痕追(あとお)い
明らかに整地されている小道をたどって、車が走る普通の道路に戻ってきた。
振り返ると、やっぱり森のように木がおい茂っている神聖な場所に思えた。でも、神聖に思わなかったら、人目が無い絶好の場所、と思ってしまうのだろうか。それは、なんだか哀しいことに思えた。
しばらく、車が通りすぎる車道の脇を二人で歩いて行く。
「かおちゃん、本当に気分は大丈夫?」
神社から結構離れたというのに、みつが心配そうに聞いてくる。
「もう大丈夫よ。平気」
このやりとり、さっきから三回ぐらい繰り返している気がする。私、そんなやわに見えるのかな。
「それより、みつは何か手がかり見つかったんでしょう? これからどうするの」
私の言葉に、心配そうにしていたみつが、今度は思案げにあごに人差し指をあてた。
「うーん、どうも瀬尾が居たほうがべん……良さそうなんだよねぇ。瀬尾に明日は同行してほしいし、それを言いに橋に戻ろうと思う。それで今日はおしまいかなー」
今、便利、って言いかけなかったか? いいのだろうか、そんなに連れまわしたりして、あまつさえ利用するような事をして。まあ、みつにはみつの思惑があるんだろう。
「明日、瀬尾さんと一緒に行動するの?」
「うん。うまくいけば、明日ケリがつくと思う。でも……あの車、なんか引っかかるんだよねぇ」
みつにしては自信なさげに言った。まあでも、明日には決着がつく、かもしれないというのは有難い。あの気味悪い指輪を、そう毎朝毎朝見たくないし。
そんなこんなで、私達はまた瀬尾の居る橋に戻ってきた。みつは今度は橋のうえで、瀬尾ー、と軽くよんだ。すると、どこからかやっぱり気配を消して瀬尾が現れた。もう、だいぶ慣れてきたと、思う。
「不破様。何かわかりましたでしょうか」
「まあ、多少はね。それで、瀬尾にも明日は一緒に来て欲しいんだけど」
「お安い御用です。わたくしは此処でお待ちしていれば良いのでしょうか? それとも、不破様の所まで赴きましょうか」
「いや、此処で待っていてくれれば良いよ。多分、此処からそんなに遠くない、と思う」
「かしこまりました。それでは此処でお待ちしております」
「うん。じゃあ、明日よろしく」
それで、話しは終わったらしい。みつは、くるりと踵を返して歩き出した。相変わらず、雑な対応だ。鬼と、大物と知ったのにその態度は、むしろ凄いと思う。依頼人に対する態度としては失格だが。とりあえず、私も軽く頭を下げて、みつの後を追った。
ちらりと振り返ると、頭を下げたままの瀬尾が見えた。やっぱり、姫力高い。
事務所に戻った頃には、既に日が落ち、電気をつけなければ暗いほどだった。
事務所の電気を付け、ソファーに座る。結構歩いたので、思ったより疲れていたらしい。
みつは、あれだけ歩いたというのに、疲れたそぶりも見せず自分の机に戻り、ポケットからなにやら取り出すと机において、ガサゴソと近くをあさっていた。
「あった!」
と言って出したのは、お正月に神社で買うような、白い矢羽根がついた矢だった。破魔矢、だったっけ。そんなもの、どこに収納していたのだろうか。
事務所の掃除は私が軽くしているが、みつの机の周りと、本棚、色々意味のわからない物が置かれているエリアは、下手に触ると危なそうだから、めったに近づかない。もしかしたら、もっと変なものが置いてあるのかもしれない。
ちなみに、この間海でかっぱらってきた(といわれても仕方が無い)レプリカのあの宝珠は、宝石などを置くようなビロードの小さな台座の上に鎮座させ、掃除しやすい場所に置いている。やっぱり、もともとは祭られていたのだし、多少は敬わないとね。
みつはソファーで休憩している私を余所に、なにやら口のなかでぶつぶつ唱え、破魔矢を指でなぞっていた。
最後にふっと息を吹きかけると、その破魔矢を持ったまま机の後ろの窓に向かい、窓を開けたかと思うと、
「返れ」
その言葉と同時に、おもいっきり手にもっていた破魔矢をぶん投げた。ひゅぅっ、と良い音とともに、白い矢羽根の破魔矢は白い線を描いて、夜の闇に消えていった。うん、消えた。弓でちゃんと射った矢ならともかく、人の力であんなにも飛ぶものなのだろうか。まるで槍投げだ。みつがあの破魔矢を窓から飛ばすのを見るのは二度目だが、相変わらず良く飛ぶ。そしてそれが、みつが見つけたい者のもとに行くのも、私は知っていた。
「これでよし、と。明日は瀬尾と合流してからアレを追おうかな。かおちゃん、今日はお疲れ様」
みつが、窓を閉めて私の方を振り返った。今日は、これでおしまいか。でも、あの指輪は明日の朝も私の家にあるのだろうと思うと、気が滅入った。
「みつ、あの指輪は……」
「うん、明日の朝もかおちゃんの家にあると思う。今日と同じように、なるべく見ないようにして、持ってきてね。大丈夫、明日、けりをつけるよ」
みつの言葉を信じて、大人しく家に帰った。
次の日。
なるべく意識しないように支度を済ませ、玄関に向かう。玄関の靴箱の上には、昨日とおなじく、あの指輪がちょこんと乗っていた。パッと目を逸らし、またハンカチに素早く包んでポケットにしまう。面倒な事になるのはごめんだ。
昨日と同じく、早足で事務所に向かう。昨日と違うのは、今日で解決できるかもしれないという希望がある事。
昨日と同じぐらいの時間に、事務所についた。いつもよりも早い時間。扉の鍵は……開いてる。
ガチャリと、今度はいつものように扉を開けると、中には、
「あ、おはよう、かおちゃん」
ひらひらとゆる~く手を振るみつがいた。昨日と同じように、待っていてくれたのだろうか。
「お、おはよう、ございます。あの、これ」
鞄を置き、昨日のようにハンカチに包んだソレをポケットから出した。みつがそれを受け取り、みつの小さなポーチに乱暴に入れた。指輪が自分から離れたことに、ほっとした。
「かおちゃん、身体に何か変な感じはしない? 疲れたとか、悪夢見たとか」
みつが少し心配そうに聞いてきた。が、全くそんな感じはしなかった。夢だって見てないし。いつも通りだ。そう言うと、
「良かった。指輪に負けてない証拠だよ、さすがかおちゃんだね」
と、にこっと笑ってよくわからない褒め方をされた。褒められたのだろうか微妙だけれど。
「さて。かおちゃんも来たし、痕を追おうか。特殊な痕跡だったから、間違いないと思う」
みつが、椅子から立ち上がった。朝からこんなに完全覚醒したみつを二日連続で見るなんて思ってもみなかった。うんうん、良い傾向だ。
みつは扉の前で、私を待っているようだった。私も、急いで扉の方へ向かった。
昨日と同じ道のりで、もう見慣れてしまった瀬尾の橋に来た。
みつが軽く呼ぶと、スッと瀬尾が出てきた。今回は、あんまりびっくりしなかった。良かった。
私達の目の前で、丁寧にお辞儀をする瀬尾。うーん、一日経っても姫力あいかわらず高い。
「お待ちしておりました」
みつは昨日と同じように、当たり前のように瀬尾にあの指環を渡し、瀬尾も当たり前のように指環を受け取り自身のポケットに入れた。あとまた綺麗にハンカチをたたんで返してくれた。もう一生このひとの女子力に勝てる事はないだろう。なんたって姫力だし。と、また思考で遊んでいると、みつが瀬尾に声をかけていた。
「それじゃあ、行こうか。ここから多分、そんなに離れていないと思うんだ。瀬尾は、橋や河から離れても移動できるんだよね」
みつが聞くと、瀬尾はちょっと困ったような顔をしたが、頷いた。
「人に見える状態でしたら、力は使えませんし限度はありますが移動できます。ですがもし、橋姫の力がご入用でしたら、此処でないとお役に立てません。そういう約束になっております、申し訳ありません」
「ああ、それは……大丈夫だと、思う。相手の出方しだいだけど。竜神の眷属してるあんたに、鬼に戻れなんてそうそう言えないよ。あくまで保険、だから。気づいた事あったら教えてくれるぐらいで良いし」
瀬尾の言葉に、みつが肩を竦めながら言った。そんなみつを見て瀬尾は、お優しい、とつぶやいて微笑んだ。私には、みつの言葉のどれが優しかったか、全くもってわからなかった。
そんなこんなで、瀬尾を連れて行く事になった。
先導はみつだ。みつは、私が出勤する前に、ここからの大体の方向のあてをつけていたらしく、迷いなく歩いていた。
しかし、なんで飛んで行った物の場所がわかるのだろう。……あの時は、色々話半分にしか聞いていなかったし、信じてなかった。でも今なら、理解はできなくても、信用はできる。私も成長したものだ。いや毒されてきたの間違いか?まあ、いいや。
みつは、手のひらの上に小さな木の板をのせ、コンパスみたいにそれで行く方向を探しているようだった。実際、何角形というのかわからない角を持った円に近いその板の中心は小さなドーム状の中に磁石が釣るされていて、それの動きでたどっているように見えた。きっと、説明を聞いてもわからないだろうから、黙って後ろについて歩いていた。すると、瀬尾と並んで歩く事になる。瀬尾は、横からみても美人だった。すっと通った鼻筋、白い頬、適度にふっくらした唇、はっきりした瞳。私がじぃっと見ていた事に気づいたのだろう、瀬尾が微笑みながら話しかけてきた。
「助手様。わたくしの顔に何かついておりますでしょうか」
「あっ、いえ! 何も。ただ、綺麗だなと」
しまった。不躾に見ていた事を謝りもせず、恥ずかしい事を言ってしまった。すぐ、ごめんなさいと謝ると、瀬尾は笑って許してくれた。
「謝る事などございませんよ、助手様。容姿の醜美などとるに足らぬことです」
うーん、その真理は美人だからこそ言えるのではないだろうか、などとは言葉に出来ず、笑ってごまかしてみた。しかし、このままでは何だか気まずい。話題を変えるために、ふと思ったことを聞いてみることにした。
「あの、瀬尾さんは、あの指輪を持っていて大丈夫だったんですか?」
ふと沸いた疑問を口にすると、瀬尾は驚いたような顔をしたあと、微笑んだ。
「お気遣い、ありがとうございます。わたくしとあの指輪は似たようなものですから、むざむざ負けたりはいたしません。ただ、わたくしは大丈夫ですが、まわりのものへの影響が大きいので困っておりました」
やっぱり、あの悪意の塊のような場所と、同じような性質を持っているのだろうか、この目の前の美しいひとは。それでも、仲間を案じる姿は、優しい人のように思えた。でも、それを正しく伝える言葉が思いうかばず、そうですか、としか返せなかった。もうちょっと、何か言いようがあっただろうに。
瀬尾は、ただ微笑んでいた。
「あ、ここだ」
ふいに、みつが立ち止まった。後ろにいる私達も、慌てて立ち止まる。




