赤く濃い
たまには短編。SDK(少しダークかもしれない)
「--ん?」
いつも昼間は机に突っ伏してダラダラ過ごしているみつが、ピクッと頭を上げた。キョロキョロしながら、鼻をスンスンさせているのは、なかなかシュールな光景だった。
「臭い臭い。酷い、におい」
「臭い、ですか? 私は何もにおいませんが」
何だろう。どこかの下水でも壊れたのだろうか。私には何の臭いもしないのだが……はっ、これがもしかして加齢臭というものなのか。本人は気づかないけど、周りにはしっかり迷惑になるという、アレ。まさかそんな、まだ二十代なのにそんな……。
一人思考で遊んでいると、みつは眉を寄せ顔がだんだん険しくなってきた。
みつしか匂わない、におい。まあ、加齢臭のせんもあるかもしれないが、それならみつは私が傷つかない程度に指摘してくれるはず。みつの、臭い、が私に向けたものでないなら、答えはただ一つ。
「違うよ、その臭いじゃない。これは……死臭だ。血の臭いも濃い。今度の客、相当良くないもの持ってくるよ」
カラン、コロン
ドアの鐘が鳴り、来客を告げた。
「……ようこそ、不破探偵事務所へ」
扉を開けたのは、商社マン風の、いかにも仕事が出来そうな壮年の男だった。ただ異様なのは、生気のない青白い顔をしているのに、眼だけが、そう、ギラギラしていたのだ。
みつを見る。みつは珍しい事に、その名前もわからない男を睨むように見ていた。心なしか辛そうだ。
男は事務所内を一瞥し、私に声をかけた。
「今、ここの探偵は出かけてるんですか」
私と、未だ机から動かないみつを見ての言葉だった。しまった、衝立で仕切るのを忘れていた。
「いいえ、ちゃんといますよ。あれ……こほん、あの方が、ここ唯一の探偵、不破 みつです」
私の言葉に、男は一気に怪訝そうな顔になった。まあ、もっともだと思う。
怪訝そうな男を、まあまあとソファーに座らせ、茶を出して私も対面のソファーに座った。みつは嫌そうだったが、私の横に座らせた。一応、客商売だし、態度も大事だと思う。
「それでは、お名前と、依頼内容をお聞かせねがえますか」
しんどそうなみつは置いといて、私がたずねた。男は不信感を顔に出したまま話しだした。
「……私の名前は、田尾といいます。今日は、この掛け軸を調べていただきたくて、来ました」
男、田尾は今まで右手に抱えていた細長い桐の箱を机の上に出した。みつが、とたんに嫌悪感を顔に出した。臭い、と言っていたのはあの桐の箱のせいで間違いないらしい。
「何を、調べましょう」
「これが、本物かどうか、です」
そう言って田尾は、桐の箱を仰々しく開けた。更にみつの顔がゆがむ。無理して平静を装っていたが、私にはわかった。
「これは我が家に伝わる、家宝の掛け軸です。何でも、曾祖父が骨董屋で無理を言って譲って貰った絵だとか」
田尾はそう言って、するすると掛け軸を伸ばし出した。それには、池と思しき中に、赤色が鮮やかな一匹の鯉が描かれていた。確かに上手いが、それだけではない何か寒気のようなものを感じた。
「それは、ちゃんとそういった鑑定士の人に見てもらった方が……」
私がそう言うと、田尾はふんと鼻で笑った。
「そう言った本物、ではありません。第一、この絵の作者は無名の絵描きです。本物でも雀の涙程の値段しかつけられないでしょう」
私がみつを見ると、みつは気分が悪いらしく、相当参っていた。頭に手を当て、項垂れている。珍しい。いつも飄々としているみつが、ここまでとは。これは、相当良くないものらしい。
「すみませんが、それ、早く仕舞ってもらってもらえませんか」
息も絶え絶えにみつが言うと、田尾は気分を少々害したようだったが、素直に掛け軸を元の箱の中に入れた。少しましになったようだった。
「なんていうか、ソレ、さっさと手放した方が良いですよ。曾祖父から四代も持ってて、あなたの家系よく無事でしたね」
みつのその言葉に、田尾はハッとした顔をした。心なしか、口が歪んでいる。
「何故その事を」
「一応、能力者ですから。……大方、早死にした曾祖父がそれを処分しきれずに持ってるんでしょうけど、ほんとソレ、良くないですよ」
「確かに、曾祖父も祖父も父も早死にしましたけれど……。それがこの掛け軸のせいだと言うのですか」
「それは、良くないモノだ。悪いモノを呼び寄せる。結界張ってるこの事務所まで、犯されそうだよ」
みつはさも迷惑といった顔で、田尾を見た。田尾は、怒るどころか、ハッキリと口を歪め嬉しそうな顔をしていた。この人、変だ。
「そうですか。やはり、この掛け軸は本物だったのですね」
くくくと、田尾は笑った。大事そうに桐の箱を抱える。みつですら片目を細め引いている。
「いや、ありがとうございます。前に霊能者に持っていったら、その女が発狂しましてね。困っていた所なんですよ。ここの噂を聞いていて良かった。これで確実に願いが叶う。ありがとうございました」
田尾は、気持ち悪いぐらいの笑顔を向けて、鑑定しただけとは思えない高めの料金を払って出て行こうとした。
みつは眉を寄せ険しい顔で、田尾の後姿を見ていた。
「お客さん……。そのホンモノ、誰に使う気ですか」
田尾はニヤリとみつを振り返り、不敵に笑った。
「会社の、同僚へのプレゼントですよ。多少のラッピングを憑けて、ね」
くくくと笑って、田尾は出て行った
田尾が出て行くと、なんだか部屋の温度が上がった気がした。
「下衆め……」
いつもはなかなか口にしないような罵声をみつが口にした。苦々しいというか、やるせないといった顔のみつは珍しいので、話しについていけなかった私は興味を持った。
茶が冷めていたので、新しく暖かい茶を煎れなおしてみつの前に置く。
「何が、そんなに気に入らないんですか」
みつはソファーに腰掛けたまま、私の煎れた茶を凍えた人のように両手で持ってすすった。
「全部だよ、全部。あの男、最悪だよ」
みつは、忌々しそうに両手を広げた。私も横に座る。
「あの依頼人、何をしようとしているの? その、会社のライバルに」
「あの呪具に、さらに何か憑けて送りつけるってさ。下手したら、その送りつけられた人、その日の内に死んじゃうだろうね」
「なっ! 止めさせた方がいいのでは?」
「……かおちゃん、いちいち依頼人が持ってくる道具の行方の心配してたら、キリがないんだよ。仕方ないけど、私達は何一つ強制力のあるものを持たない」
みつは、ふいっと目を逸らした。でも、それじゃ、何か救われない。
「ま、人を呪わば穴二つ、って言うし。あの依頼人にもいつか強力なしっぺ返しがくるよ。素人が使うには、あれはあんまりにも強力だもの」
みつはふんと鼻だけで皮肉そうに笑った。
「あれは、そんなに強力なものなの? 確かに寒気がしたけど…」
「寒気で済んでるのは、かおちゃんに能力が無いのと、この事務所の結界のおかげだよ。かおちゃんと此処の結界なかったら、私だって発狂してたかもしれない」
「そんなに? ただの、赤い鯉だったけど」
「かおちゃん……。あれ、あの鮮やかすぎる赤、何から出来てると思う?」
「何、って絵の具でしょう? 岩とか貝とかから出来る日本の絵の具。確かに、多少赤が鮮やかすぎると思いましたけれど」
みつは複雑な顔になった。
「違うよ。あれは、あの臭いは、血だ。それも人間の幼子の。たくさんの血と朱丹を練って、出された色だ。気持ち悪い。幼い子供の両親を呼ぶ声とか、悲鳴とか、そんな強烈な負の感情も入っている。一体何人の子供が犠牲になったのかすらわからなかった」
みつは思い出したのか、苦虫をかみつぶしたような顔になった。思い出すだけで辛いとは、相当なモノだったのか、あれ。
「聞いた事はあったんだ。そういった狂った絵師が描いた絵があるって。でも、本当にお目にかかったのは始めてだ。二度と見たくもない。しかもそれを相手への呪詛に使うなんて……。あー、やだやだ。嫌な人間がいるもんだねー」
そう締めくくってみつは、またいつものようにお茶をすすった。その話を聞いている間中、背筋が寒かった私はみつのその言葉でいつもの体温を取り戻したようだった。
私は、空気を換えようと、立ち上がり窓を開けた。
外からは涼しい風が流れ込み、事務所内の淀んだ寒気を一掃してくれたようだった。
数日後、大きく有名な商社で男性が一人突然死んだと新聞の片隅に乗っていた。名前が乗ってなかったので、誰かはわからなかったが、なぜか、あの依頼人を思い出した。
おわり。
裏設定としては、田尾に掛け軸をもらった同僚は家で突然死したので新聞に載らず、呪いが戻ってきた田尾は会社内で突然死したので新聞に載りましたと、さ。ま、二人は知らないしどうでもいい設定です。
赤く濃い色は何




