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尾行

 夜。


 草木も眠るという丑三つ時。

 あたりは真っ暗で、家々も眠りについているのか明りは見えない。

 依頼人の家は閑静な高級住宅街にあり、街灯があるとはいえ暗さを払えるほどではなかった。


 あれから仮眠をとったが、どうしても眠たい。だが、いつも昼間よく眠っているみつは元気いっぱいだった。夜という事でテンションも上がっているようで、正直、ウザい。


「いやー。ウキウキするねー、かおちゃん♪」

「全然しません」

「何でー? いー月夜だよぅ」

「はいはい……」


 そうこうしている内に私達は、依頼人高山さんの家の前まで来ていた。彼には今日は普通に寝るように指示してある。寝れるかどうかは知らないが。


「本当に、尾行なんて探偵らしい事するのね」


 かの家を隠れて見張れるように、別の家の角に隠れるよう指示された時、意外そうに言うと、みつは唇をとがらした。


「探偵らしいって。みつ探偵だよっ、かおちゃん!」

「はいはい。ターゲットに気付かれたらもともこもないんだから、静かに」


 みつは頬をふくらませて、黙った。

 と、しばらくもしない内に、かの家から女性が出てきた。確かに、しっかり目覚めているようだ。靴をきちんと履き、パジャマではなく普段着のようなものを着ている。

 彼女は、あたりをきょろきょろと見回し、だれも居ない事を確認すると、どこかへ向かって歩き始めた。旦那に後をつけられた事で、警戒しているらしい。しかし、本職の探偵には気づかなかったわけか。素人さんなら仕方ないのだろう。


 私達も、女性の後をつけて見つからないよう慎重に歩き出した。


 依頼人の奥さんは寝静まる夜の街を、右に曲がり左に曲がり、意味もなくあてもなく歩いているように思えた。

 しばらく黙ってついていっていたが、


「……方違かたたがえだ」


 みつが、ボソッと呟いた。


「方違え?」

「うん。もともとは陰陽道なんかで使われる、凶の方向を避ける行動の事なんだけど……。使える者が使えば、なにかしらの狭間はざまへの道が開けちゃったりするねぇ」


 また、聞いたことのない単語だ。みつといると、日常の常識が崩れていくのが良くわかる。信じられないが、信じるしかない。


「は、狭間?」

「まあ、そこを言い表すのに適当な表現が思いつかないから、私が例えで言っただけなんだけど。冥界めいかいなんて言うひともいるし、妖界ようかいなんて言葉遊びをしてるひともいる。

 かおちゃん、この世ってのはね、見えない幾多もの層が重なりあって出来てるんだよ。人間の住む層もその一つ、妖怪とか呼ばれているものが存在する層もその一つ。普通なら交わり合わないんだけど、ある拍子に交わる事がある。四辻よつつじなんて、特に交わりやすい場所だから、そこで方違えなんてしたから--あ、ついたみたい」


 みつのよくわからない解説を聞いてる内に、奥さんは古めかしい電灯の下で止まった。そしてあたかも相手がいるかのように、何もない場所に向かって楽しそうに話し出したのだ。

 見つからないように、少し離れた塀の角に隠れる。


「……元気だった? そう、ならいいのよ。私は……そうよ。え? まさかあ」


 女性は、ごく親しい身内と話しているようだった。一人、パントマイムで。腹話術と言ってもいいかもしれない。


「うっわ~。本当にこっちに出てきて、人間と結婚しちゃったんだ……。すごいなぁ」


 みつがその様子を見て、独りごちた。


「みつ…、あの人病院に行くのが先なんじゃない」

「あ、かおちゃん見えてないんだね」


 私が話しかけると、みつははっと私を見た。みつは私から視線を外すと、奥さんの少し左を指差して、口を開いた。釣られてそっちを見る。


「かおちゃん。あそこに、男性が居ると思って。若めの、彼女の弟ぐらいの男。体型は、細くてそんなに高くない。薄い色の短い髪で、目はつり目」


 みつが呪文のように言葉を紡いでいるのを聞いていると、不思議な事にだんだんみつが言ったような男の容姿がぼんやりと見え始めた。男の足が地につかず、中空に浮いているような気がするのだが、気のせいだろうか。


「服は甚平。紺の縦縞」

「足は草履。肌色は白い」


 気のせいではなかった。男はみつの言った服装で、中空に浮いて奥さんと話していた。ようやく全身がはっきり見えてきたが、その衝撃の光景に少し頭が痛くなった。いけないいけない。慣れなければ。

 少し頭を抑えて、また二人の方向を見た。男は若いようだが、面長で細目。狐顔と呼ばれる顔立ちだ。そこまで認識すると、さらに話し声まで聞こえてきだした。


「よかった。姉さんあっちでも上手くやってるみたいだね」

「あたりまえよ。玉葉たまはも一緒に住めればいいのにね」


 二人はくすくす笑っている。似ている顔立ちといい、会話の内容からして、あの二人はどうやら姉弟のようだ。


「でも、ほんと姉さんがあっちに嫁ぐって言った日はどうしようかと思ったよ」

「反対してたものね。でも、ちゃんと天気雨を降らせてくれたし」

「だって、姉さんの晴れ舞台だもの。それぐらいは……」


 シスコン。不思議な現象を見ていても、考えるのはそんな事だった。

 みつはと思い見てみると、面白そうに笑っていた。

 思わず、みつに話かけていた。


「あれは一体……奥さんは何なんです?」


 私の問いかけに、みつはニヤッといたずらっ子のように笑った。


「人間、じゃないねェ。ナニかなぁ。鬼かな、狐かな、狸かもね」


 くすくすと楽しそうに言うみつ。私は、人間じゃないといわれても違いがわからずに、困惑していた。あそこで話す依頼人の奥さんは、人間に見えるから。


「ああ、でも、天気雨って言ってるから、狐かな。獣臭いし」

「何故?」

「天気雨の別名、知ってる?」

「確か……ああ、狐の嫁入り」

「そ。正解。さすがかおちゃんだね」


 こそこそと話していたつもりだが、何時の間にか声が大きくなっていたらしい。突然、



「誰?!」



 恐ろしい怒鳴り声が、響いた。


.

オリジナル能力満載回。すこしふしぎ(SF)

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