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遭遇

「誰?!」


 思いっきり、奥さんに気付かれてしまったようだ。

 奥さんは、声が聞こえたであろうこちらの方をものすごい形相で睨みてきた。美人なだけに、凄い迫力だ。びっくりし過ぎて腰が抜けるかと思った。


「私をつけてきたのね。また探偵でしょう! コソコソしてないで、出てきなさい!」


 私は怯えたようにみつを見た。みつは特に焦っておらず、やれやれといった感じで、素直に出ていった。その際に私に耳打ちをして。


「かおちゃんはここにいて。私が話しつけてくるから」


 私は素直に頷いた。私に出来ることは無い。みつの邪魔になってはいけない。こういう時のみつは、場数のせいか酷く頼もしく見える。


「どーもー。ただの通りすがりのモノでぇす。ちょっと背景に、奥さんの素行調査を旦那から任せられた探偵、って肩書きがつきますが」


みつがいつものように軽い調子で出て行くと、奥さんは両手を腰に当てて憤慨した。隣の男性は困ったように成り行きを見守っている。


「全く! あの人ったら何考えているのかしらっ。私が浮気するとでも思っているのかしら? ねえ、探偵さん」

「そりゃ、夫に行き先も告げず、夜中に一人で何度も出て行ってたら、疑いたくもなるんじゃないですかねえ?」

「そ、それはっ」


 一歩も退かず、ひょうひょうとしているみつとその言葉に、奥さんはたじろいでいた。


「ま、言えるわけないよねー。妖怪の弟に会いに行ってます、なんて。あの依頼人、そんな事全く信じなさそうだしねー。奥さんも苦労するねぇ」


 みつがへらっと笑って若い男性のほうを見ると、奥さんは意外そうにみつを見た。


「あなた、玉葉が見えるの?」

「見えるよ。私はそういう力を持っているから」

「そう。……じゃあ、私達を祓う力も持っているのかしら、妖しい探偵さん」


 奥さんは、みつを冷徹な笑みで見つめた。みつはそんな奥さんの怖い顔を見ても、相変わらずしまらない顔をしていた。


「あなた達に、妖しいって言われたくないなぁ」

「ふふ。こっちは二人、あなたは一人。どうするのかしら?」

「祓えるよ、あなた達のような狐ぐらいならね。でも、私はしない」


 前にみつに聞いた事がある。敵対するこういった場面では、ハッタリを使ってでもこちらの弱みを見せてはいけないのだと。あくまで、主導権はこちらにあると思わせないといけないらしい。


「あら。それは何故かしら」


 みつの言葉に、奥さんが意外そうに聞いた。それは余裕とも見てとれるが、みつはどうするつもりだろう。そう思って見ていると、みつは楽しそうに奥さんに向かって人差し指をさした。


「だって、あなたかなり珍しいよ。人間に惚れて、人間の世界で暮らそうとするヒトなんて、私は見た事がない」

「随分と狭い世界に住んでらっしゃるのね。現に、ここに居るでしょう」

「そりゃそうだ。ほんっと、面白いね。ますます祓えないや。それにぃ」

「それに?」

「私、混ざりっ子って見たことないんだぁ。是非とも見てみたい」


 ウキウキと楽しそうに言うみつに、すっかり奥さんはやる気をそがれ見守っていた弟はホッとしたようだ。


「何それ。そんな事で私達を見逃す気? そんな人間見た事ないわ」

「随分狭い世界にお住まいのようで」


 さっきの奥さんの言葉を真似するみつ。奥さんはおかしそうに声を上げて笑った。


「あなたみたいな人間がいるなんてね」

「姉さん、そろそろ狭間が閉じるよ」


 楽しそうに笑う姉に、弟が心配そうに声をかけた。釣り目の顔に見合わず、心配性のようだ。


「あら本当。じゃあ、またね、玉葉……」

「今度はいつ会える?」


 奥さんは困った顔をした。哀しそうな顔の弟を前に、どうしていいのかわからないようだ。

 その会話に興味を引かれたみつが、口を挟んだ。


「奥さんは人間の世界ででも暮らせるのに、弟君はこちらに来れないんだ? 結構な力を持ってるみたいだけど」


 みつの言葉に、奥さんがみつを振り返ってため息をついた。


「この子は体が弱いの。ここはともかく、環境の違う彼方に行ったら、すぐ消えてしまうわ」

「ごめんね、姉さん。僕がこんな体だから……」

「気にしないで、玉葉。あなたは私のただ一人の弟だもの」


 美しい兄弟愛だことで。弟はシスコンで姉はブラコンってどうなんだろう。大丈夫なんだろうか。

 その美しい兄弟愛に特に何の感銘を受けなかったみつは、二人に向かってひらひらと手を振った。


「じゃ、私は先に戻るから。ここから出られなくなるなんて、まっぴらゴメンだし。またあっちでね、奥さん」


 そう言ってみつは、私が隠れている方にゆっくり歩き出した。私は慌てて、事態を見れるように出していた頭を引っ込め、みつが戻るのを待った。

少しして、角を曲がり二人から完全に見えなくなったみつは、盛大にため息をついた。

 私の顔をみて、にへらと笑う。


「帰ろっか、かおちゃん」


 私は頷き、一緒に歩き出した。


「お疲れ様です、センセ」

「あー、肩こった。とんだおばさんだよ、全く」


 肩をこきこきさせながら、みつは無造作に道を曲がり始めた。

 しまった、私はついて行くのが精一杯で、来た道を覚えていない。


「みつ。帰り道、わかるの?」


 不安になりみつに問うと、みつはニヤリと笑い、自分の頭を人差し指でこつこつ叩いた。


「だいじょ~ぶ。さっき通った道順なら、記憶してるから。逆に歩いていけばいいんだよ」


 なんとかと天才は紙一重、というが、まさにみつの事を言うのではなかろうか。みつは普段はあんなののクセして、日本の最高学府を出ているというし、人間見た目と性格では色々判断できないという体現者なのではなかろうか。

 私は、奥さんとみつを見失わないように一生懸命ついて行くのが精一杯だった。道を覚えようなんて、少しも考えてなかった。だが、みつは私に講義をしながらも道を覚えている。少し悔しいが、かなわないなあと、改めて思った。






正体がばれましたが、もう少し続きます。

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