ねこまた再び
「丑の呪法は面倒くさいけどわかりやすいし、それが分かれば、もう少し近づけるか。あんたの主神の神社はどこ?」
「それでしたら、助手様が猫又に好かれたようですね。きっと教えてくれますわ。わたくし、ヒトの道はわからないのです。申し訳ありません」
瀬尾はそう言って頭を下げた。こんなに優雅で低姿勢のヒトが鬼だなんて。さっきはあんなに、恐ろしさしかなかったというのに。この世はわからない事で溢れている。そんな中で渡り合っているみつは、凄いな、と思った。言わないし、だからと言って仕事しないのを甘やかしたりもしないけど。人の世界にいる時は、人の常識で動いて欲しいし。
「わかった、道は猫又にでも聞くよ。あと、車の件だけど、また別の意味で必要になったから、もし来たら意地でも追跡してくれる?」
「かしこまりました」
瀬尾がやっぱり丁寧にお辞儀をする。生まれが良いんだろうなあ。生まれがあるのかどうか知らないけれど。みつは、くるりと私の方を向いて首を傾げた。
「かおちゃん、結構歩いたけど、まだいける?」
「もちろんよ」
正直少し疲れてきたが、ダイエットだと思えばなんでもない。
みつは嬉しそうに、にへらと笑った。
「じゃあ、猫又に道案内頼まないとね~。ねぇ、かおちゃん。えーっと名前なんだっけ、あのシロの話に出てきた妹って」
「えっ、マルちゃん?」
「そうそう、それ。試しにさ、大声でその仔の名前呼んでみてくれない?」
「?」
いきなり、みつは何を言い出すのだろうか。会った事もない猫又の名前を大声で呼ぶなんて。
まあ、別に他の人もいないし、言われたとおりやってみよう。
「え、えと……マルちゃーん!」
その時、ふっとシロ君の声を思い出した。
『かんにゃぎさん。ぼくらの力が必要な時は、こう言って』
「『猫の統領と等しき命に応え、集え同胞。集え、集え、いま此処に』」
「かおちゃん…?」
いま、私、何を、言った?
「かおちゃん、その言葉、どこで覚えたの? どこで聞いたの!」
呆然とした私の肩をみつが揺さぶる。ハッとみつを見る。
「み、つ。私、いまなんて」
「かおちゃんは、猫又を、呼んだんだよ。多分、猫の正式な方法で、王の名を借りて」
「?? 猫の王さま?」
「あーもう、変な事吹き込まないように見張ってたつもりだったのに、いつの間にあのネコ!」
「なに、なんなの? どうしたの?」
私の言葉に、みつは苦虫を噛み潰したような顔をした。そんなにまずい事をしてしまったのだろうか。シロ君に悪意のようなものは微塵も感じかなったのに。というか、全くさっきの言葉を聞いた気がしないのに、記憶にあるのは、なんでだろう。不思議だ。
「多分シロは……猫又の、猫の王だ。猫に命令できる、唯一の存在だよ。かおちゃんは、それに気に入られたから、王の名を借りて命令する事が出来る、たぶん人間としては唯一の存在になったんだと、思う」
「えっ?!」
「多分、マルって猫又はここに来ると思うよ。命令に従ってね」
「それって、悪い事だった? まずい事…?」
あんまりにも私が心配そうにしていたからか、みつはハッとした顔をすると、苦笑した。
「害は無いよ。ただ、契約みたいなのを結ぶとややこしい事になるから、命令にしてね。一方的にこっちから言うだけ」
「わ、わかった」
すぐに害があるというわけではないのか。良かった。でも、猫ちゃんに命令するなんて、なんだか嫌だな。猫はあの気ままに人のいう事を聞いたり聞かなかったりするのが良いのに。
でも、シロ君が猫の王さまだというのは、驚いた。統領って、そういう事だったのか。あんなに若い仔が、と思ったが、人の常識とは違うのかもしれない。なんたって数万匹に一匹の珍しい三毛猫の雄なんだし。人型も可愛らしい男の子だったなあ。
「助手様は、猫はお好きですか」
瀬尾が、ころころと笑っている。あれ? そういえば私、初対面の時名乗ったのに、名前覚えられていないのか。そういえば、名乗ったのは事務所だった。どうやら私は、事務所で名乗ると名前を覚えてもらえないらしい。まあ、彼女鬼、らしいから名前覚えられなくて良かったのかなあ。
「ええ、大好きです」
「まあ、それはそれは」
面白そうに瀬尾が笑っている。みつは頬を膨らませている。なんでだ。
と、そんな時、猫の鳴き声が聞こえた気がした。ふと声がした方を振り返る。みつと瀬尾も振り返った。そこには、
「はぁ、はぁ。呼びかけ、に応え、マル、参上したにゃ!」
肩で息をしている、十才ぐらいの女の子が、猫耳と尻尾を二本生やした姿で、立っていた。
……うん、猫耳と尻尾。うん、眼をこすってもやっぱり消えない。うん、ショートの茶色い髪とお揃いの色の猫耳と、縞々の入った尻尾が二つ。うん、間違えてない。わぁお。
シロ君に顔が似てるのは、やっぱり妹だからだろうか。兄妹揃って可愛らしいってなに凄い!
「ええと、あ、あにゃたですにゃ。マルですにゃ。よろしくにゃーん」
そのマルと名乗る女の子は、クンクンと何かを匂うように空中に鼻を向けたかと思うと、一目散に私の方に駆け寄り、にこっと笑ったのだった。
「かっ、可愛いぃぃぃいいいいい」
抱きしめたい衝動を抑えるのが、大変だった。大変に可愛かった。
「かおちゃん!」
後ろから、みつが拗ねたように声を上げた。ああ、いけないいけない。興奮で眼鏡が曇るかと思った。
「あ、ええとね、あなた、マルちゃんを呼んだのにはわけがあって」
「あー、せのおだにゃー、久しぶりだにゃーん」
「あらあら、マル。お話の途中でしょう」
「そうだったにゃ。にゃにかにゃー」
ああんもう、フリーダムささえ可愛い。なんだこの生き物! シロ君もかなり可愛かったが、この仔は輪をかけて……アホの子っぽくて可愛い。
「瀬尾が使えてる神様が鎮座する神社までの道案内してくれない?」
事態をみかねたみつが、拗ねたようにみつにしてはちょっときつめに口を挟んだ。マルちゃんは、みつをキョトンと見ていたが、瀬尾になにやら耳打ちされると、ポンッと手をたたいた。
「不破センセかにゃ」
「……そうだけど、何で知ってるの」
「センセはユーメイだにゃ! 野狐を助けたにゃ! 普通ニンゲンは野狐助けないにゃ!」
みつは、頭が痛そうに額に手をあてた。今日一日で、みつはどれだけ頭痛に悩まされることになったのだろう。
「うう、混ざりっ子見たい為に手助けするんじゃなかった…」
自業自得かもしれない。まあ、悪い事したわけじゃないんだし、良いんじゃないかなあ、と他人事のように思う。
「それで、命は竜神様の神社で良いにゃ?」
マルちゃんが、私の方を見て首を傾げた。あくまで、私の言葉で動くようだ。初めての展開に戸惑いつつも、頷いた。
「お願い、できるかしら?」
「お安い御用だにゃーん!」
ニカッとマルちゃんは笑い、私の願いを快諾してくれたのだった。
ああ、可愛らしい。
薫の興奮、再びw




