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不思議な事調べます-不破探偵事務所-  作者: 灯流
廻り輪(めぐりわ)
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彼女の想いと彼女の決着

「瀬尾、さん」

「あなたの呪いがったところで、あなたは救われませんよ」


 瀬尾が、頬をひっぱたかれて呆然とした様子のやえかに、静かに言った。……私は邪魔だろうか。すっと後ろに下がり、成り行きを見守る事にした。二人の邪魔をしてはいけない気がして。

 瀬尾は、膝をついてやえかと目線を合わせていたが、腰をすえるように正座をした。やえかは、呆然と瀬尾を見ていた。


「だから嫌なのです、丑の呪法は。そんな事をしても、そんないのりいを成就させたとしても、誰も、何も救われない。自分の心すら救われない。でも、ソレをしている間は、裏切り行為に報いている気になる。自分の味わった苦しみを、同じように味あわせてやる、もっと苦しめてやると、もうそれしか考えられなくなる。そして、成就した暁にはこの心は救われるのだと、信じて疑えない」


 瀬尾が、静かに語る言葉は、過去の瀬尾の感じた事なのだろうか。瀬尾も、かつてはこんな風に、救われない思いを抱いていたのだろうか。それは、とても哀しい事のように思えた。


「恐ろしく、浅はかな、呪い。女が死んでも、男が死んでも、自分には何も残らない。ただただ心に空いたおそろしく大きな穴に、絶望だけが満たされ……ここにはもう、絶望しかないと気づいたとき」


 瀬尾は胸に両手をおき、瞳を伏せ、


「鬼に、なる」


 そう、苦しげに呟いた。


「あ、あなたは、いったい……なぜその事を」


 やえかが、驚愕の瞳で瀬尾を見ていた。まるで、なぜ自分の考えが見透かされたのか、というように。

 そんなやえかの表情を見て、また瀬尾が憂うような瞳をした。


「わたくしも、かつてはあなたと同じ、嫉妬と復讐に狂った愚かで浅はかな女。わたくしは、罪を成し鬼に成ってしまいましたが、あなたはどうやら、失敗したようですね。だから、今まで鬼に成らなかった。今、あなたの額に生えようとしているモノは、絶望ではなく、後悔。怯えと恐ろしさゆえに、自ら生やそうとしている、モノ。人に戻りなさい。浅ましいこの姿を見れば、こうは成りたくないと思いましょう」


 瀬尾はそう言うと、スッと立ち上がった。床に座り、瀬尾を見上げているからか、まだ普通の瀬尾なのに、とても怖いもののように見えた。


「丑よりも、もっとおぞましい呪法ほうほうで、わたくしは鬼に成りました」


 瀬尾がそう自嘲するように言うと、私達を見下ろしている瞳が、また鬼を灯し赤くなっていた。あの橋以外ではなれないのではなかったのか。

 だがそれよりも、今の瀬尾は、とても哀しい人のようにうつった。恐ろしい赤い瞳も、泣いているようにしか見えなかった。

 瀬尾の過去に、何があったか知らないし、多分、気持ちはわからない。でも、今の独白を聞いていると、この人は、哀しい嫉妬に身を焦がし、どうしようもなくなって忌わしい姿になってしまったのだろうと、想像できた。おそろしい瞳をしている瀬尾は、それでもやっぱり美しく見えた。哀しい顔をした、美しい人。


「浅ましくおぞましい、このような姿になりたくなければ、心の底から許しを請いなさい。呪った者が死んでいないのなら、それで十分でしょう。人に、戻りなさい」


 そういうと、瀬尾の瞳は黒に戻った。深い海の底のような、深い黒。あの漆黒は、いくつの絶望と希望を見た果てなのだろう。


「……で、あなたはどうするの。このセンパイの言葉を聞いて」


 今まで黙って聞いていたみつが、いまだに右手をやえかの額に当てながら聞いた。

 やえかは、泣いていた。

 先ほどまでの取り乱したような涙ではない。

 ただただ、瞳からこぼれ落ちる、静かな涙だった。


「わた、わたし、間に合うかしら、まだ、まだ、許して、もらえる、かしら」

「あなたに、後悔し謝る心があれば、きっと。相手のしたことは許せないことでしょう、ですが、今のあなたなら、命を奪う事が復讐にはならないとわかっているはずです」


 瀬尾の声は、優しく、どこまでも静かにやえかに染み渡っているようだった。涙が、溢れて止まらないらしいやえかに、ハンカチを貸す。--あ、指輪包んだハンカチっだった。大丈夫かな、と見ていたがなにも起こらない。良かった。やえかは頷きながら、静かに泣いていた。

 いつの間にか、みつがやえかの額から手を離していた。ぐしゃぐしゃになった前髪に隠れて、火傷の痕のようなものが小さく二つ見えた。





「それで、聞きたい事があるんだけど、なんで、あんな特殊な方法をとったの? 誰かに教わったんだよね?」


 みつが、やえかが落ち着いたのを見計らって、声をかけた。良かった、みつがまだ気配りができて。


「特殊? 特殊だったの? 私は、ただ、あの人の言うとおりにしただけで……」


 みつの言葉に、やえかが首を傾げた。その言葉に、怪訝そうに眉を寄せるみつ。


「あの人、ってだあれ?」

「知らない、人。大学で、そういう呪いに詳しい人がいるって、紹介してもらって」


 やえかの言葉に、みつが呆れたように、はぁ? と声をあげた。呆れているようだ。

 というか、大学生だったのか、やえか。私より年上かと思ってた。やつれて精気の無い顔は、それだけ老けて見えていたようだ。


「知らない人の言葉を鵜呑みにして、呪いをかけたのぉ?」

「だ、だって、専門家だって言うから…」

「……まあ、いいや。それで、これに見覚えない?」


 みつが、瀬尾に目配せした。いつもの瀬尾に戻っていた瀬尾は、承知したようにポケットからあの指輪を出した。指環は、何故か朝より脆そうに見えた。もう、あの指環を見ても、何も感じない。

 やえかは、瀬尾の手の上にある指環を、怪訝そうに見ていた。が、ハッとしたような顔になった


「あっ。そ、それを、なんで」

「これが、めぐりめぐって、私達の所にきたの。呪いのアイテムなんでしょ、これ。すっごい迷惑してたんだけど」


 みつの言葉に、やえかの眉が下がりまた泣きそうに顔が歪んだ。が、今度は泣かなかった。


「それ、は、あの、五寸釘の……呪いに使った五寸釘を、指環にしたものだって。私の憎悪がこもっているから、これをはめれば、あの人達が確実に死ぬからって」

「下衆が」


 みつが呟いた言葉は、やえかに向けられたものではない事は明らかだったが、やえかは俯いていた。


「これ、あんたが加工したの?」

「い、いいえ。私は、五寸釘を渡しただけで……そのあと、指環がどうなったのか、知らなかった。知るのが、怖かった」

「ふぅん」


 やえかの言葉に、みつはとたんに興味が失せたようだった。瀬尾の手の上から指環をつまみあげると、やえかの目の前にかざした。


「ねえ。もう相手の男に死ね、なんて思ってないんでしょう。だったら、この指環壊してみせて」


 みつの言葉に、意味がわからないという風にやえかは首を傾げた。そんなやえかの手を取り、手の平を開かせて、その上に指環を乗せた。


「もう、こんな馬鹿な事はしない、ごめんなさい、って心の底から思うなら、この指環、あなたが壊せると思うんだ。やってみせてヨ」


 やえかは、一瞬ためらったようだったが、みつの言葉に頷くと、ゆっくりと指環のあるほうの手を握った。


 ギュッと目を閉じ、手を握り締め……



 開いた。


 驚いた事に、手の平にあった筈の指環は、塵のように消えて無くなってしまった。


 そう、無くなったのだ。

 この二日私とみつを煩わせ、一週間瀬尾の仲間をおかしくし、シロ君の飼い主が苦しめられ、その前もどんな災禍を振りまいてきたかわからない、あの呪いの指環が、今、消えたのだ。


「あ…」


 その呪いの指環のもととなったやえかも、指環が消えた事で、何だか初めて見た時より、明らかに顔に血色が戻り、明るくなっていた。陰鬱とした部屋の雰囲気も、無くなっている。


 もう、いいだろうか。


 私は立ち上がり、窓に近寄ると、思いっきりカーテンを開けた。

 シャッという小気味良い音を立てカーテンが開くと、まぶしいぐらいの太陽光が、部屋に差し込んできた。もともと、日当たりの良い部屋だったらしい。

 部屋の中の暗い空気を、太陽の光が完全に消し去ってくれたようだった。



いつでも微笑んでいた彼女の独白は彼女に届いたようで。

ソレを構成していたモノが憎しみなら、想いを失ったモノは無に帰るのかもしれない

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