御神木
マルちゃんは、猫の姿の時人語を喋れないというのを聞いて、猫になる前に、何かあったら鳴いて知らせて欲しいと言ってあった。
マルちゃんの鳴き声に前方をみると、鳥居があった。赤い、普通の鳥居。
どうやら、ここが目的地のようだ。
「ありがとう、マルちゃん」
マルちゃんは満足そうににゃーんと鳴くと、私を見た。これで終わり? という風に首を傾げている、ように見える。ああ、可愛い。っと、見惚れていないで、みつにお伺いをたてる。
「みつ、マルちゃんはもう帰して大丈夫?」
「まあ、そうだねえ~。帰ってもらって大丈夫だと思うよ」
「わかった。ありがとう、マルちゃん。もう帰っても大丈夫だよ」
私の言葉に、一言にゃーんと鳴くと、マルちゃんはくるりと後ろを向くと、塀の上に軽く飛び乗った。くるっと一回私の方を振り返ると、それからは振り返る事なくたたたっと走り、見えなくなってしまった。ああ、ちょっと寂しい。
「ほら、行こうよかおちゃん」
探偵先生の言葉で我に返る。みつの方を振り返ると、そびえる大きな赤い鳥居。結構歩いたと思ってはいたが、もうそろそろ夕方か。赤い鳥居を夕日が柔らかい光で照らしている。
みつは、私が横に並ぶのを待って、神社に向かって歩き出した。
鳥居をくぐり、社殿に向かう。いたって普通の、見た事あるような神社だ。いやまあ、むしろ見た事ないような神社ってどんな神社だ、とは自分でも思ったが。
みつは、手水舎で手を清めると、社殿の賽銭箱のあるほうにまっすぐ向かって行った。私も慌てて手を荒い続く。何かお願い事でもするのだろうか。私の疑問に気づいたのか、みつは私の方を見てへらりと笑った。
「まずは、神様に挨拶しとこうかと思って~。お賽銭は、十円でいっかー」
そう言うと、財布から本当に十円だけ出して賽銭箱に入れた。十円でいいのだろうか。私もそれにならおうと思ったが、小銭が五円しかなかった。小銭をきりよく使いたい派なので、たまにこういう事が起こる。ま、五円でいいよね。
賽銭を入れ、横のみつを見る。みつは、前を向いて参拝していた。こういう神社の参拝方式は、二礼二拍手一礼、というのだそうだ。みつと知り合って初めて知った。とりあえず礼と拍手だけしておいたら良いよ、とみつに言われたが、みつがやっているのなら私もそうする。みつのしている事を真似したら良いのだし。
みつの言う所の挨拶、が終わると、みつはつかつかと社殿の横に回り込んだ。良いのだろうか、神社の人に言わず、勝手に横や裏にまわって。
神主さんや巫女さんなどはちょうど私達を見ていなかったらしく、誰に咎められることもなく、裏にまわれた。
社殿の裏は、ちょっとした森のようだった。手入れされているので林だとも思うのだが、木の一本一本が、太く大きく樹齢を感じさせるものだったからか、鬱蒼とした森、という印象を受けた。昔からこの場所にあるというのが伺い知れる。
みつは、何かを探すようにキョロキョロしていた。どうやら木を見ているらしい。だが、下の根や上の枝ではなく、幹のちょうど目線のあたりにある何か、を探しているようだった。
そういえば、確か先ほど丑の刻参りの話をした。五寸釘を打ち付けるのだから、確かに下すぎたり上すぎたりしたら打ちつけにくいよね。その跡を探しているのだろう。
私も、探してみようかな。
そう思って、キョロキョロする。木、一本一本が太いから森だと思ったけど、そんな広大な敷地では無いらしい。右の奥の方に少し整地されたような道が見える。太い木のせいで地面に雑草が生えず、土がむき出だが、その小道だけは平べったい石が道のように連なっていた。通用口だろうか。神社に向かっているし。と、左を向くと、ひときわ大きな樹木が見えた。注連縄がかかっている。何か特別な木なのだろうか。
「ねえ、みつ。あの木に注連縄がかかってるのって、何か意味があるのかしら」
もっと近くの木を見ていたようなみつが、私の言葉にふっと顔をあげ、その樹木を見た。
「ああ、多分、御神木なんだと思う……御神木!」
自分で言った言葉にハッとしたようで、みつは小走りにその大きな木に走りよった。何が何だかわからないが、私もそれに続く。太い根が地面の上にはりだして、走りにくい。
みつは、御神木の前につくと、幹を触り何かを探し始めた。いいのかしら。
「あった」
私達が来た方向とは真逆、裏手の方でみつの声がした。私も裏手に回ってみる。
「道具自体はさすがに処分されてるけど、呪の痕が残ってる。--ん? これ変な方法だな。あ、でもこれで追える」
御神木の幹に手をあてたまま、みつが言った。私のところからは何も見えないが、みつには何か見えているのだろうか。よく目をこらすと、無数の小さな穴が開いているのが見えた。虫でも食べたのだろうか。それにしては、数箇所に集まり過ぎているような……うっ
「み、みつ、ここが、ここが、そうなの…?」
気づいてしまった。小さな穴が無数に開いている箇所を繋いだら……人の形にみえる--。
「かおちゃんは目を逸らしてて。見ないほうがいい」
幹に手を当てたまま、みつが私を振り返り優しく言った。
その言葉通り、目をぎこちなく逸らす。何だろう。御神木やこの辺りの雰囲気はまさに神域にふさわしく、静謐で穏やかなのに、あの小さな無数の穴だけが、異様だった。人の悪意や害意があそこに集約されているのかと思うと、気持ちが悪かった。
知らず知らず、身体が震える。
怖い。
この怖さは、瀬尾の目が赤くなった時に感じた怖さと、同じもののように感じられらた。瀬尾は、こんな、悪意の塊から、鬼になったのだろうか。あんな、美しく物腰の柔らかい、ひとなのに。
「かおちゃん、大丈夫?」
調べ物が終わったのか、気持ち悪さに震えるしかない私の所に、みつが近寄って来た。ふと、気持ち悪さが軽くなる。みつを見ると、いつも通りのしまらない笑顔で私を見ていた。
こういう事が、たまにある。
理由のわからない気持ち悪さに震えていると、みつが気づいて、側に拠るとその気持ち悪さが軽くなったり楽になったりするのだ。何故だろう。以前、みつに聞いてみた事があるが、本人には全く覚がないそうだ。なんでだろうね? と逆に聞き返されて、困ったぐらいだ。
「え、ええ。大丈夫よ。調べ物は、もういいの?」
「まあ、難しそうだけど、何とかなると思うよー。じゃあ、このままあの道抜けて帰ろうか。神社に戻ったら、見咎められるかもしれないしねー」
そう言って、先ほど私もみつけた道を指差した。確かに、神社の裏手から出て来たら見咎められても仕方ない。探偵だと名乗っても、余計ややこしくなりそうだし。
しかし、そんなところから外に出て、帰り道は大丈夫なのだろうか。そう尋ねると、
「さっき、私達が来た橋があそこでしょ。とりあえず、あそこに向かって歩けば帰れると思うよ~」
そうなのか。私、実はもうすでに方向がわからなくなっている。自分でも方向音痴が入っているのがわかっているので、とりあえずみつに話をあわせ、頷いた。
釘で木が傷むそうなので、ダメ、絶対!




