表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/137

春時雨




 暦の上では春なのに、冷たい雨が降った日だった。

 昨日までの春めいた日差しはなりを潜め、冬に逆戻りしたような肌寒さだった。


「う~、寒い寒い。かおちゃん、もっと暖房の温度上げようよぅ」


 昼前に、みつが事務所に出社してきた。

 相変わらずの午前様っぷりだ。


「はいはい」


 探偵先生の言うとおり、もう2℃、暖房の温度を上げる。

 それでは飽き足らずに、みつは一昨日移動させた電気ストーブまで出してきた。思わず呆れた声が出てしまう。


「そんなに寒いの?」

「うーん、昨日ちょっと油断したかなあ」


 風邪でも引いたのだろうか。二人とも事務所にずっといるのだから、うつすのだけは勘弁してほしい。

 しかし、みつではないが、確かに昨日と今日の温度差はひどい。

 雨が降っているというのもあるだろうが、寒さが身に染みる。寒いと同時に寂しい気持ちになるのは、春が遠のいてしまったように感じるからだろうか。

 雨の滴る曇り空は、まだまだ晴れそうにない。






 お昼をまわり、夕方近く。雨音だけが静かな事務所内に満ちる。

 このまま依頼人も来ず、何事もなく一日が終わるかと思われたとき、ソレは鳴った。


 カラン、コロン


「あ、ようこそ、不破探偵事務所へ」


 完全に、油断していた。

 ふっと遠のいていた意識を、事務所の扉に向ける。


「……あの、こんにちわ」


 おずおずと扉が開かれ、隙間からこちらを伺うように入ってきたのは、中学生ぐらいの女の子だった。紺色の制服、膝丈スカートに黒髪おさげ、丸眼鏡。絵に描いたような真面目で気弱そうな子だ。


「こんにちは。この探偵事務所に、依頼ですか?」


 なるべく驚かせないように近づき、話しを聞いてみようと試みる。

 女の子は私の問いに、少し逡巡したようだったが、やがてコクリと頷いた。

 みつを振り返る。みつは肩を竦めていた。通して良いのだろう。


「では、お名前と、依頼内容を教えてもらえますか?」


 ソファーに座らせた女の子の前に暖かいお茶を出し、なるべく柔らかく問いかけてみる。外の雨がそんなに寒かったのだろうか、女の子は少し震えていた。

 女の子は出されたお茶を一口飲み、口を開いた。 


「あ、あの、私、小野おのののかって言います。ここって、あの、オバケとかどうにかしてくれるんですよねっ?」


 必死な顔で女の子、ののかは私を見上げた。その必死さに、一瞬たじろいでしまった。と、同時に、なんて名前に”の”がつく女の子だろうと、どうでも良い事を考えてしまった。


「とりあえず、キミお金払えるの?」


 みつがよっこいせと、窓際にある自分の椅子から立ち上がりながら、ののかに言った。いきなり不躾ぶしつけな言いようだと思うが、確かに無料で引き受けるわけにもいかないのは事実だ。いくらみつがお金に困ってないからとは言え、慈善事業をやってるわけではないし、お金を払っているお客様もいるのだから。

 ののかは、いきなり現れた(視界に入ってなかった)みつから声がかかり、驚いたようだったが、泣きそうな顔で訴えた。


「お年玉、貯めた分があります! これでなんとかなりませんかっ」


 ののかは持っていた鞄の中から封筒を取り出して、私に差し出した。それを、ソファーまで移動して来たみつがパッと取った。その行動にののかはビックリしたようだが、素直にみつに封筒を渡した。


「ふぅ~ん。まあ、聞くだけ聞こうか。この臭いからして、狐…か?」


 ふんぞり返るようにドカリとソファーに座り、封筒の中身を確かめつつ発したみつの言葉に、ののかは面白いように肩をビクッとさせた。救いを求めるように、みつの隣にすわった私の方を見る。

 こほん、と一つ咳払いをし、口をあける。


「小野さん、こちらが、この探偵事務所唯一の探偵の、不破みつ先生です。私は助手の神凪です。どうぞ安心して、依頼内容を教えてください」


 ののかは、私の言葉に信じられないという風に、私達を見比べていた。わかりやすい子だ。

 少し逡巡したが、どうやら現実を受け容れたらしい。みつの方を向いて、困った顔をしながら話し始めた。


「あの、私、お狐様に、お願いをして、そしたら、あの」

「お狐様?」

「あ、お狐様っていうのは、私達の学校で流行ったおまじないで、お狐様にお願い事したら、何でも教えてくれるって」


 ののかの言葉に、みつが眉をピクリと寄せた。


「それ、何人かで机囲んで、10円とか動かすやつじゃないの」


 またしても、ののかはビックリしていたが、自分の中で何かが腑に落ちたようだ。学校で流行っている事は、世間でも流行っていると思えるお年頃なのだろう。みつの場合、知識があるから当たっただけだと思う。これが大人だったら、最初のハッタリとして効果的なのだが。


「そうです。三人か四人で机を囲んで、白い紙にかいた、あいうえお順の文字の上を10円が動いて答えを教えてくれるっていうの」


 ああ、それなら私も確かに聞いた事がある。コックリさんだ。でもあれって、あんまりやらない方がいいもののハズ。

 みつを見ると、眉を寄せたままだった。


「古くはターニング・テーブルと呼ばれるものだね。日本では、こっくりさん、えんじぇるさま等と呼ばれて、周期的に子供の間で流行る、という。それが、キミ達のところではお狐様、と言うみたいだね。で、それをやってどうなったの。どうしてほしいの」


 みつが、間の抜けた喋り方をしないという事は、このののかが持ち込んだ依頼は、あんまり良くない物のようだ。

 みつの優しくない言葉に、ののかは顔を歪め、泣きそうになった。だが、先程から何度か泣きそうになってはいるが、実際に泣いていないのは正直偉いと思った。


「助けて、ほしいですっ。私、私もう、お狐様に悪い事して欲しくないの!」


 予想していた言葉とは、若干違った。

 私もこの事務所に来て二年と少し、大体のパターンは分かってきたつもりだ。

 いわく、霊に取り付かれたので、除霊してほしい。いわく、家でおかしいことが起こってるので、何とかしてほしい、など等。

 最近は、そのパターンに当てはまらない依頼がわりと来ていたが、でもやっぱり、大元を消してほしい、というのが大体の内容だったと思う。

 でも、今、この子が言っているのは、その大元のお狐様とやらを止めて欲しいという内容だった。つまり……どういう事?


「ふぅん? 低級に憑かれたから、消して欲しいんじゃないの?」

「違う! お狐様は、私がお願いしたから、叶えてくれたの! だから、お狐様が悪いんじゃないの!」


 ののかは必死にそのお狐様とやらをかばうが、ますますわけがわからない。私の知ってるコックリさんは、大抵が気のせいで、もし悪い事が起こったら低級霊の仕業で、それこそみつのような専門家や寺や神社で除霊してもらうのが普通、だと思っていたのだが。

 みつも、首をかしげている。


「何をお願いしたの?」

「あの、私、その……いじめられてて。だからそのいじめてた子が、どうしたら私をいじめなくなるのか聞いたら、そしたら……」

「やりすぎたんだね」


 みつの言葉に、ののかは泣きそうな顔をした。今度は本当に、泣いてしまうかもしれない。


春時雨→春なのに冷たい時雨のような雨の事


新しいお話始まりです。よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ