弐
みつは、薫の足音が完全に階段を降りきるまで、扉に目をむけ耳をすましていた。
その異様な人払いに、頼んだ玉葉すら戸惑いを覚えた。
薫が完全に出て行ったのを確認できてはじめて、みつは玉葉に向き合った。
「んで、なあに?」
さっきまでの真剣さはどこへやら、みつは玉葉にゆるく聴いた。
玉葉は迷っていた。本当は頼るべきではないとわかっているのだが、自分だけでどうにかするのも、また迷ってしまう。
さんざん逡巡したあと、玉葉は思い切ったように口を開いた。
「仲間を……ううん、裏切り者を、一緒に見つけてほしいんだ」
玉葉の言葉に、少しの驚きも見せず、みつはふぅんとやる気のない相槌を打った。右腕に右頬をつき明らかに聞く気がない。
「仲間で裏切りって、狐でしょ? あーやだやだ、何だか最近狐ばっかり」
みつはソファーにだらけて座った姿勢のまま、左手をプランプランと振った。
「面倒くさいなぁ。裏切り者は身内だったんでしょ? 身内でなんとかしてよ」
「それができたらここにはこないよっ」
玉葉にしては、珍しく強く否定した。さすがにみつも、おやっとした顔をした。
「ふぅん? あの狐の奥さんは?」
「姉さんは関係ないよ。もう、人の世界に行ってしまっているから。これは……僕の問題だから」
玉葉はそこで、ギュッと膝の上に置いた両手を握りしめ、視線を落とした。
そんな玉葉を、みつは目を細めジッと見つめた。それは、薫が別人みたいと評した目。
みつが、口を開く。
「裏切り者、狐、玉葉、キミの問題。人の世に行ってしまった姉」
歌うように拍子を付け、間をおき、一言一言噛み砕くように呟く。
「キミは三尾の狐、気狐。そして、稲荷社の主神、宇迦之御魂神の眷属」
眷属。その言葉にハッと、落としていた目線をあげる玉葉。目を細め瞳孔が開いているみつと目が合う。そこまで話していないのに、何故。
「そこから考えられるのは、眷族の狐同士の縄張り争いか、宇迦之御魂神が関わる事。そこで、キミが勝ったので、裏切り者の狐が出た。違う?」
玉葉は面白いように目を見開いて驚いた顔をした。
作り物の身体だが玉葉にすっかり馴染み、細かい仕草や表情も正確に表せるようだ。
「私はね、面倒くさい事とかおちゃんに危険が及ぶことが嫌いなんだ。今回は申し訳ないけど、その依頼は受けられないねェ。それに、キミ私にあの小刀以外の報酬を払える? 無理でしょう。それとも、報酬の代わりに私の眷属になる?」
軽いみつの言葉に、玉葉はビクッと顔を上げて、困った顔をした。当然だ。妖怪に、あっちの世界の住人に、眷属になれというのは、こちらの世界の人間が存在を縛るという事。人に置き換えるなら、二十四時間パシられる奴隷になれ、と言っているのだ。
みつのニヤニヤ顔から、本気ではない事はわかるが、たちの悪い冗談だった。
玉葉が困って回答できずにいると、みつは、フッと笑って、また左手をプラプラ振った。
「冗談ダヨ、冗談。まぁ、見つけたら教えるぐらいはしてあげる。その狐の名前と格好は?」
みつの目は、笑っていなかった。薫が、ゆるい顔、と評した表情のまま、目が笑っていなかった。
その有無を言わせぬ迫力に、玉葉は引き下がるしかないことを悟った。もともと、頼るのはよくないと思っていたのだ。振り出しに戻っただけだ。宇迦様以外の眷属になるのも嫌だし。
玉葉は諦めたように肩を落として、口を開いた。
「……彼の名前は、時雨。狐の時は赤茶の毛皮で、人の時は髪の一房が白いからすぐわかると思う」
「へぇ? 白狐の流れを汲むのかい」
「……彼のお父さんが白狐だったんだ」
ふぅん。とみつは呟き、曇り空の外を眺めた。
静かで、重たい時が流れる。
みつも詳しく尋ねないし、玉葉も下を向いて話そうとはしない。
このまま、時が止まってしまうかのようだった。
と、そんなとき、みつがピクッと顔を上げて扉を見た。玉葉もつられて顔を上げ扉を見る。
タン、タン、タン。
軽やかに階段を上がる靴の音がする。
みつには聞きなれた、音。それは、
「戻りました」
カラン、コロン。
扉を開けて、薫が戻ってきた。
重苦しかった空気が、一瞬で暖かくなるのを、玉葉は感じていた。
久しぶりの三人称視点。眷属の説明は勝手な妄想なのでSFですww




