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満ちて引いてまた満ちる

真相




 朝の目覚めは、爽やかとは言いがたかった。


「いっっつう。なに、何だっけ。頭痛い」


 起きた瞬間、側頭部に痛みが走った。思わず触ると、こぶができている。そりゃ痛いはずだ。でもいったい何故……。

 そこまで考えた時、ハッと昨日あった事に思い当たった。


 ポルターガイスト。その最中、ポットが飛んできて--当たったのだろう。

 ふぅ、と息を吐き、とりあえず上体を起こした。掛け布団がなぜかかかっていたが、敷布団がない。あれも飛んでしまったのだろう。通りで妙に背骨が痛いと思った。

 敷布団を探そうと横を見た瞬間、頭の痛い光景(二重の意味で)を見てしまった。


「みつ、せめて着替えるか、布団に入って寝なさいよ…」


 そう、われらが探偵先生が、昨日の服装のまま、布団にも入らず、散乱した部屋の中私の横で幸せそうにうずくまって眠っていたのだ。

 布団に入れなかったのは、昨日のポルターガイストのせいだとしても、着替えるぐらいは出来ただろうに。

 まあ、でも霊障が消えているという事は、みつが何かやってくれたのだろう。何をしたのかは知らないが、疲れたに違いない。


「お疲れ様、みつ」


 そう言って、起こさないように私にかかっていた掛け布団をみつにかけてやった。

 みつを起こさないようにそっと起きると、ちょっとフラッとしたがそれだけで済んだ。たんこぶも、じんじん痛むぐらいになってきたし、出来るとこまで片付けよう。この惨状はいくらなんでも酷すぎる。

 そう決意して、私は床に落ちた湯飲みや座布団を拾い集めはじめた。


 少し時間はかかったが、何とか整理できたと思う。転がっている机は重くてどうにもならなかったが。

 湯のみと皿、ポット、布団類はなんとかまとめる事ができた。不思議な事に、自分達の荷物は全く動いてなかった。みつが何か入れていたのだろうか。

 と、当のみつを見るとまだ幸せそうに眠っていた。しかたない、仕事したみたいだし、今日はこのまま眠らせておいてあげよう。



 結局、みつが起きたのは夕方すぎだった。


「ふぁ~あ。よく寝たー、でも身体ばっきばき」


 完全に起動したみつは、身体を回し笑った。それはそうだろう。畳に直に寝ていたのだから。


「昨日はお疲れ様だったみたいね。大丈夫?」

「うん、ぜんぜん大丈夫だよ! かおちゃんは頭の傷大丈夫?」

「私は大丈夫よ。もう痛みもないし」

「そっか、それは良かった。でも帰ったら、一回検査受けにいこうね」

「はいはい」

 

 その時、控えめに入り口の戸が叩かれた。誰だろう。こんな時間に。

 立ち上がり、戸を開けると、そこには、


「おネーさん、大丈夫だった?」


 心配そうな顔のつかさちゃんが居た。つかさちゃんも頭に包帯を巻いているから、昨日の事で怪我をしているのだろう。


「私は大丈夫よ。つかさちゃんこそ、大丈夫?」

「うん、ぼくは大丈夫。それより、たんてーさんは起きた?」

「ええ、今ちょうど起動が終わった所よ」


 苦笑して身体をずらすと、つかさちゃんからもみつが見えたみたいだ。一瞬、ピクッと身体をこわばらせたが、みつがひらひらと手を振ると、その緊張を解いたようだった。


「たんてーさん、聞きたい事があるんだ」

「いーけどー。とりあえず入りなよー」


 みつがそう言うと、おずおずとつかさちゃんは部屋の中に入ってきた。みつの前に座ると、まじまじとその顔を見つめた。

 私も、みつの横に座り成り行きを見守る。


「……たんてーさん、本当に昨日と同じ人?」

「おんなじだよ~。ねえ、かおちゃん」


 昨日のみつがどうであったのか知らないが、今も昨日も、私の目の前にいるみつは変わらずしまらない顔をして笑っている。

 まあ、と曖昧に答えると、つかさちゃんはちょっと肩を竦めたが、それ以上聞くつもりは無いらしい。かわりに別の事を口にした。


「ぼくにそっくりな、ゆかりさんって人。本当はなんだったの? たんてーさんはわかってるんだろう」

「ああ、キミは知らされてなかったんだね。うーん、知らないなら知らないままで良いんじゃない?」

「そんなわけにはいかないよ。もう、ゆかりさんの事知っちゃったんだから。知らないままになんてできない」


 つかさちゃんの、譲らない強い瞳に、みつは面倒くさそうに頭をかいて、ひとつため息をついた。


「面倒くさいなあー」

「お願い」

「……。そのゆかりさんは、最後になんて言ってた?」

「え? ええと、これから頑張って、見守ってるって」


 みつはつかさちゃんから目を逸らした後、座ったままズボンのポケットに手を突っ込んだ。昨日着ていた服のままだが、何か入れていたのだろうか。

 みつの手から出てきたのは、ビー玉みたいなまん丸の青い玉と、オレンジ色の勾玉だった。どちらも透けており綺麗なガラス玉に見えた。


「みつ、それは?」

「ん? これは、潮干玉しおふるたま潮満玉しおみつたまの、レプリカ、偽者だよ。そして」


 私の問いになんでもない事のように答え、ついとつかさちゃんを見た。


「この町の人が後生大事に守ってきた、神様であり、御神体である。キミの曾祖母の妹、ゆかり、が守っていたものだ」

「どういう、事?」

「ゆかりという少女は、これを守る為の巫女だった。たぶん、代々この家からは、そういった役職の人を出していたんじゃないかな。

 そしてこの玉の本物の力は、潮、つまり海の満ち欠けを自在に操る事。昔は、これにもそれぐらいの力があったのかな、この玉を使って町を守っていたんだと思うよ。

 だが、彼女は不慮の事故、たぶん本当に不運だったのもあるし、この玉が力を失いつつあったのもあると思うんだけど、死んでしまった。でも彼女はなぜか成仏せず、そのまま眠ってしまった。

 町の人達は慌てただろうね。まさかこの土地の至宝、守り神が、力を失ってしまったのではないか、と。それから何で陸に移され、存在を隠されたのかは知らないよ。もしかしたら、力を回復させようとしたのかもしれないし、それとも本当に玉の力無しでやっていこうとしてたのかもしれない。

 とにかく、この町はそれから何十年も、玉も巫女もおかず、無事やってこれた。彼女も、静かに眠っていたけど、どこからか玉の情報が外部に漏れてしまった。それを手に入れようと悪い人達がやってきて、彼女も玉も起こしてしまった。何でかしらないけど、彼女は残った玉の力と融合しちゃって、普通の人にも見える、中途半端な存在になった。何もできない、何も守れない、中途半端なものにね」


 掌の中で、二つの玉をいじりながら、とつとつ話を続けるみつ。


「だから、町の人にも観光客にも、彼女が見えたんだよ。そこで、事情を知らない人はキミそっくりの姉妹だと思ったみたいだね」


 みつの掌の中で転がされ続けているソレが、何の偽者かは説明されてもわからなかった。が、町の人達が大切にしていたソレを、なぜみつが今持っているのだろう。

 私の疑問に気づいたのか、みつが苦笑した。


「これがあると、諍いのもとになりそうだから、持ってきちゃった。この宿にポルターガイスト起こした男共も、これが目的だったみたいだよ。力もないし、もういらないでしょ。彼女にも言ったんだよ。もう、この町のことはこの町の人達にまかせて、上にあがったら、って。そうしてみたいだね」


 そこまで言って、みつはつかさちゃんを見た。静かに聞き入っていたつかさちゃん。みつと目が合うと、頷いた。


「そう、なんだと思う。最後に笑って、消えていったよ」


 そう言って、つかさちゃんは照れくさそうに笑った。


「でも、本当にそっくりだったんだね。びっくりしちゃった。でも、ぼくより、綺麗な人だった」


 その言葉に、私とみつは苦笑するしかなかった。


 つかさちゃんは、吹っ切れたように礼を言うと、部屋を出ていた。




「……みつ。ところで、潮なんとか玉って、なに?」


 疑問に思っていた事を、みつに聞いてみた。どこかで聞いた事があるようなないようなその名前が、気になってしかたなかった。


「ああ、潮干玉、潮満玉? えーっとね、本物は日本神話に出てくる宝物でね。海幸彦山幸彦の話は知ってる?」

「え? うーん、聞いた事あるような…。なんだっけ、釣り針がどうのこうのの話だっけ」

「大まかには、そうだね。

 ある日、猟師の山幸彦が、漁師の海幸彦に、たまにはそれぞれの道具を取り替えて、違う事をしようと言ってお互いの道具を取り替えた。すると、山幸彦は海幸彦から借りた釣り針を無くしてしまった。自分の剣を釣り針にして返したけど、元々の物を返せと怒られ、山幸彦が途方にくれていると、親切な神様が通りかかり、海の中の神様の所に行く方法を教えてくれた。そして、無事鯛の喉から釣り針を見つけ、帰る事ができた。その時、海の宮殿には美女がいて、海幸彦が陸に帰るとき、身を案じてくれた宝物のうちのひとつ、それこそが、これのオリジナル」


 みつの手の中には、二つの小さい玉。

まさか神話に出てくる宝物が、現実にレプリカとはいえ、あるとは思わなかった。みつと出会って、何が出てきても不思議ではないとわかっていたのだが。私もまだまだだ。

 と、ようやくそこで私も気づいた。


「あっ、山幸彦って、この宿の…」

「そそ。隠すつもりがあるのかないのか知らないけど、ここの宿の人の名字、祝も、火遠理命ほおりのみこと、つまり山幸彦の正式な神様の名称からきてるんじゃないかな。本当かどうか知らないけど」


 くすっと笑って、みつはまた掌で玉を転がしはじめた。どうやら気に入ったようだ。


「山幸彦が貰った宝物、オリジナルには、潮の満ち欠けを自在に操る力があってね。潮を満ちさせる玉と、引かせる玉。このレプリカに、そこまで力があったとは思わないけど、町の人達はそれを信じて、守ってきたみたいだね。でも今は…」


 みつはそこまで説明してくれると、あたりをきょろきょろ見渡した。と、ひとつの湯のみを見つけ、水をなみなみと注ぎ、私の前に置いた。


「見ててね、かおちゃん」


 そう言うと、まん丸の玉の方を湯のみのそばに近づけた。

 するとどうだろう。湯のみの中の水が、反応した。

みつは、湯のみに触っていない。玉も湯のみ自体に触れていない。それなのに、湯のみの中の水は、漣、波うち始めた。その玉に吸い寄せられていくように、小さな波紋が広がる。湯のみの中におさまるぐらいの、小さな波紋だったが。


「ね、面白いでしょ。でも、もうこれぐらいしか力が無いんだよ。せいぜい、湯のみの中の水を少し動かすぐらい。こんなの無くったって、生きていけるでしょう?」


 みつは、にこっと笑って、また玉をポケットの中に突っ込んだ。確かに、もうあんまり価値が無いようだが、今まで宝物として扱われていたモノをぞんざいに扱いすぎなのではないだろうか。

 帰ったら、なにか置くものか袋を用意してあげようと、思った。


 とりあえず、これでひとまず依頼は完全に完了したといえるだろう。


 この町がこれからどうなるかはわからないけど、つかさちゃんみたいな子もいるし、町の人達も玉なしで今までやってきたのだし、大丈夫なのだろう。


 暮れ行く夕日が沈む海は、今日も穏やかに輝いていた。





おしまい。



これにて海編、終了です!ここまで読んでいただき、ありがとうございました!

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