火曜日
昨日の件で、お昼ぐらいに柿森さんから連絡があった。
少し多めに私達にも報酬金を振り込んでくれるという。依頼人家族も、父親が正気に戻った事で色をつけてくれたらしい。
これで一件落着ね。
しかし、昨日のあの宗教施設はやばかった。建物もそうだが、信者の数と普通の人達っぽかったのが、異常な感じがした。あのおじさんだって、ちょっとついてないと思っていたところに、知り合いに勧められてあの新興宗教に入ったとさっきの電話で聞いた。そこからは、坂を転がり落ちるようにのめりこんでしまったのだそうだ。効果の程は、臨時ボーナスがあったとか宝くじの三等が当たったとか、そう言われればそうかもしれないという程度のものだったらしい。でも。ついてない時にいきなりそんな事が立て続けに起こったら、信じてしまう、かもしれない。
「……みつ。本当に狐?が憑いたら、幸運になるのかしら」
起きてきたみつに、柿森さんからの電話を伝えつつ、気になる事を聞いてみた。
みつは、読んでいたくだらない雑誌から目を上げて、微妙な顔をした。
「幸運、ねえ。そりゃ、憑く、っていううぐらいだから、お金は入るかもね。でも、そのお金は、どこからくるんだろうねぇ」
みつが言っている事が、良くわからなかった。そんな私を見て、みつは苦笑した。
「他人の不幸が自分の幸せになる、そういう仕組みなんだよ、狐憑きって。関わり合いにならないほうが良いよ」
それ以上みつは説明する気が無いらしく、手元にあった雑誌をまた読み始めた。
私も、別にもっと詳しく聞きたいとは思わなかったので、事務作業を続けた。
曇り空は晴れる事なく、今日も一日が終わろうとしていた。そんなとき、
カラン、コロン
扉の鐘が、鳴った。
「ようこそ、不破探偵事務所へ」
扉を開けたのは、疲れきった顔をした、若い女性だった。
「依頼ですね。どうぞ、こちらへ」
元に戻した来客用のソファーに案内し、お茶を出す。目の下に隈ができ、憔悴している。久しぶりに、普通の依頼人が来た気がする。
いつも通りだらけた格好で座るみつの横に、私も座り依頼を聞いていく。
「私は助手の神凪と申します。こちらが探偵の、不破です。さて、お名前と、依頼内容を教えていただけますか」
若い女性は戸惑いながら、手でもてあそんでいたお茶の湯のみをテーブルに置いて、ちらりと私達を見た。
「あの、私、佐伯と言います。最近、何だか誰かに見られているような気がして。塩をまいたり水晶を置いたりしてたんですけど、全然良くならなくて。それに加えて、最近、私夜に勝手に冷蔵庫の中の食料を貪ってるらしくて……。怖くなって知り合いに相談したら、ここで見てもらったら、って」
チラリと女性、佐伯はみつを見た。なんというか、ウチがそんな知る人ぞ知る占い師みたいな事になっていたとは。
私も、みつを見る。
みつは、女性の後ろを見ていたかと思うと、おもむろに左手に視線を移した。
佐伯もそれに気づいたのか、ハッと左手の手首を右手で隠した。が、隠すような物でもないと思ったのか、右手を外して私達に見せてくれた。
「あの、これ、前彼氏にふられて落ち込んでたときに貰った、お守りのブレスレットなんです。何か…?」
左手につけていたのは、良くあるパワーストーンとか言ったか、石を等間隔に繋げたものだった。黒と金の、女性にしては派手な色味だと思った。
みつはボソッと、
「くさい」
と呟いた。佐伯はビクッとして自分の手や脇の臭いをかいだ。私には臭わないから、多分、あっち系だ。
「その左手に憑けてるものが原因だと思うよ。それ、臭い。獣くさい」
みつが面倒くさそうにそう言うと、佐伯は今度はハッキリと左手首のブレスレットをかばった。
「変な事言わないでくださいっ。これは、知り合いの人に貰った、大事なブレスレットなんです」
「彼氏に振られた時に貰ったって、言ってたよね。それ、幸運になるからとか言われなかった」
みつの、妙に確信に満ちた言葉に、佐伯はビクッとした。後に、おずおずと頷いた。
「そう、です。これつけてると、幸せになれるから、って」
「面倒くさいなー。怪異消してあげるから、それ寄越して」
「は?」
みつの唐突な申し出に、佐伯は戸惑っていた。ぎゅっとブレスレットごと自分の左手首を掴む。
「だから、今までの怪異の原因が、その石なんだよ。低級霊を憑けてんの。その石壊せば、全部収まるヨ」
面倒くさそうな説明に、佐伯は疑心暗鬼といった風にみつを見ていた。うんうん、私もみつの力を信じていなければ、なんだコイツと思うとおもう。
「佐伯さん。先生がそう言うのであれば、その石がすべての原因です。どうか、信じて渡してもらえませんか」
私の真面目な説得に一分ぐらい逡巡していたが、ようよう佐伯は素直に左手からブレスレットを外そうとした。が、
「あ、あれ、取れない? なんでっ」
左手首に収まるブレスレットは、だいぶ余裕があるように見えたが、なかなか手首から外れないようだった。手の甲に阻まれて取れないというわけではない。取れないのだ。
佐伯はますます焦り、ついには右手で無理やり千切ろうとした。が、壊れないし、外れない。
佐伯はそのわけのわからない恐怖で涙目だ。助けを求めるように、私、そしてみつを見た。
「あ、あの、これ」
「だから言ったデショ。それが原因だって」
よっこらしょ、とみつはようやく重い腰を持ち上げて、立ち上がった。面倒くさそうに後頭部をかいている。
「面倒くさいからそれ壊すけど、あとから文句言わないでね」
みつは依頼人の横に移動すると、ガシッとその左手首を掴んで持ち上げた。佐伯は驚いたように目を見開いた。驚きのあまりそのまま固まる。
「のうまく さんまんだ ばざらだん かん!」
みつは佐伯の左手を掴んだ右手にグッと力を入れ、理解できない言葉を唱えた。一言一言、力を込めるように。
「おや、まだか。せんだんまかろしゃだや そはたや うんたら」
みつがますます右手に力を込める。佐伯の顔が、苦痛で歪む。そんなに強く握っているのか。
「かん まん!」
みつがひときわ大きく言うと、次の瞬間、パンッ、と音を立ててブレスレットの石が、弾け飛んだ。
そう、弾け飛んだのだ。
みつの右手の隙間から石が飛び出し、私と佐伯は同時に目をつぶった。
「はい、おしまい。あんまり、人から気軽に力をもった石をもらわない事だね」
そこらへんに散らばった石は、いつの間にか消えていた。
みつは佐伯の左手から手を離すと、自分の座っていたソファーに戻り、どっかりと座った。佐伯は、みつの離した左手首を、まじまじと見ていた。みつが強く握り締めたのであろう。真っ赤になっていた。
「あ、あの、これで、おしまい?」
「うん。おしまい」
佐伯は半信半疑のようだったが、実際に自分の手から抜けなかったブレスレットを壊したのは、みつだ。
「よかったですね、佐伯さん。これで、もう怖い思いはせずにすみますよ。では、これが御支払いの金額です」
取り繕うように笑顔で佐伯に話しかけ、数字を出した電卓を差し出す。
払えないような無茶な金額は提示していないので、佐伯は半信半疑ながら、お金を払ってくれた。うん、良いお客さまだった。
「そのブレスレットくれた人、ちなみにどんな人?」
「え? あの、仕事先の先輩です。いつも親切に話しを聞いてくれるんです」
「忠告しとくけど、あなた騙されてるよ。いや、その人も騙されてるのかな。ま、とにかくあんまり軽々しく他人にオカルトっぽいのはもらわないことだね」
帰り際に、みつはそう言い捨てて、自分の机に戻った。衝立の裏に行ってしまって、どんな表情かはわからなかった。まあ、面倒くさい顔をしてるとおもう。
佐伯は戸惑いながらも、頷いて帰っていった。
「お気をつけて」
頭を下げて見送る。
二日連続の依頼人なんて、珍しい事もあるものだ。
曇り空を見上げながら、ふと玉葉くんの事を思い出していた。
玉葉くん、元気かな。
さっそく曜日がずれて悲しい…。




