疑惑 疑問 疑念
帰り道。
みつは、何かを考えているようだったが、顔がにやけているので、何か良からぬことを考えているのだとしれた。
山幸彦では、ちょうど女将さんが外で打ち水をしていた。帰ってきた私達に気づき、会釈をした。私も会釈をかえす。
もう、夕方か。
辺りが赤く染まり、涼しい風が吹いていた。
「お帰りなさい、お客さん達。海は楽しかったですか?」
「ただいま~。そうだ、女将さん聞きたい事があるんですけど~」
打ち水の柄杓の手を止め、女将さんはみつを見た。
「なんですか?」
「女将さんは、つかさちゃんに似た子、心当たりがあったんじゃないですかあ?」
「へっ。な、何を言ってるんですか…?」
質問が、直球どころか、斜め上だった。なんだその思考の飛躍。不意打ちのみつの質問に、女将さんも戸惑っているでは……戸惑っている? いや、これは動揺している、というのではないだろうか。目がせわしなく動いている。
みつはいつものしまらない顔ではなく、眼を細めて女将さんを見ていた。
「よそ者にはわからない、と思ってましたね?」
「何を言って…」
「御神体、ってぐらいだから、剣かな。鏡かな。玉かな? 玉か」
みつが追い詰めていく。女将さんのわずかな変化を読み取って、かまをかけているようだ。みつのこういった所は、正直すごいを通り越して、何だか怖い。すべてを見透かされそうで、怖い。
「御神体なんて、そんな」
「曾お祖母さんの妹さんが、守っていたモノですね。彼女が亡くなって、守り手が無くなったソレを管理するのは、首長か血族のはず。首長は知らないようだし、血族はあなた達ですね。この宿の屋号、山幸彦ってもしかし」
「もうやめてください!」
女将さんが。耐えかねたように叫んだ。
せみが鳴いている。あたりは明るさを失いつつ、暗闇に近づいてゆく。
「そこまでわかるなんて、あなた達、何者ですか」
「何者って、たまたまここに来た観光客ですけど。でも女将さん、私達は偶然だけど、偶然じゃない人たちがいますよ」
そこで、女将さんはハッとした顔をした。
「なんで、その妹がこの辺をフラフラしてるのか知らないですけど、たぶん、関係ありますよ。出現した時期と、それと前後して来たよそ者、調べたほうが良いんじゃないですか」
みつの言葉が冴えわたる。みつは気づいているのかどうかわからないが、しゃべり方が違う時のみつは、なんだか別人のようだ。普段は間延びしてゆるい喋り方をするのに、何かを調べる時、問い詰めるとき、真相に近づいている時、みつは追い詰めるように喋る。
「なぜ、そんな事を教えてくれるのですか」
「簡単な事ですよ。私達はその御神体に興味がない。私が頼まれたのは、あくまでも、つかさちゃんに似た少女がナニか、を調べる事。それ以上のやっかい事に巻き込まれるのは御免です」
みつの、只者ではない雰囲気に、おかみさんはすっかり呑まれてしまったようだ。わなわなと手を振るわせたあと、ちらりとみつを見て、パッときびすを返し宿の中に入っていった。打ち水用の桶の中には、まだ水が半分ぐらい残っていた。
「みつ、どういう事?」
展開についていけない。何が起こったのだろう。女将さんは、何をそんなに焦っていたのだろう。
「例の、つかさちゃんのそっくりさんが守ってたモノが、ここの人たちも大事だったって話だよ。でもまあー、結局なんでそのそっくりさんがフラフラしてるのかは~、わからないんだよねえ~」
いつもの、間延びしたみつの喋り方だ。ゆるんだ顔も、いつも通り。なんだか、ほっとした。
「そう、なの」
「うん。除霊したら良いって簡単な話でもないみたいだしぃ、面倒くさいなあ」
何も言えなかった。みつに面倒くさい事をさせているのは、私だ。
「まあ、でも一応つかさちゃんの依頼は完了だね~。とりあえず正体はわかったんだから~」
「つかさちゃんの、曾祖母の妹って事?」
「そ。依頼も終わったし、あともうちょっとだけどゆっくりしていこーねー」
みつはそう言うと、伸びをして宿の中に入って行った。本当に、そうなのだろうか。私にはまだ何もよくわかってないが、みつがしきりに気にしていた、『御神体』。それが何か関係あるのではないだろうか。
でも、確かに私が聞いた依頼は、つかさちゃんのそっくりさんがナニか、という事。それだけで考えるなら、依頼完了なのだろう。
なんだか胸がざわざわする。うまく言えない感覚。だが、みつが終わりというなら、終わりで良いじゃないか。そう割り切って、私も宿の中に入っていった。
夕食時。
今日も、海鮮御膳が出た。女将さんが気を悪くしたかと思ったが、そうでもなかったらしい。良かった。
昨日決意したとおり、みつの海老を剥いてやっていると、つかさちゃんが近寄ってきた。
「おネーさん達、何かわかったんだって?」
いたずらっ子のような顔をして、私達の膳の前にしゃがんだ。確かに、今日か明日には言おうと思っていたが、なぜそれをつかさちゃんが知ったのだろう。私の驚いた顔に気を良くしたのか、つかさちゃんはさらにニッと笑った。
「お母さん達が電話してるの聞いたんだ。不破さんがわかったらしいって。でも、誰と話してたんだろ」
思い出すように、つかさちゃんは首をひねった。そういえば、宿に入ってから女将さんの姿を見ていないが、何か別の事をしているのだろうか。みつは、私が海老を剥き終えるのを待っていたが、おもむろに口を開いた。
「まあ、明日には言おうと思ってたんだけどー。ずばり言おう。アレは、キミのドッペルゲンガーなんかじゃなくて、れっきとしたキミのご先祖様だよ。キミの曾祖母の妹で、名前もわかってる。ゆかり、という」
もったいぶった言い方でみつが告げると、つかさちゃんはびっくりした顔をした。
「えっ。ご先祖様なの?!」
「うん」
「なんで、ご先祖様がいきなり出てきたの?」
「さあー。お盆が近いから? 早とちりさんだったんじゃない」
そのみつの言葉には、つかさちゃんもありありと不信感を顔に出していた。海の家のおじさんの受け売りじゃないか、それ。しかもだいぶはしょってあるが、良いのだろうか。
「それって、本当?」
「何で出てきたかまではわからないよ。でも、キミの依頼は、キミのそっくりさんがナニかって事でしょ? それ以上の依頼は、面倒くさいから引き受けないヨ」
みつがキッパリ言い放った。確かに、みつの言うとおりなのだが。
つかさちゃんは頬を膨らませてみつを見た。
「ケチ」
「ケチで良いよ。ほら、キミのお母さん戻って来たんじゃない? 何か怖い顔してるよ」
みつの言葉と指差した先を見て、つかさちゃんの顔がさーっと青ざめた。それほどまでに、女将さんは鬼気迫る表情で此方を見ていた。怒られると思ったのか、つかさちゃんはトボトボと観念したように女将さんのほうに歩いて行った。そこで何言か会話をしていたが、大きな雷が落ちる事はなかったようだ。よかったね。
「かおちゃん、その海老もう良いの?」
みつの言葉で、はっとして親子から自分の手元に目をやった。海老は、尻尾に一番近い殻まで剥かれていた。うん、脚までちゃんと綺麗に剥けた。それを見つめる、おあずけをくらった犬のようなみつ。苦笑しつつ、その海老をみつの皿に置いてやると。嬉しそうに食べ始めた。……餌付けってこんな感じなんだろうか。ちょっと頭が痛くなった。
それぞれの疑




