困ったように頷いた。


「あの、昨日のブレスレットをくれた、三間みまさんです。私、どうしても三間さんに騙されてるって思えなくて。話しを聞いたら、三間さんもちょっと困ってるみたいだから、連れてきました。いいですよね、三間さん」

「え、ええ、まあ…」


 前のめりに話す佐伯とは逆に、三間と紹介された女性は、まだちょっとふんぎりがつかないようで、困ったような顔で、佐伯が喋るのにまかせていた。


「なぁに~。おんなじように、誰かに見られてる気がするの~?」


 みつが、よっこらせっとおばさんくさい掛け声をかけて、ソファーに座った。

 みつが座るのを待って、佐伯はまた前のめりに話しだした。


「三間さんは違うんですって。あ、三間さんも、このブレスレット別の所から貰って、ちょっと良い事が続くからって私にくれたんです。で、その貰った所っていうのが、今女性の間で噂になってる、フォクスミーって所なんです。ね、ね、怪しいでしょう」


 ここまで一息で言いきった佐伯は、凄いと思う。

 昨日は、疲れきっていたから大人しかったのか。この熱心な喋り方が本来の彼女なのかもしれない。横の女性はおっとりしているが、ちょっと困っているようだった。


「フォクスミー?」

「そうです。そのブレスレットも、フォクスミーに入会して、講習を受けた後に貰えるものなんです。お狐様がツキをもたらせてくれるって」

「狐?」


 みつが、眉を寄せて呟いた。

 佐伯は、詳しい事はわからないらしく、三間のほうを見て続きを説明してくれるように頼んでいた。三間は戸惑っていたが、説明ぐらいなら、と口を開いた。


「はい、あの……お狐様です。お狐様のお導きで、精神世界で神に近づき安寧を受ける事ができるっていう教えです。もらったパワーストーンは週に一回、月で浄化するとか、願いを書いた紙をブレスレットの下に置いて、願いを捧げる方法とか。ちゃんと守ると、だんだんツキが回ってくるんです」


 おどおどしているが、説明はすらすら出てくる。これは、相当ハマっているな。しかし、何か、最近聞いた事があるような単語がちらほらある気がするのだが。


「お狐様、ですか」

「ええ。何でも、本部におられる巫女様だけが呼べる、高い位のお狐様なんだそうです」

「本部?」

「あ、フォクスミーというのは、その本部の、女性を対象により教義をわかりやすくした支部なんです」


 三間の説明に、いつも通り面倒くさそうに右肘を組んだ右膝の上にのせ右頬を預けていたみつが、一言、発した。


「神狐会」

「あら、ご存知だったんですか」


 みつの言葉に、三間は少し驚いたようだったが、知っている事にむしろ安心したのか、嬉しそうに頷いた。


「そうです、その支部なんです」

「えー…なんでこんなに狐づいてるの…」


 みつの独り言は、横にいる私だけに聞こえたらしい。三間は嬉しくなった勢いのまま、口を開いた。


「あなたのような力を持った人が知っているなら、やっぱり本物のお狐様がいらっしゃるんですね。佐伯さん、やっぱりあなたにあげたあのブレスレットが悪いものになったのは、何かの間違いだったのよ。今度私と一緒に、本部に行って修行しましょう、ね!」

「え、え?」


 三間が、こんな風に一気に喋るのを見た事が無いようで、佐伯は戸惑ったように三間の相手をしていた。佐伯は既に、あのブレスレットを悪い物としか認識していない。三間との間でその認識がずれていることに、戸惑っているようだ。


「あのねぇ~、あそこの狐は、臭いんだよ。良いもののハズがない」


 みつがキッパリと断言したが、もちろん一般人には意味がわからないと思う。私も、みつが良くないものに対して臭い、と言ってるのを聞いているからなんとなくわかるだけだし。


「っていうか、思ってたんだよね。あなたも、臭い。狐、既に憑いてるんじゃないの」


 みつの言葉に、三間はドキッとしたように胸に手を当てた。


「わ、私はまだそんな位では……」

「面倒くさいなあ。簡易で良いか。佐伯さんだっけ、あとかおちゃん、その三間って人抑えててね」


 みつは立ち上がると、本棚に近づいて一冊の和綴じの冊子を取った。あれは、月曜に白いオオカミを呼び出すときに詠んでいたものに似ている気がする。この二人の目の前で、またあの子を呼び出すのだろうか。

 みつを疑問視している私に気づいて、みつは苦笑した。


「あの子は、実体化させないよ。そんな強いやつじゃないし。でもお呼びはするよ。さ、かおちゃん、その人の両脇固めててね」


 くいっと、三間を顎で指した。

 しょうがない。良くわからないが、言われたとおり三間の横に移動し右腕をそっと掴んだ。


「すみません、うちの探偵がそう申してますので、失礼します。佐伯さんも、ご協力お願いします」


 私が呼びかけると、佐伯もちょっと戸惑っていたが、頷いて三間の左腕を掴んだ。三間は、わけもわからずキョロキョロしていた。小柄な三間は、普通体形の私達でも簡単に取り押さえられそうだった。

 みつは、探偵事務所の中に飾ってある神棚のほうに向かい、頭を二回下げ、手を二回打った。これは、神社に行ったときにしていた動作だ。

 神棚は、私達の座っている来客用のソファーからは90度真横にあるので、みつを見続けているのがちょっと辛い。


「掛巻も畏き 山住神社の大前を拝み奉りて 恐み恐み曰さく……」


 ああ、これも月曜に聞いた祝詞のようだ。白いオオカミは呼び出さないのか、少し残念。


「天津神 国津神 諸々の……」

 

 だんだん、三間の顔が険しくなっているのは、気のせいだろうか。そっと掴んでいた右腕を、ぎゅっと掴む。


「祓へ給ひ 清め給へと曰す事を 聞食せと 恐み恐み曰さく……」


 唱え終わると同時に、パンッと和綴じの本を閉じるみつ。横に座っている三間が、ビクッとしたのがわかった。


「あ、あ、や、やまいぬが、やまいぬがくる!!」


 ガタガタと震えだす三間。どうしたんだろう。大丈夫だろうか。

 そんな三間を、みつはニヤニヤと見ていた。


「どうする。もう、すぐにでもお呼びできるよ。おまえは、まだそこまで同化もしてないし、悪さもしてないみたいだから、今逃げれば、見逃してあげるよ?」


 みつの言葉に、ガタガタ震える三間は、恐ろしいものを見るようにみつを見た。


「お、おれは、なに、なにもしてない。してない!」

「はいはい。だから、逃げる猶予をあげてるんじゃない。あと五秒で離れなかったら、この神社から山犬の眷属がおまえを喰いにくるよ。さあ、ごーぉ」


 みつが意地悪く笑いながら言うと、ガタガタ震えていた三間が、今度はせわしなくキョロキョロし始めた。もう、わかってる、今の三間は、先程までのおっとりした臆病な三間ではない。別の、何か、だ。


「よぉーん」


 みつが和綴じの本を長めに開く。白いジャバラ折りの和紙が見える。そこに黒墨で文字が書かれているのも。


「さぁーん、に……あ、逃げた」


 ガタガタ震えていた三間が、急に電池が切れたようにガクッと気絶し崩れた。そのあまりの突然の体重の重さに、思わず腕を離してしまった。が、佐伯がちゃんと受け止めてくれいていた。よかった。

 三間に気を取られている間に、神棚の方がガタガタとうるさくなっていた。

 みつを見ると、ニヤニヤ顔のまま、ガタガタと何か小型の動物が暴れているような神棚を見ていた。


 が、それも、しばらくしたら収まった。

 神棚の騒動がおさまると同時に、三間も気がついた。


「う、ううん?」

「大丈夫ですか、三間さん」


 佐伯が、心配そうに声をかける。三間は、まだぼぅっとしているようで、状況が把握できないようだ。

 三間を佐伯に任せて、私はまた対面の自分が座っていたソファーに戻った。


「あ、あら、佐伯さん。私、ここ、どこ?」

「ほら、帰りに言ってた探偵事務所ですよ」

「ああ、そう言えば…。フォクスミーがどんなところかの説明の途中でしたっけ」

「え?」


 記憶が混乱しているのだろうか。あんなに熱心に説明していたのに。


「その辺りから、狐にのっとられてたんだよ。でも、その狐はもういなくなった。あなたに幸運をもたらすかわりに、他人を不幸にする狐は、もらって嬉しかった?」


 ソファーにどかりと座るなり、みつは冷ややかに三間を見た。


「な、何を」

「私、もうだいたいの所はわかっちゃったんだよね~。ここで誰かさんに教えてあげても良いけど、少しでも悪いと思ってるなら、黙っててあげるぅ。依頼料は、口止めもかねてこれぐらいね~」


 冷笑、という表現がぴったりな表情を浮かべたみつ。電卓に、昨日佐伯に提示した金額より1.5倍ほど多い金額をふっかけていた。私はみつをみ、三間はおどおどと佐伯を見た。佐伯は、何が何やらわからない様子で、首をかしげて見返していた。

 三間は、ギュッと瞼を閉じたあと、諦めたように目を開けてみつを見た。


「本当に、言わないでくれますか」

「もちろん。お金は、銀行振り込みもできるから、よろしくね」


 ニヤニヤ笑うみつの顔は、極悪そのものだった。






 結局、佐伯は良くわからないように、三間は何度もみつを振り返りながら、事務所を出て行った。


「お気をつけて」


 頭を下げて二人を見送る。

 完全に足音が遠ざかったところで、みつを振り返った。

 みつは、既に冷めたお茶を啜っていた。


「みつ、あの三間さんって人、どうしちゃったの?」


 暖かいお茶を煎れなおし、みつの茶器に注ぐ。みつは、ありがと~と気が抜けるお礼を言って、暖かいお茶を啜った。


「ん~とねぇ。昨日言ったでしょ、狐憑きは他人の不幸が自分の幸運になるって。あの三間って女性が、佐伯さんの不幸の源だよ」

「へ?」


 みつが、また暖かいお茶を一口啜る。


「もし、誰かの彼氏を好きになってしまったらどうする? 諦めるか、無理やりぶんどるかの、どちらかでしょう。もし、ぶんどることに成功したら、元の付き合っていた彼女は、不幸じゃない?」


 ずずず、と音をたててみつはお茶を啜る。


「まさか、佐伯さんが彼氏に振られたのって……」

「そうだと思うよ。タイミングがよすぎる。憑いてた狐が弱かったから、その後その男と付き合えたかどうかはわからないけどね。まあ、悔いてはいるようだったから黙っててあげたけど」


 あー、やだやだ、と言ってみつは伸びをした。

 私もちょっとずつ、狐憑きの幸運の仕組み、とやらがわかってきた気がする。

 無理やり、自分の幸運の為に、人を不幸にするもの、か。怖い、と素直に思った。

 

 しかし、先週から狐が続いているのは、本当に偶然なのだろうか。

 そうだ。

 最初に狐をどうにかして欲しいとうちに来た、ののか。彼女はどうなったのだろうか。

 明日、みつに様子を見に行こうと提案してみよう。




 窓の外は薄暗く、風のせいか黒い雲が早く動いていたが、晴れる気配はなかった。



人の不幸と幸運の関係。三間さんは悪い人じゃないけど、魔が差したのでした。佐伯さんが全く気づいてないのが幸運、という皮肉。

フォクスミー=狐と私w

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