明けましておめでとうございます(短)
正月休みがあけてからアップする勇気
正月某日 神凪薫宅
まだまだ正月休みが続くさなか、いきなりみつから呼び出された。
「かおちゃん、明けましておめでとー。いきなりなんだけど、今から事務所に来てもらえないかなあ? お休み中だから、かおちゃんが良ければ、だけど」
長い休暇も特に何か用事があるわけでもなく、祖父母に挨拶に行ったきり、暇をもてあましていた。ので、みつからの呼び出しにも、面倒くさいなあと思いつつも、素直に応じた。
「明けましておめでとうございます。まあ、良いわよ。予定もなく暇してたところだし。支度してから行くから、一時間ほどかかるけど」
「本当?! 良かったぁ。うんうん、大丈夫、待ってるね!」
電話を切る瞬間、後ろから誰かの笑い声が聞えた気がしたのだけれど、気のせいだろうか。まあ、良いか。
とりあえず、惰眠をむさぼっていた布団から出るのに、少しだけ勇気がいった。
普段よりも更に手抜きの準備をした。いつもはきっちりした服を着るよう心がけているのだが、今日は休みだし、ラフなもので良いだろう。
コートを着てマフラーを巻き、ブーツを履いて出かける。
今日も寒い。
予定の一時間より少し遅れて、事務所の前に着いた。時刻はとっくに昼を回っている。と、事務所の中から話し声が聞えた。やっぱり、電話口の向こうで聞えた笑い声は気のせいではなかったのだ。どうしよう、みつしか居ないと思ったから、ラフな格好で来たのに。お客様だろうか。ううん、でも一応事務所は休みの張り紙出してあるし……ええい仕方ない。なるようになれだ。
心を決めて、事務所の扉を開いた。
カラン コロン
「あー! やっと来たにゃ! 遅いにゃ! マルずっと待ってたにゃ!」
「マル、行儀が悪いにゃ。座るにゃ」
「かおちゃん!」
四者四様の眼が、私を見ていた。……一瞬、理解が追いつかなかった。が、追いついた瞬間、
「マルちゃん、シロくん! 来てたのね! ごめんなさい、遅れてしまって。ええと、あなたは確か、玉葉君、よね」
そう、騒ぐマルちゃんと、それを宥めるシロくん、その隣にはペコリと頭を下げる、あの狐の奥さんの弟、玉葉君がいたのだ。
なんだこれ、なんだこれ! 可愛いの大集合じゃないか!!(探偵先生は除く)
マルちゃんとシロくんは、お揃いの七五三で着るような綺麗な晴れ着を着て猫耳が可愛いし、玉葉君は普通の男子高校生のような格好をしているけれど狐耳とふさふさした尻尾がどこからか出てるし、もう、なんなの! なんでこんなに可愛いの! これは私に対するお年玉なの?!
「こんにちは、神凪さん。明けましておめでとうございます」
「あ、ああ、明けましておめでとうございます。玉葉君は、あのあと変わりはない?」
「はい。とても楽しく過ごせてます。だから、挨拶とお礼にと思って」
にっこり笑う内気な狐耳の玉葉君は、確かにあの狐の奥さんが溺愛するのもわかろうかというものだった。と、そんな玉葉君の横からにゅっと小さな両手が差し出された。
「マル知ってるにゃ! 明けましておめでとーの後には、オトシダマってモノが貰えるにゃ! かんにゃぎさん、明けましておめでとーにゃ!」
「マル、不躾にゃ!」
玉葉君に気をとられていたが、マルちゃんとシロくんも本当に可愛らしい。自分が可愛らしいものが好きだとは思っていたが、ここまで胸がきゅんきゅんするとは……恐ろしい子!
「うちには妖怪にあげるお年玉なんてないよ。かおちゃん、明けましておめでとう。今年もよろしくね」
そんな猫又兄妹を押しのけて、みつが来た。おっと、確かに挨拶するのを忘れていた。電話口ではしたが、ちゃんとしないとね。
「不破先生。明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします」
「こちらこそ」
みつと互いにペコリと頭を下げる。
よし、挨拶終わり。
「マルちゃん、シロくん! 良いものがあるの! ちょっと待っててね」
揃ってきょとんとするマルちゃんとシロくんをよそ目に、急いで給湯室に向かう。確か、棚の置くに入れておいたのがあったはず……。
「あった! モ○プチ!」
そう、猫用缶詰の高級路線をひた走る、モ○プチ様だ! いつかもし来てくれた時の為にと買っておいてよかった。
意気揚々と給湯室から出ると、マルちゃんが眼をキラキラさせて待っていた。猫目なので、瞳孔が細いがキラキラしているのがわかる、期待具合だ。……猫用缶詰って、人の形の時は食べられるのかしら。そんな事を考えながらも、缶詰を二人に差し出す。
「はい、シロくん、マルちゃん。明けましておめでとう。これ、良かったら食べてみて」
マルちゃんは缶詰に鼻を近づけてスンスンしていたが、わからないようで首を傾げ、ついで兄を見た。
「あにうえ、これは、たまにシオリさんがくれるのとは違うにゃ?」
「多分、違うにゃ。えっと、確かこうやってあけてたようにゃ……」
シロくんが、綺麗な白の晴れ着のまま缶詰の爪の部分に手をかけた。いけない、缶詰って確か勢いよくあけると汁が飛び散るよね。私は慌ててシロくんを止めた。
「あ、待って待って。その着物が汚れちゃうわ。これはね、こういう猫用の缶詰なんだけど」
私は、シロくんから缶詰を預かって、パキッと開いてみせた。瞬間、二人の猫耳がピクッとした。鼻もスンスンしている。マルちゃんが私の手に飛びついてきて、あやうく缶詰をぶちまけるところだった。危ない危ない。
「かんにゃぎさん、それ何にゃ! 良い匂いにゃ! これ、これも開けてにゃ!」
「はいはい、良いわよ」
あけた缶詰をシロくんに返し、マルちゃんの缶詰をパキッとあけた、瞬間思った。あれ、今開けたけど、どうしよう。猫の姿になったら、晴れ着ってどうなるんだろう。
あけた缶詰をマルちゃんに渡したら、すぐにでも食べはじめそうな勢いなんだけど、どうしたら良いんだろうか。
助けを求めるように、自分の机に戻ってこの事態を苦笑しながら眺めていたみつを見た。目が合ったみつは、私の問題に気づいたのか、面白そうにくすっと笑った。笑うんじゃあ、ない。割と、困ってるのに。
「かおちゃん、もしかしたらその猫又達の着物を心配してるのかもしれないけど、それは毛皮みたいなものだから汚れても大丈夫だと思うよ。それでも、まあ、心配っていうなら、スプーンでも貸してあげたら良いんじゃないの?」
そうか、その手があった。私はマルちゃんの缶詰を持ったまま、給湯室に戻った。シロくんは良い子で待ってるみたいなので、心配なさそうだ。涎が、ちょっと可哀想になったから、急ごう。ああ、あと探偵先生の名誉の為に言っておくが、みつには給湯室に入るなと言ってあるので、スプーンがある事は知っているがどこにあるかまでは知らないのだ。……以前、みつだけが給湯室を使っていたころのあの散乱っぷりには目を疑った。
さすがに、猫用の缶詰に使ったスプーンを人様には出せないので、以前とってあった使い捨てのスプーンを探し出せた。何でもとっておくものだなあ(紙袋は除く)
スプーンを探しだし、給湯室を出ると、マルちゃんがまだかにゃ! と言って飛びついてきた。ああもう、いちいちアホの子で可愛いなあ、このこ。
「はい、お待たせマルちゃん。これで食べてみて」
そう言って、マルちゃんにスプーンとフタを外した缶詰を渡し、シロくんにも缶詰のフタを外してやりスプーンを渡した。
二人をソファーに座らせる。二人は少し考えていたようだが、シロくんはスプーンの使い方がわかったようで、中身のかたまりを掬うようにして食べ始めた。マルちゃんも、それを見ながら見よう見まねで食べ始める。ああ、可愛いなあ。十歳にしては行儀が悪いが、四、五才の兄妹だと思えば見ていてほのぼのするような光景だった。
二人はよっぽど美味しかったのか、夢中で食べていた。
と、ふと私の横で微笑ましそうに正面の猫又の兄妹を見ている玉葉君に、何もあげてない事に気づいた。
「玉葉君、何か欲しいものはない? お金は使わないわよねえ」
「えっ、い、良いよ、ぼくは別に。姉さんに、こうやって会える日々があるだけで」
にっこりと微笑む玉葉君は、天使か何かに見えた。ああ、なんという姉思い、シスコンっぷりなんだろう。ううん、でも何かあげたい。
「そうは言っても、私も何かあげたいし……あげたい。玉葉君、油揚げって、好き?」
自分でも変な駄洒落で思いついてしまったな、と思ったが、お稲荷様って油揚げ好きっていうよね?
玉葉君の耳が、ピクッと動いた。耳はどうやら顔より先に感情が出るらしい。もじもじしているが、悪い反応ではないので、嫌いではなさそうだ。玉葉君は稲荷ではなく眷属らしいけど、その辺の事はよくわからない。今は、油揚げが好きそうというのがわかっただけで良い。
「あのね、私の知ってるお豆腐屋さんに、美味しい油揚げがるの。ちょっと遠い所にあるし、今はお正月休みだから買えないんだけど、今度一緒に買いに行きましょう。それがお年玉で良いかしら?」
「い、良いの? ぼくニンゲンじゃないんだけど、貰っても」
「もちろんよ。約束ね」
私がそう言うと、玉葉君は嬉しそうに笑った。
「さて、それじゃあ、そろそろぼくは帰りますね。姉さんが心配するから」
みんなでお喋りしていたら、もう夕方になっていたようだ。
玉葉君が時計を見て立ち上がった。あの奥さんは時計の読み方を教えたらしい。どんだけ心配性なんだ。
シスコンらしい言葉を残して、玉葉君が帰っていった。
玉葉君が帰ったのを見て、シロくんもハッとしたようだった。
「いけない、シオリさん達が帰ってくるにゃ。マルも、父上のところに戻らないと」
「えー、マルはもっと遊ぶにゃー、帰りたくないにゃー」
「そんな事言わないにゃ。それじゃあ、不破センセー、かんにゃぎさん、今日はありがとうにゃ」
「また来るにゃー!」
シロくんがマルちゃんをひっぱるようにして、扉に向かって歩いて行った。みつは手をゆるく振った。私は、名残惜しさに、扉を開けてあげようという名目で、ちょっとだけついていった。
「また、遊びに来てね。待ってるわ」
「また来るにゃ! あれまた食べさせてにゃ!」
「マル、失礼にゃ! ……あ、そうだ。忘れてたにゃ」
カラン コロン
鐘を鳴らしたとき、ふっと思い出したようにシロくんが私を見上げた。
「せのおが、かんにゃぎさんにもよろしくって言ってたにゃ。あと、これ渡すの忘れてたにゃ」
そう言って、シロくんが袖の袂から取出したのは、時代劇で出てきそうな薬の包み紙だった。丸い粒が一つ入っているように見えた。
「せのおが、もしもの時はこれをどうぞ、お礼です、って言ってたにゃ」
「? そうなの? ありがとう。瀬尾さんは元気?」
「いつも通りにゃ。今は、龍神様の所に挨拶に行ってるから、今日一緒にはこれなかったにゃ。また顔見せてあげると、喜ぶと思うにゃ。それじゃあ、かんにゃぎさん、さようならにゃ」
「さようにゃらー」
シロくんとマルちゃんは、手を振って出て行った。ああ、せめて猫の姿の時も見たかったなあ。なんて、名残惜しく感じながら扉を閉める。
先ほどまでの喧騒はどこへやら。探偵先生と二人、静かになった事務所のソファーに座る。
「よーやく帰ったねー。あー落ち着くー」
みつが、わざとらしく大きな伸びをする。そんな事を言いながらも、楽しそうだったように見えたが。
「そうだ、みつ。これシロくんが瀬尾さんから私にって預かったって。何かしら」
先程の薬の包みを、みつに渡す。みつは目を細めてその包みの中身を見ていたようだが、首を傾げた。
「なんだろう。見た事も匂った事もないものだなあ。まあ、お礼にってくれるんだから悪いものじゃないと思うけど、人のモノでもないね。いつか瀬尾に聞きにいくよ。それまでは使わないようにしてね」
みつがそう言うなら、使わずに大切に取っておこう。
「それはそうと、今日電話したのって、あの子達が来たから?」
「そうだよー。懐かれたねえ、かおちゃん。私だけじゃ不満だから、かおちゃんを呼べってきかなくてねえー。迷惑じゃなかった?」
「ぜんぜん! こんなに楽しいお正月を過ごしたのは、とっても久しぶりよ」
私の心からの感想に、みつは微妙な顔をした。失礼な。が、すぐににこっと笑った。
「そっか、かおちゃんが楽しかったなら、それは良かった。また来年も、あいつら来るって言ってたから、また来てくれる?」
正月そうそう来年の話しをするなんて、鬼が爆笑するのではないだろうか。
でも、まあ、そうね、
「もちろんよ。今度はちゃんと、お年玉用意しておくわ」
みつは、かおちゃんらしい、と言って楽しそうに笑った。
みつと出会ってから、不思議なものたちと縁が出来た。それは怖い事だけじゃなく、今日のように楽しい事嬉しい事にも繋がっていて、あんまり嫌じゃないのだ。
だから、今年も、来年も、その先も、此処に居ようと思える、のだと思う。
「これからも、宜しくお願いします、不破みつ先生」
私の突然の言葉に驚いたようだったが、みつは本当に嬉しそうに、
「こちらこそ宜しくね、かおちゃん」
そう言って、笑った。
はっぴーにゅーいやー(おわり)
マル「尻尾が三本あるにゃ!すごいにゃ!」
玉葉「きみたちは猫又だね」
シロ「そうにゃ。だから尻尾は二本だけにゃ、すごいにゃ!」
玉葉「そ、そうかな…」
っていうアホの子なやり取りばっかり浮かぶわたしですが、今年もなにとぞ宜しくお願いいたしますw




