泣き女(め)
みつが立ち止まった場所は、普通の二階建ての民家だった。畑に囲まれている、のどかな民家。瀬尾の橋からだと、方角は違うがシロ君の家より近く感じた。
ここに、こんな普通のところに、あの場所で恐ろしい呪いを遂げようとした人がいるのか。
なんだか、似つかわしくないような不自然さに思えた。それはともすると、人の心の複雑さなのかもしれない。
平日の昼前だという事もあり、民家に人気は無かった。ガレージはあるが、車が無い事からもこの家に住人はいなさそうだ。
「みつ、ここなの?」
「うん、ここにあるはず。ここにあるって事は、ここに張本人がいるって事だよ」
みつの目が、二階の窓に向いていた。つられてほぼ同時に瀬尾と二階を見ると、分厚いカーテンがかかっているようだが、隙間があった。そこをじっと見ていると、ふと、何かと目が合った気がした。それは一瞬だったが、ぞくっとした悪寒が背中を走る。とっさにみつの腕を掴んだ。
「み、みつ」
「いる、みたいだね。まだ人だと思うし、会いに行ってみよう」
みつは優しく私の腕を外すと、またためらいなくインターホンを鳴らした。この人、なんでこんなにためらいなくインターホンを鳴らせるんだ。心臓が違うのかしら。
インターホンが軽快に鳴り響くが、中で何かが動く気配はしない。もう一度、みつが鳴らすが、しばらく待っても出ない。
みつは、困ったようにドアを見ていた。さすがに、人や民家相手に無茶をするのは躊躇われるらしい。良かった、そのへんの理性はあって。
と、二階の窓をジッと見ていた瀬尾の、ハッと息をのむ音が聞こえた。
「不破様、いけませんっ。始まりそうです」
「えっ、うそ?! 急がなきゃ」
瀬尾の緊迫した声に、みつが焦ったように扉の取っ手に手をかけた。みつが取っ手に向かって、なにやらぼぞぼぞ呟くと、なんと、鍵穴からガチャガチャと音がし、しまいにはガチャリと、鍵の開いた音がした。みつが使う呪ってものは、魔法かなにかなの?
みつは鍵が開いた音を確認すると、バッと扉を開け、玄関んで靴を乱暴に脱ぎ捨て、目の前に見える階段を駆け上がった。
私も急いで続こうとするが、歩きやすくと思って履いてきた靴が裏目になり靴紐が引っかかってしまって、モタモタと脱ぐ羽目になった。そんな私の横を、瀬尾がスッと通り過ぎた。重さを感じさせない移動に、今は羨ましささえ覚えた。
「ああぁぁぁぁああああ!」
私がようやく両足の靴を脱ぎ、階段を息をきらせて駆け上がった頃には、何かが、終わっていた。
「全くもう、焦らせないでよ」
二階の窓に通じているであろう部屋の扉は大きく開かれ、みつが、肩で息をしながら、女性の額を右手でわし掴んでいるのが見えた。瀬尾はその様子を驚いたように見つめている。
みつに額というか前頭部を掴まれた女性は、部屋の中心で床にへたりこんで俯いていたが、泣いているようだった。
「なんで、なんで、こうなっちゃうの……なんで」
か細い声で、泣きながらそう呟き続けている。息を整えて、みつの側に寄った。
「みつ、大丈夫? その人も……」
「うん、まあ、大丈夫、だと思う」
みつはそう言うが、女性の額から手を離さない。女性は泣きながらうわごとのような事を呟き続けている。
ようやく、あたりを見回す余裕が出てきた。
……薄暗い。
当然か、窓からの太陽光を分厚い遮光カーテンでさえぎっているのだから。先ほどの視線は、彼女で間違いなさそうだ。先ほどは怖かったが、今泣いている女性を見ていると、恐ろしいとは思えなかった。
そして、今いる部屋だがそこまで広くない、が、ごみが目立つ。何かのドキュメントで見た、引きこもりの人の部屋に近いイメージをうけた。外に出たくない理由が、あったのか。それ以外は、特に変なものも見当たらないように思えた。
ここが、本当に、丑の刻参りをした人の部屋なのだろうか。陰鬱とした雰囲気はあるが、薄暗いし普通の範囲に収まっていると思う。呪いの仕方の本があったり、実際に藁人形があったりもしない。
この雰囲気を変えるには、カーテンを開けた方が手っ取り早い気がするのだが、それをして彼女を刺激してもいけないような気がして、手を出せないでした。
みつを見る。
多分、みつは言葉通り手を離せないのだろう。当の彼女は、良く見ると痩せこけており、肩もガリガリだった。大丈夫なのだろうか。
瀬尾を見る。
瀬尾は、ただただ憂うような瞳で、女性を見下ろしていた。悲しいのだろうか、辛いのだろうか。私には、わからなかった。
だんだん、女性の泣き声が収まってくる。落ち着いて、きたのかな。みつが、額に手を当てたまま口を開いた。
「ねえ、あなた、何で丑の刻参りしたの」
いきなり核心に迫る質問に、女性がビクッと震えてみつを見た。そして、初めて私達に気づいたように、怯えた目をした。失礼な、私は少なくとも人畜無害な外見をしているというのに。……目つきがキツイと言われたことはあるけど、そこまでじゃ、ない、はず。
「あ、あなたたち、は、いったい……」
「あなたが軽はずみにやった呪いのせいで、今迷惑してる者だけど。一応探偵。名前は不破。そして、今あんたが人じゃないものになろうとしてるのを防いでるのも、私」
みつが、たれ目を少し細め、眉をしかめて女性を見ている。これは、怒っているのだろうか。
「あ、あ、あれ、あれは、でも、失敗だっただって、病院にいるって、あの人が言って」
「失敗? じゃあ、なんであんたは生成りしようとしてるの」
「なま、なり?」
「鬼に、嫉妬と復讐の化け物になる途中の、女の事だよ」
みつが、はき捨てるように言った。その言葉に、一番痛みを感じたのは、何故か瀬尾のようだった。美しいひとの眉間が寄り、唇をきゅっと結んで目を閉じていた。なぜ、そんな泣きそうな顔をしているのだろう。
みつは怒っている時、人当たりがキツイ。泣いている女性には、さすがに酷な気がして、私が口を開いた。
「ねえ、あなた。お名前は?」
なるべく目線をあわせ、優しく聞く。刺激しないように、怯えさせないように。
女性は、私の質問にビクッとしたあと、それでも私と目を合わせ、口を恐る恐る開いた。
「あ、あ、わたし、は、やえか…」
「やえか、さん。なんで、丑の刻参りなんてしようと思ったの?」
私の言葉に、やえかと名乗る女性は、口をわななかせた。それは、怒りのようだった。
「わた、わたしの、私の大事な彼が、あの女、親友だと思ってたのに、二人、二人して私を笑って、笑いものにしてっ、だから、だから!」
そこで、また泣き出した。みつがぎょっとしたようにその様子を見ていたが、何も起こらなかった。少し落ち着くのを待って、また聞いてみる。
「あなたの彼氏を、親友だと思っていた女性が、奪ったのね」
「そう。そうなの、だから、だから、あいつら死ねばいいと思って、そしたらあの人が、良い方法があるって」
「あの人?」
「知らない、人。でも、呪いのやり方を、教えてくれた。だから、やった」
俯いたやえかは、また、泣きそうだった。
「でも、あんなに頑張ったのに、ちゃんと、髪も手にいれて、人に見られないようにあの神社に行って、ちゃんと、ちゃんとやったのに!ちゃんと呪ったのに!」
と、横にいた瀬尾がスッとかがんで、やえかの頬に手をあてた、と思った次の瞬間、
パシィン
軽快な音がして、みな、一瞬何が起こったかわからなかった。
やえか、の漢字は考えてませんw私にはキラキラ成分が足りないようで…




