道行き
今、私の目下には、一匹の茶トラ猫が尻尾をピンと立て歩いている。マルちゃんが先導してくれているのだ。
マルちゃんは生まれ付いての猫又だが、まだまだ未熟らしく、猫の姿のままでは人の言葉が喋れないらしい。かと言って、人の姿になると耳と尻尾が隠せないしで、結局猫の姿のまま先導してもらう事になったのだ。うーん、猫の後ろ姿も可愛い。尻尾を立ててご機嫌な感じも可愛い。私の横にいる、ぷーっと頬を膨らませている探偵先生は可愛くない。
「……そうだ、みつ聞きたい事が色々あるのだけど」
「なぁに?」
ちょっとまだ不機嫌さは残っていたが、問いには答えてくれそうだ。まあ、不機嫌というより拗ねてるだけだと思うけど。
「さっき瀬尾さんと話してたけど、結局どういう事なの? 困ってたよね」
「あー、うん。困ったねぇ。あの瀬尾は、面倒くさい大物だよ。自分で言ってたでしょう、橋姫だって。橋姫っていうのはね、嫉妬に狂った女が怨念の果てになる鬼の一種なんだってさ。その鬼になる方法の一つに、丑の刻参りって言われるものがあって、こう、釘で人形をカーンカーンって打ち付けるのがあるんだけど」
みつが、空中で何かを打ち付ける動作をする。それになんとなく見覚えがあった。昔みた心霊系の番組とかで見た気がする。
「ああ、なんか聞いた事ある。女の人が、深夜に憎い人の髪の毛を入れた藁人形に、五寸釘を打ち付ける、ってやつでしょう」
「五寸釘……」
「みつ?」
みつが、五寸釘、に反応した。何だろう、珍しい。
私が呼びかけると、ハッとしたように続きを話してくれた。
「ああ、うん、かおちゃんの認識でだいたい合ってるよ。細かい方法はいろいろあるらしいけど、ありすぎて知らないんだよね。でも、定番の場所があってね、神社の裏、なんだって。しかも、さっき瀬尾が使えてるって言った、神様の神社が有名なんだよ」
「そう、なの」
そんなところに行こうとしているのか。まあ、普段は普通の神社なんだろうけど。なんか、怖いな。
「もともと、執念で鬼になったモノは面倒くさいんだ~。改心したのかしらないけど、まさか主神があの竜神なんてねぇ~」
「竜の神様なの?」
「二神で、水関係全般を掌る神様なんだけど、竜の姿をしているっていわれてる」
「それは、凄い神様なのね」
「まあ、水は生きるのに絶対必要だからね~。かなりの大物だよぉ」
神様、という存在を身近に感じた事はない。
正月に初詣に行くぐらいはするが、特に御参りしたりそれで願いが叶った事もバチがあたった事も、多分無いと思う。
でも、みつと知り合って、みつを手伝うようになって、今まで知らなかったり見えなかったモノが存在している事も知った。だから、もしかしたら神様もいるのかもしれない、という認識にまではなっている。ついこの間、神話に出てくる宝物のレプリカも手に入れてしまったわけだし。でも、私のような普通の人間には関わりの無い事だと、思うのだ。
それよりも、今は現実的に気になる事があった。
「みつ。さっき、五寸釘に反応してたのは、何で?」
みつは、私の言葉に小首を傾げた。
「ねえ、かおちゃん。五寸釘って、鉄だよね? 鉄の塊のはずだよね?」
「え? ええ。その筈よ。ちゃんとした五寸釘なら、鉄の純度が高いからちょっと重いらしいわ」
私の言葉に、軽く頷くと、あごに右の人差し指をあて、何かを考えながら口を開いた。
「あの指輪、重かったんだよねえ」
ん? 指輪? あの指輪の事? なんでそこに話が飛んだんだろう。
「重い?」
「そう、女性用の細工が施された、細身の指輪にしては、ずっしりしてたんだよね、あの指輪。銀っぽかったでしょう? 純銀にしても、重かったんだよねえ」
私、実は指輪を持ったのはあの玄関で見かけた時だけなのだ。重さまでは動揺してわからなかったが、確かに銀のような色をしていた。模様もあった気がするが、今では思い出せない。
「へえ? ということは、何かに銀メッキをほどこしてるのかしらね。見かけによらず、安物だったのね、あの指輪」
「あー、メッキ。メッキかー」
メッキ、という言葉にみつが反応した。ぽんっと手を叩く。
「何を、隠してるんだろうね」
みつは、不敵にも笑っていた。この顔は、何か気づいたのだろうか。
「隠す?」
「だって、もともとの何か、を覆い隠すためにメッキってするんでしょう。卑金属なのか、見せたくない何か、なのかは知らないけれど」
皮肉っぽく笑うみつは、それでもなんだか面白そうだった。
結局、わかったようなわからないような会話で、雑談は終わった。
マルちゃんが、一声鳴いたのだ。
雑談




