椅子の背もたれに座る少女
数日後。枝野さんに指定された日になった。
昼近くに枝野さんが、事務所を訪れた。問題の住宅には、枝野さんの車で送ってもらう事になっている。郊外にある住宅らしく、車が無いと不便な所らしい。
「どうも。いや~、こんな若いお嬢さん達を乗せて運転するなんて、冴えないオジサンは緊張するねえ」
枝野さんは、はっはっは、と心にも思って無いような事を言って笑っていた。しかし、別に悪い気はしなかった。そういう軽口が言える人は、年上だが気負わなくて良い人が多いので、有難い。
「どうも~」
みつは、午前中だという事でまだ少し覚醒しきれてない。ので、この間の柿森さんがいた時とは比べ物にならないぐらい目が眠たそうだった。柿森さんがいないので、敬語も使っていない。そんなみつに少し驚いたのか、枝野さんが私を見た。
「すみません、先生は朝が弱くて。でもいつもこうなので、心配しないでください」
ふぁ~あ、と大きな欠伸をするみつ。それを横目で見て、苦笑して付け加えた。
「それに、先生はこっちが、通常です」
私の言いたい事がわかったのか、枝野さんも少し笑った。
「そうかね。じゃあ、そろそろ向かおうか。少し遠いからね」
私とみつは頷いて、枝野さんの後ろについて行った。
事務所の近くの駐車場に止めてあった車は、良く見る形の灰色の車だった。車の事は良くわからないが、どこにでもある普通の車、というのが大事なのかと何となく思った。
枝野さんの安全運転で着いた先は、町外れにある民家がまばらな地域にある、一戸建てだった。まわりにぽつぽつある家と同じような平屋だが、人が住んでいないせいか、くすんで見えた。
例の犯人が夜逃げした後、そのままなのだそうだ。捨てられた家。そんな家に出る女の子って、いったい何なのだろう。
みつは、相変わらず眠たそうに家を見ていた。全く緊張感が無い。
枝野さんは、家の前で呆けている私達を呼んで、家の中に入れてくれた。
「ほこりっぽいし、色々悪戯のせいで散らかってるから、気をつけてな」
そう言って、枝野さんは靴のまま玄関から廊下に上がった。いいのだろうか、何となく気が引けるけど。良く見ると廊下には靴の跡がいくつもついていた。調べている時についたのだろう。それに、小さな物が所どころに散乱していた。悪戯の後か。だったら、大丈夫か。私も、意を決して靴のまま廊下に上がった。みつは、特に戸惑う事もなく靴のまま廊下にあがっていた。その図太さ、見習いたいわ、ほんとに。
「あ」
枝野さんの後ろ姿を追い、台所が見えるダイニングに入ったときだった。
みつが、部屋の真ん中にある、四人がけのダイニングテーブルの方を見て、声をあげた。
枝野さんと一緒に、そちらを見る。が、私には特に何も見えない。
何だろうと思って、二人を見ていると、どうやら二人とも同じ方向、同じものを見ているようだった。
「見えるかね、不破さん」
「ええ。女の子ですね、中学生ぐらいの」
何かイるのか。私には見えない。どうしようかと思った時、みつがくるりと私を振り返った。
「かおちゃん、見たい? そんなに強くも悪くも無いから、かおちゃんが見たいなら見せてあげられるよ」
「え、いいの?」
みつが頷いたので、その申し出を受け容れることにした。みつは、なにやら口元に人差し指と薬指を近づけてボソボソ呟いたかと思うと、その手で私の瞼の上をちょんちょんと触った。眼鏡を下げてと言われたので、下げていたのを元の位置に戻す。すると、
「あ、れ?」
先程まで何もなかった空間、ダイニングテーブルの椅子の背もたれの上に、ぼんやりとだが女の子の形が見えた。背もたれの、あんな細い骨組みの上に腰掛けるなんて、生身の人間では絶対できない。
「かおちゃんあの子の姿はね、髪は黒髪で、前髪はぱっつん。後ろは背中の真ん中ぐらいまでまっすぐ伸びている。肌は白い。紺色のセーラー服を着ていて、中学生ぐらいの年。足は素足」
みつの言葉の一つ一つで、少女の輪郭がハッキリしてくる。言われたとおり、黒髪のセーラー服を着た女の子が、悪戯っぽく笑っていた。普通の子だが、たれ目がちで笑うと愛嬌のある子だ。
私と目が合ったと分かると、にこっと笑って手を振った。ビックリした。
「み、みつ。あの、手を振った子よね?」
「そうだよ~、なかなか肝の据わった子だねぇ」
私の反応を見て、枝野さんが面白そうに話しかけてきた。
「そっちのお嬢さんにも見えるのかい」
みつは枝野さんのほうを振り向き、軽く肩を竦めた。
「かおちゃんは、一時的に見えるようにしただけ。普段は見えないよ」
「そうかね。恐ろしい事が出来るのだねえ」
枝野さんの言葉に、みつは苦笑した。
「そうだね。でも、見えないとわからない事もあるから。危なくないものだけね」
枝野さんはそれ以上深く聞くこともなく、軽く頷いただけだった。うーん、大人だ。
女の子(生身でない)が でてきた しかし ようすを うかがって いるようだ!




