一週間 月曜日
私が出社すると、珍しく朝一で電話が鳴った。
私が出勤する時間を見計らったように鳴ったので、柿森さんか馴染みの探偵事務所かと思い電話をとると、案の定、そうだった。
依頼としては、行方不明になった父親を捜して欲しい、というモノだったのだが、なんとその父親、新興宗教にハマっており、合宿と称して家に帰ってこないのだそうだ。
柿森さんの事務所なら簡単に見つけられる案件だった。が、やっかいだったのが、どうやら、ホンモノの何か、に、父親が憑かれてしまい、その新興宗教をますます崇め奉り始末に負えないのだという。
その、新興宗教の名は、神孤会。
お稲荷さんに代表されるような神の使いである狐を、神と人との渡し役と位置づけ、その狐に近づくことで神に近づこうという、なんとも胡散臭い教義を掲げているらしい。
みつではないが、私もなんだか、最近狐が多すぎる気がしている。
そして、柿森さんからの依頼は、そのホンモノの何か、をみつに除霊して欲しいのだそうだ。そうすれば、正気に戻る可能性が高いらしい。何か、に憑かれて正気を失ったのなら、何か、を取り除いてしまえば正気が戻るという理屈らしい。
その父親の居場所は分かっているので、至急ではないが今日か明日にはみつに来て欲しいという。
みつが昼に起きるのを待って、その用件を告げると、みつは面倒くさそうに頭をかいた。
「うえー。柿森さんからの依頼じゃなかったら、断ってるぅ」
「その柿森さんが、用意もあるだろうから急かさないけど、今日か明日には来て欲しいって」
「あー、もー面倒くさいなあーー」
みつは、自分の机に突っ伏してうなだれていた。面倒くさいを連呼している。
前に何かで聞いたが、狐は面倒くさいらしい。どう面倒くさいかは、みつが説明を面倒くさがったので、知らない。
「ほらほら、お仕事なんですから、用意が出来たら行きますよ、先生」
私が仕事モードでみつを急かすと、みつは突っ伏した頭を上げて、私を見た。何だろう。
「……ちょっと危ないかもしれないけど、一緒に行く? かおちゃん」
「? そのつもりでしたが?」
何だろう。そんな今更な事、なんで今更聞くのだろう。
私が、首をかしげていると、みつはちょっと苦笑した。だから、何なんだ。
「そっか、うん。わかった。じゃあ、御犬様をよんでみよっか」
そう言うとみつは机から立ち上がり、おもむろに来客用のソファーをどかすと、以前描いた床の図形を見えるようにした。
これは、前に玉葉くんをこちらに呼び出した時に描いて、そのまま残していたものだ。
どうやらみつは、この図形の再活用法を思いついたらしい。
図形に何かを書き足し、さらにごちゃっとした書棚から一冊の和綴りになったお経のような本を取り出した。
それを図形の前で開き、読み上げ始める。
「掛巻も畏き 山住神社の大前を拝み奉りて 恐み恐み曰さく……」
それは、神社などでたまに聞く、祝詞、のようだった。あんまり聞いた事ないから、実際の所はわからないけれど。
独特の抑揚と拍子で、みつが言葉を綴る。
みつが言葉を読み上げる度に、下の図形がぼんやり光はじめたのは……気のせいだろうか。きっと気のせいじゃないんだろう。玉葉くんをこの事務所で初めて呼んだ時も光ってたし…。
「祓へ給ひ 清め給へと曰す事を 聞食せと 恐み恐み曰さく……」
何分ぐらい唱えていたのだろう。
みつは、手に持っていた冊子を言葉が終わると同時に閉じ、図形の上にうやうやしく両手で置いた。そして図形の上に手を置いたまま、
「大前に連なる眷族、いざ御身を顕現させ給へ!」
そうみつが呼びかけると、床が、図形が、光った。
玉葉くんの時と同じだ、いや違うか。
身近な力を持つ人が呼んでいないのに、光り、靄が形を作るというのは、みつが読み上げていたあの祝詞の霊力の賜物なのだろうか。
図形から立ち上がる靄はやがて、意思を持つように一箇所に集まり始め、塊になった。そう、
「かっ、かわいい…!」
真っ白の大きめの犬に! 大型犬ぐらいはあると思う。
柴とは顔が違う気がするが、和犬の顔立ちな気がする。みつが呼んだのは、この、真っ白のわんこなのか!
いったい、それが何を意味するのか全然わからないが、円らな瞳とふわふわの毛並み、そしてくるんとした尻尾が本当に可愛い。賢そうな、優しそうな犬だ。しかし、良くみると体格はがっしりしており、犬にしてはさらに大きいような?
「成功して良かったー。あ、かおちゃん。この子は神様の使いの白オオカミだから、怖がらなくていいよー」
「?!」
神様の使いって……そんな罰当たりそうな事して大丈夫なのだろうか。私がそう聞くと、みつはいつものへらりとした顔で、
「お願いして、顕現したって事は、お許しが出たって事だよ~。ね?」
みつが、その白いオオカミに話しかけると、その子は誇らしそうに、わふっと返事をした。か、可愛い。モフモフ可愛い。猫も可愛いし、犬も可愛いし、みんな可愛くて幸せ。
「この子がいる神社は、古くから狐憑きを落とす神社として有名でねー、その御神体がオオカミなんだ。だから、力を貸してもらおうと思って、およびしたんだよ~」
そうか、狐を中心にすえた新興宗教だから、本物の何か、は狐の可能性が高い。それを見越して呼んだのか。この、可愛らしい子を。ああ、それにしてもそのふわふわの毛皮を撫でさせてもらう事はできないのだろうか。
あんまりにも私が物欲しそうに見ていたのが分かったのか、みつが苦笑した。
「かおちゃん、撫でたいの?」
みつの言葉に、何度も首を縦に振る。目の前の白い子は後足で耳をかいていた。
「オオカミ様。撫でても良いですか?」
みつが、自分の横にきちんとお座りしている白いオオカミ?に話しかけた。気持ち敬語で丁寧な対応をしているという事は、つまり、この子は本物なのだろうか。ううん、でも撫でたい。
みつが尋ねると、白いオオカミは小さくわふっ、と吼えた。優しい吼え方。
「良いって、かおちゃん。よかったね~」
みつから、いや、オオカミさんからお許しが出た。と、いうことで、おずおずと顔の横を優しく撫でる。
……嫌がってはいないようだ。目をうっすら閉じているから、受け容れてくれてるのだろうか。ちょっとだけ調子に乗って、頭や背中を撫でる。ああ、手触り最高。良く手入れされた毛並みだ。こんな事まで再現できるなんて、すごい。
オオカミさんは、尻尾を振って、喜んでくれてるみたいだ。
「かおちゃん、気は済んだ? そろそろ出発したいんだけど」
みつが苦笑交じりに声をかけてきた。いけないいけない、ついつい興奮しちゃうのよね。
「ごめんなさい。もう、満足よ。ありがとう。さ、柿森さんに連絡して、人を寄越してもらいましょう」
みつはへんにゃり笑っているし、白いオオカミさまはくわぁっと欠伸をしていた。
なんとも締まらない御一行になりそうである。
月曜日、続きます。白い毛皮の大型犬って素敵だと思うのw
山住神社は実際に鎮座されてる神社ですが、もちろんこの小説とは何の関係もございません。念のためw




