敬語対応
「どうも、不破です。柿森さんから話しは聞いていると思いますが、私は探偵の真似事しか出来ません。それでもよければ、お伺いします」
不機嫌が、少し残っているらしい。まあ、突然の柿森さんの訪問は、みつにとって結構なストレスらしいし(何依頼されるかわからないから)、多少大目に見ようか。枝野さんも、気にしてはいないようだし。
「ああ、それなら大丈夫だよ。私はこういう者でね」
枝野さんは、自分のよれっとしたコートの内ポケットから名刺を取出した。そこには、
「刑事、さんなんですね」
そう、所轄の警察署の名前と刑事という身分、そして、枝野 正孝という本名が書いてあった。
私が少し驚いたように呟くと、枝野さんはにっと笑って頷いた。目じりに皺がより、人に好かれそうな笑顔だと思った。ああ、そうか。誰かに似てると思ったら、昔再放送か何かで見た、海外の探偵物の探偵役の俳優さんに似ているのだ。確か、ポワロとかいう役名だった気がする。どうでも良い事だけど。
「まあ、窓際だがね。だから、キミに警察の真似事や、誰かの尾行などをして欲しいわけじゃないんだ。相談したい事というのは……」
ちらりと、枝野さんは柿森さんを見た。柿森さんは、心配するなとでも言う風に頷いた。それで安心したのか、枝野さんはみつを見ながら口を開いた。
「キミ達なら信じてくれると思うが、私は、昔からたまぁに、人には見えない何か、が見える事があってね。それは人の形の時もあるし、人ですらなく球体の時もあった。別に危害を加えられる事もなかったから、この年まで無視してたんだがね。どうも、最近ちょっと困ったことになってねぇ」
そこでいったん区切り、枝野さんはお茶を啜った。
みつ以外にも見える人がいて、しかもソレを無視できていたなんて、凄いなと、素直に思った。みつも同意権らしく、ちょっとだけ驚いたような顔をしている。
「最近、昔の資料を引っ張り出して、調べなおさなきゃならん事があってね。その資料にあったさる住宅に捜査にいったんだ。そうしたら、そこに、一人の女の子が居てね。カンでなんとなく生きてる人間じゃない事はわかったんだが……その、悪戯?をされるんだよ。物の位置をずらしたり、出してたはずのペンを隠されたり。一つ一つは小さな悪戯なんだが、他の奴にもやってるらしくてね、捜査があんまり進まないんだ。残念ながら私は見る事しかできなくて、ほとほと困ってるんだ。あんまり悪いものでもなさそうなその女の子が、いったい何を理由に俺達の邪魔をするのか、調べて欲しい」
枝野さんは、伺うようにみつを見た。確かに、危害としては小さなものだろうが、ずっとやられるとたまったものじゃないだろう。ただ、枝野さんの話しぶりからか、本当にただの悪戯のようにも思えた。その女の子、いったい何がしたいのだろう?
みつは、少し考え込んでいるようだったが、枝野さんの左肩の上をジッと見ていた。あの、何もかも見透かすような、虚ろな瞳で。
みつが無言なので、枝野さんは困ったように私を見た。ううん、なんとかみつが喋りだすまで、場をもたせないと。
「ええと、疑問が一つ。私達は一般人ですが、捜査している場所には立ち入れるのでしょうか?」
私の質問に、枝野さんはホッとしたように頷いた。
「毎日、そこを調べているわけじゃないんだ。今起きてる事件の些細な部分だからね。だから、その民家を捜査してないとき、こっそりキミ達を入れる事は可能だ」
なかなかスリリングな事を簡単におっしゃる。
「その、調べている住宅というのは、昔何かしらの事件があったとか、そういう場所なんですか?」
これも、聞いておかなければいけない事だった。みつはそういう、曰く付きの場所、に私を連れて行くのを極端に嫌がる。もし、そいういう場所なら、私は今回お留守番だ。
私の心配に、枝野さんは軽やかに首を振った。
「いや。今捜査している犯人が、昔隠れてたアジトの一つらしくてね。何年も前に捨てられた事はわかっているんだが、少しでも手がかりになればと、色々調べてるんだよ。捜査は地道な作業の積み上げだからね」
それなら、良かった。殺人現場とかだったらどうしようかと思った。そんな場所ならみつに言われなくても絶対ついて行かないし。私もホッとしたところで、みつがふっと視線を枝野さんに戻した。もう、いつもの表情だ。
「枝野さん、でしたっけ。聞きにくい事伺いますが、お子さんを小さくして亡くされてません?」
みつの第一声に、枝野さんは驚いたようにみつを見た後、教えたのかという風に少し非難めいた目を柿森さんに向けた。柿森さんも、驚いたようで首を振った。そんな柿森さんの表情に、枝野さんも教えていないのだとわかり、まいったなあ、とでもいう風に首の後ろを撫でた。肩をすくめて、頷く。
「まあ。昔々の話しだけどね」
「そうですか。じゃあ、その家に出る女の子っていうのは、悪いモノじゃないですよ。理由がわからないから、やっぱり行かないとダメみたいだけど」
みつは、何でもない事のように言ったが、正面の二人のおじ様は、固まっていた。
しばらく間をおいて、なっ、と柿森さんが枝野さんを見た。
「言っただろ、みつ坊に任せておけば大丈夫だと。フジのお墨付きだぜ」
柿森さんの、フジ、という人名にみつがピクッと反応した。話だけ聞いた事がある。フジさんも柿森さんのお友達で、確か住職だか神主だかで、みつと同じ力がある人だ。みつは大学時代に知り合ったらしく(そのあたりの話しはややこしいらしい)、そこから柿森さんを紹介してもらって、という流れらしい。
みつは、柿森さんは苦手だが、フジさんはとっても慕っているみたいで、たまに話しに出てくるが、私は会った事はない。みつと同じ力を持っている人、というので少し興味はあるが、積極的に会いに行こうとみつが言わないので、会う機会はまだない。
「そうか、フジのヤツがなあ。いや、別に疑ってたわけじゃないんだが。まあ、宜しくお願いしますよ。ええと、不破さん、でしたな」
「はい、不破です」
柿森さんのように、みつ坊と呼ばれたくないかのように、名字を強調した。いつも、飄々としてだらけていて、でも人ならざるもの相手に一歩も引けをとらないみつが、このおじ様達相手には、子供っぽさを出すのが、何だかおかしかった。柿森さんが居る時だけ敬語使うのも、多分子供っぽさの裏返しだ。本当に、面白面倒くさい性格をしている。まあ、サボる為のへ理屈はいつでも子供っぽいから怒るんだけど。
「まあ、柿森さんの紹介なら断るわけにもいきませんし、お引き受けしますよ。調査はいつにしましょう」
みつの、あてつけのような柿森さんへの言葉も、柿森さんは笑って流していた。さすが大物だ。みつの子供っぽさも含めて、面白がれる柿森さんで逆に良かったのかもしれない。枝野さんも大人で、その様子を微笑ましそうに見ていた。拗ねているのは、みつ一人。
とりあえず、枝野さんの手引きで、その住宅に捜査の手伝いという名目で行く事になった。みつからは何も言われなかったので、私も行っても良いらしい。見えないけど、まあ、行くだけ行ってみよう。
そういう事になった。
みつの貴重な敬語シーン。柿森さんはみつの反応を楽しむためだけにわざわざ出向きましたw




