突然の訪問者
冬にしては、日差しの暖かな日だった。
探偵先生ことみつは、日差しが充分あたる窓際の自分の机ですやすやと安らかに眠っていた。
いつも通りの日だった。いつも通り、世間一般でいわれる昼休みを過ぎたので、みつをたたき起こそうと席を立ち上がった時、
カラン コロン
鐘が鳴った。珍しい、こんな時間に依頼人とは。体感的に、依頼人は朝の早い時間か夕方が多い。驚きながら振り返ると、そこには、
「いらっしゃ……あっ、柿森さん。ごぶさたしてます」
事務所のドアの所に悠然と立っていたのは、そう、以前狐の奥さんの依頼人を此方に回した、柿森総合探偵事務所の所長にしてオーナー、柿森 宗次その人であった。
壮年のナイスミドルなのだが、これがなかなか食えない人で、みつが苦手としている数少ない人物だ。
今日も、白髪の混じらない濃い茶色の髪をオールバックにし、ブランド物の灰色のスーツをピシッと着こなしている。少しふくよかな体形であまり身長も高くないが、だらしない感じはしない。恰幅が良と言うのだろう。きっと、着物を着るととっても似合うと思う。
みつは柿森さんが苦手みたいだが、私は仕事が出来る柿森さんに結構好意的だ。できる事なら下で働かせて欲しいぐらいだが、そういうと探偵先生が拗ねるのが目に見えているので、言った事はない。
「今日はどういったご用件で?」
ソファーに招き、日本茶をだす。みつが日本茶しか飲まないというので、事務所にもコーヒーや紅茶のたぐいは置いていないのだ。ここは格好つけてコーヒーぐらい出したかったのだが。
柿森さんは気にする事なく、私の入れたお茶を啜った。うーん、貫禄の違いか、啜る姿までさまになっている。
「今日は、みつ坊の様子を見に……というのは建前でね、私の友人を助けてあげてほしいんだ」
柿森さんとみつは(私もだが)親子ほどの年の差がある。だから、柿森さんはみつの事を親しげにみつ坊、と呼ぶ。この探偵事務所を開けたのも柿森さんのおかげだというらしいから、みつはあんまり強気に邪険にできないのだ。さっき叩き起こしたばかりだが、みつにしては珍しく柿森さんの前のソファーにちゃんと腰掛けて、口もきかずに苦々しげに茶を啜っている。
「はあ?」
「実はね、もう呼び出してるんだ。あと少ししたら此処に来るんじゃないかな」
「……」
勝手な事を、といわんばかりにみつが顔をしかめるが、言葉には出さないところが頭の上がらなさを表しているようだった。
柿森さんは微笑みを崩さずにみつを、まるで聞かん気の強い子を面白がってみているように見つめていた。こういう態度は慣れっこなのだろう、そして、最終的には自分の依頼をみつが引き受けることも。
「……で、どんな依頼なんです」
みつが、諦めたように口を開いた。柿森さんは、その様子も面白そうに見ていた。
「言っただろう、友人を助けて欲しい、と。私の手には負えなさそうだったからね、ぜひみつ坊に引き受けてもらいたいんだ」
何の説明にもなっていない。しかし、大抵の事は自分の事務所でなんとかなる柿森さんが手に負えないという事は、つまりそういう関係の事か。みつは、面倒くさそうに頭をかいていた。
カラン コロン
そんな会話から少しもしないうちに、ドアの鐘が鳴った。
「いらっしゃいませ。不破探偵事務所へ、ようこそ」
扉まで行き、依頼人を迎え入れる。まだらに顎髭が生え、冴えない容貌の男性だった。あまり身長も高くなく、みつと同じくらいかもしれない。しかし、冴えない、と形容したがただものじゃないような雰囲気も感じた。優しそうではあるが、眼が鋭い。普通のサラリーマンではなさそうだ。
「こちらへどうぞ」
「おお、枝野、久しぶりだなあ」
私がどいた事で、柿森さんにも男性が見えたらしい。親しげに手をあげ、男性を呼んだ。
「よう、かっきー。久しぶりだな。前の同窓会以来か?」
「そうだなあ。しかし懐かしいなあ、その呼び方。なあ、えでぃー」
壮年の男性二人は、楽しげに再会を喜び合っていた。しかし、そのあだ名は……ううん、まあ、本人達が良いなら良いのか。仲良さそうだし。
二人をソファーに座らせ、私も茶を出してから二人の正面、みつの横に座った。
「みつ坊、こっちは枝野といいて、俺の学生時代からの友人でな。ちょっと今困ってるらしいんだ。話を聞いてやってくれるか。枝野、こいつが話してたみつ坊と、その手伝いをしてくれてる神凪さんだ」
紹介された枝野という男性は、頭の上にある、ハンチング帽だったか、くたっとした帽子を脱いでお辞儀した。
みつと私も、お辞儀を返す。




