通訳探偵
「そうだ。一つ気になってたんだけど、枝野さん、声、聞こえないんだね」
ふと気づいたように、みつが相変わらず椅子の背もたれの上で足をぶらぶらしている女の子を指差した。枝野さんは、その言葉に深く頷いた。
「私には、そこまでの力は無くてね。まあ、そのおかげでトラブルにならなかったみたいなんだけれど、今回ばかりは困ってしまってね。その子に、何故この家で私達に悪戯をするのか、聞いてみてくれないかい」
枝野さんが、女の子を見ながら言った。女の子は口を動かし、何かを言っているようだが、私にも聞えなかった。何だかちょっと、切ない。
「うーん。口寄せなり憑依なりで、私がこの子に声を貸してあげられれば良かったんだけど、私には出来ないからなぁ」
みつが、そこでチラリと私を見た。何だろう。私に何かできる事があるのだろうか? と、思ったが、みつはすぐに視線を女の子の方に逸らした。
なにやら二人で会話を交わしたようで、女の子と頷き合った。いったい、何だったのだろう。
その女の子が腰掛けている椅子に近寄りながら、みつは枝野さんを見た。
「とりあえず、私がこの子が言った通り喋るから、枝野さんが聞いてみたら?」
何故みつがこんな提案をするのかわからなかったが、枝野さんはとりあえずみつの提案に従うことにしたようだ。首の後ろを撫でながら、みつと女の子の方に近寄る。私も、枝野さんの邪魔にならないように少し後ろ、みつ側に立った。
「えーと。じゃあ、何できみは私達の邪魔をするのかね」
枝野さんは、女の子を見ながら聞いた。女の子が面白そうな顔で、口を動かす。それを見て、枝野さんはみつを見た。みつが口を開く。
『わたしは、遊んでただけだよ、ケージさん』
いつものみつの喋り方ではないので違和感が凄いが、通訳をしていると思えば、こういうものかとも思う。みつは、次の言葉を待つように枝野さんを見ている。また首の後ろを撫でながら、枝野さんは女の子を見る。
「ええと。遊ぶというのは、その、私達の邪魔をして遊んでるという事なのかい」
女の子は、枝野さんの言葉に首を振った。おお、ちゃんと会話が通じてる。信じてないわけではなかったが、こうやって証が見えるとなんだか安心する。
みつが口を開く。
『違うよ。ケージさんにくっついてる、その子と遊んでただけだよ。ケージさん達の邪魔になってたのはわかってたんだけど、つい、楽しくて。ごめんね』
枝野さんが、ギョッとした顔でみつを見た。みつは、女の子が喋った事以外は喋らないとでもいう風に、口を閉ざしている。
枝野さんは、困惑したように、口を開けたり閉じたりしている。刑事として幾多もの事件を経験してきたであろう、枝野さんのような人が困惑している姿を見るのは、不思議な感じだった。しきりに首の後ろを撫で、次の言葉を捜しているようだ。
枝野さんは、亡くされたお子さんの事が話題にあがると、わかりやすく動揺する。それは、仕方のない事だと思う。
枝野さんが次の言葉を探すまで、ちょっとだけ私が口を挟んでもいいだろうか。
「あの、私もちょっと聞いていいかしら」
みつが、ちょっと驚いたように私を見た後、女の子を見た。女の子は、にこっと笑って頷いてくれた。普通に良い子だ。幽霊に良い子っていうのもおかしいのかな。わからないけど。
「ええと、こんにちは。あなたの、お名前教えてもらえるかしら」
『こんにちは、おねえさん。あたしは、ヤエ。あの子がね、そう付けてくれたの』
「あの子? 枝野さんのお子さんのこと?」
私の疑問に、女の子、ヤエはすぐに首を振った。
『ううん、モモちゃんだよ』
みつがそう代弁した瞬間、枝野さんがハッと顔を上げた。動揺は一時忘れ、刑事の顔に戻っているようだ。流石というべきだろう。生粋の刑事なんだろうなあと、何となく思った。
「モモ? モモというのは、モモカちゃんのことかね」
枝野さんの言葉に、今度はヤエが驚いたようだった。
『そうだよ。モモちゃんを知ってるの?』
みつと私も枝野さんを同時に見た。枝野さんは、ちょっと頭をかきながら教えてくれた。
「モモカ、というのは、昔ここに住んでいた犯人の、一人娘の名前なんだ。つまり、ええとヤエといったかね、キミとモモカちゃんは親交があったのかい」
ヤエは、にっこり笑った。懐かしそうに、嬉しそうに。
『そうだよ。モモちゃんとあたしは親友だったんだよ。でも、モモちゃんはいなくなっちゃった』
ヤエは、つと寂しそうに顔を伏せた。が、すぐに顔をあげまたにっこりと笑った。良く笑う子だ。
しかし、ヤエとここに住んでいたであろうモモカちゃん。いったいどんな繋がりで友達になり、此処に居ついているのだろう。そういえば、名前を付けてもらったというのも、意味がわからない。いったい、何なのだろう、この少女。
『でもね、モモちゃんがいなくなった後、パパが大事にしてくれたから、私はここにいるんだよ』
ヤエの言葉に、一瞬理解が追いつかなかった。いや、言葉の意味を理解しても、言っている事の意味はわからないままだった。どういう、事?
枝野さんも、私と同じようで、怪訝そうな顔をしてる。首の後ろを撫でるのが癖だというのを、わかっているのだろうか。いつか摩擦で擦れて痛くなりそうだから、後でそれとなく教えてあげよう。
そんな戸惑う私達を見て、みつがちょっと笑った。
「このヤエって子はね、つくも神だよ。人じゃない」
みつとヤエは、お互いにチラリと顔を見合わせ、頷いた。
『そう。あたしは人形。モモちゃんとパパに大事にされた、想いの形』
そう言って、ヤエと名乗る少女は、にっこり笑った。
つくも神。人形。人じゃない。想いの形。
頭の中が、混乱でうまく纏まらない。
「つくも神というのは」
みつの言葉で、ハッと我に返る。今のは、みつなのだろうか、ヤエなのだろうか。
「器物、つまり色々な物が、長い年月を経て、霊魂を宿したモノだといわれてる。人に長い間大事にされたものには、神様が宿るという考え方だね。まあ、神様というのは大げさだと思うけど、ヤエは……特殊なのかな?」
みつが、自分の最期の言葉で首を傾げた。
改めて、ヤエを見た。ヤエは、本当に普通の女の子のように、にこっと笑った。まあ、座っているのが、椅子の背もたれという全く普通の所じゃないけれど。
幽霊もまともに見た事無いけれど、今、目の前にいる女の子が、本当は人形なんだといわれても、実感はわかなかった。
『だから』
ヤエが、枝野さんを見て、口を開いた。
『ケージさんのその子が、寂しそうにしてるの、放っとけなかったの。わたしは、子供達の遊び相手として作られたモノ、だから』
みつが代弁するヤエの言葉に、感情は読み取れなかった。なぜならみつが間に入っているから。でも、ヤエの顔から、悲しそうなのは伝わった。これは、ヤエが枝野さんの子供に、同情、しているのだろうか。優しそうな、悲しい顔。
さっきから、ずっと黙っている枝野さんを見ると、枝野さんは固まっていた。そう、固まっていたのだ。表情も、多分、思考も。
固まっていた口が、開く。
「あの子は……」
枝野さんが、震える声で、呟いた。
「あの子は、まだ、いるのかね」
タイトル回収。いきなり しりあすに なった!




