依頼
私の名前は、神凪 薫。
ごく普通の人生を歩んでいたはずの私だが、何故かひょんな事から妖しい探偵の手伝い、秘書のようなまねごとをする事になってしまった。
今、この横にだらしなく座っている女性が、私の上司にして雇い主、そして唯一の探偵、不破 みつ。一応依頼人の前では先生と呼ぶし敬語も使うが、それ以外の日常では呼び捨てだしため口だ。私のみつに対する関係性をそれで察してもらえるとありがたい。
彼女の実家は相当な資産家で、何があったか生前分与を貰い受けビルを買い、何を考えたのか道楽で探偵事務所を開いた。それが、今私がいる場所になるのだが……。
「浮気調査……ですか?」
カラン、コロンと軽やかな鐘を鳴らしながら入ってきた、疲れきった男性が切り出した依頼は、聞きなれない内容であった。
「まあ、そうですね。妻が、誰と会っているのか調べて欲しいのです」
普通、探偵事務所といえば浮気調査が主だった収入源であるのは想像できるが、この探偵事務所では聞きなれない、いや下手すると聞いたことのない依頼内容であった。
なぜそうなってしまったかと言うと、
「あの、失礼ですが、私達は不思議な事象などを調べる事が専門でして。仮にお受けしとしても、うちの先生がちゃんと調査できるかどうか、請け負えませんが……」
チラリと横で探偵張本人であるみつを見たが、ウンウン頷いていた。それじゃあだめだろ。
そう、私達、というよりこの不破みつという探偵は、妖怪や幽霊やその他日常ではありえないような妖しいモノが見えるし、そういったモノに対応できる人とは違った能力がある、らしい。霊能力者、というのだろうか、陰陽師、というのだろうか、私には正確にはわからないが、とにかくそういった非日常のモノの専門家らしいのだ。私も、過去に助けられ何回もそういった現場を見て、みつの能力を疑うことは無くなった。
そのみつを頼って妖しい依頼が舞い込む、というのが普通なのだが、今回は一体どういう経緯で、この男性は此処に来てしまったのだろうか。
「--柿森総合探偵社さんに此方、不破探偵事務所さんを紹介していただいたんです。なんでも、手におえないものは此方が専門だと言われまして」
あぁ、なるほど。
たまぁに、こういった事情のお客さんが来る。他の探偵事務所で依頼をしてみたが、実は普通では手に負えないモノが関わっていて、そこで対処できない場合他の所へまわされる。うちはそっちの方面では結構名が知れているらしく、柿森さんもある意味お得意さんだ。大手は依頼が多い分、変なのに引っかかる数も多くなるらしい。
「では、奥様は」
「はい。どうやらヒトでないモノと会っているようなのです」
みつがその言葉を聞いて、右手に乗せていた顔をぴょこっとあげた。だから依頼人の前ではちゃんと座りなさいと言っているのに、全く聞かない。
みつが顔を上げたことに、話を聞く気になったらしい事に気づいた依頼人の男性が、改めてみつを見て話し出した。
「私は、高山 隆盛と申します。妻の朝陽が、なぜ人成らざるモノと会っているかわかったかというと、柿森さんで依頼した探偵が、調査中に錯乱してしまったらしくて……。人じゃない、アレは人じゃない繰り返すだけで、まともに報告すらできなくなったと聞かされて、その言葉を信じざるをえなくなったのです」
「何か、見てはいけないものを、見ちゃったんだろうねぇ」
みつが人の悪そうなニヤニヤ顔で楽しそうに笑っていた。
みつの言葉に頷きつつ、依頼人、高山さんはさらに顔色を悪くして口を開いた。
「実は、私も妻の後をつけた事がありまして……」
「それはそれは。探偵は錯乱したのに、あなたは良く無事でしたね」
みつがちゃちゃを入れるように聞くと、高山さんは少し困ったように続けた。話してもいいのか、信じてもらえるのかという風に。
「ええ、それが。夢なのか現実なのかわからないような記憶でして」
「と、言いますと」
私が聞き返すと、高山さんは自信なさげに私を見た。
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これからは薫の一人称視点になります。はじまりはじまり。




