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近づく真相


 そんな事は露ほどもしらない薫は、ジュースを啜りながら、相変わらず楽しそうに泳いだり潜ったりしているみつを見ていた。


「みーつー。そろそろ休憩したらー」


 パラソルを借りて、結構時間が経った。

 そろそろ休憩させようと私が呼びかけると、気づいたみつが手を大きく振った。違う、そうじゃない。私が手招きすると、ひょっこひょっこ歩きながら、ようよう海から上がってきた。


「どーしたのー、かおちゃん」

「そろそろ休憩しなさいよ。はい、これ。海のおじさんから貰ったジュース」


 みつに、もらったジュースのうち一本を渡す。みつが立ったまま、おじさんを探すように海の家を見た。と、ピタッと動きが止まった。その視線の先には、二人のがたいのよさそうな男。


「どうしたの、みつ」

「え、ううん。後で、おじさんにお礼言いにいかないとなーって」


 にこっと笑ってみつが振り返る。なんだろう、知り合いでもいたのだろうか。

 ぷはぁっとジュースを飲み干すと、みつは私の横にあったジュースの空き缶をさっと拾い上げると、とことこと海の家の方に歩いて行った。何やらおじさんと二、三言話すと、空き缶をゴミ箱に捨ててこちらに戻ってきた。


「ありがとう、缶捨ててくれたのね」

「どーいたしまして~。さて。たまには、探偵らしい事してみようかなー。ねえ、かおちゃん」

「えっ」


 心底びっくりした。怠惰の塊で気が向いたことしかしたくないみつが、自発的に調査をしようするとは。

 ねっ? と、笑うみつが何を考えているのかはわからないが、せっかくやる気を出しているのだから、そのやる気を折ることはないだろう。急いで立ち上がり、パラソルを返す為にまた海の家に向かった。おじさんは、暇そうに海を見ていた。


「おっ、お姉さんたちもお帰りかい?」

「ええ。も、ってどういう事ですか?」

「いやね、お姉さんがパラソル借りに来た後、お姉さんの事を聞いてきた男が二人いてね、その人達も帰るって言ってたからてっきり。ナンパ、されなかったかい?」

「いえ、ぜんぜん」


 苦笑してしまった。みつも、声をかけられていた様子はないし、冷やかしだろう。特に残念にも思わず、おじさんに改めてジュースの礼を言い、みつのもとに戻った。みつは、ぼうと海を見ていた。


「じゃあ、着替えて行きましょうか」

「着替え、着替えかあー。面倒くさいなあ」

「はあ?」

「宿に戻る事すら面倒くさいなぁーー」

「もう、変な事言わないで戻るわよ。水着で出歩くわけにはいかないでしょ」

「うーん、そうなんだけどー」


 変に渋るみつをひっぱるようにして宿に戻り、シャワーを浴びさせ、服を着替えさせ、髪を乾かすのを手伝った、あたりでハッとした。昨日も思ったが、なんでここまで私みつの世話を焼いているのだろう。まあ、宿代もご飯代も出してもらってるし、仕事の範囲と思えば、まだ、まし、かな…。最後に荒くワシャっと髪をくずして、


「はい、終わり!」


 そう言ってみつに櫛を渡してやった。みつは、へにゃりと何だか嬉しそうに笑って、ありがとー、と櫛を受け取った。世話を焼かれ慣れている。さすが金持ち。

 みつは、自身のトレードマークであるツインテールを作ると、私を振り返った。


「お待たせ」

「じゃあ、でかけましょうか。どこに行くつもりなの?」

「うーん、まずはもう一回高砂さん家かなー。例の百ぐらいのお爺さんに話聞きたいし」


 みつは、よっと椅子から立ち上がった。私の支度は終わっている。みつが歩き出すのを待って、後からついていった。




 高砂さんは、今日も訪れた私達にびっくりしたようだった。


「こんにちは~。今日は、ちょっと聞きたい事があってきました~」

「え、ええ、何でしょう? 今ちょっと立て込んでいて、手短にお願いできると嬉しいのですが」


 少し焦っているように見えるが、来客中だったのだろうか。私達を中に入れてくれる気配もない。タイミングが悪かったようだ。改めて出直すかとみつを見ると、みつはそのまま話を続けた。


「そ~なんですか~。じゃあ、こちらも用件だけ。高砂さんが、つかさちゃんの曾祖母の妹さんの話を聞いた、お爺さんに会って話を聞きたいんですけどぉ」

「あ、ああ。そうなのかい。でも、山本さんはボケが……」

「まあ、聞くだけ聞いてみたいだけなので~。良かったら教えてもらえませんかぁ?」

「ええと、困ったなあ。個人情報だし…」

「うーん、そうですかあ。わかりましたあ。どうも、お邪魔しました。かおちゃん、お昼寝しに戻ろー」

「「えっ」」


 私も驚いたが、高砂さんも驚いたらしい。あっさり引き下がったからか、または昼寝しに戻るなどとなんともふざけた事を言い出したからか。……両方じゃないかな。


「も、戻るの?」

「うんー」


 そう言うと、みつはもう振り返りもせず歩き出した。私も慌てて、高砂さんにぺこりと一礼するとみつの後を追った。


「おん あにちや まりしぇい そわか」


 横に追いつくと、みつはボソボソと口の中で何か言葉を発しており、それは理解不能な音の並びで、聞き慣れない言葉だった。と、同時に指を複雑に絡ませ、二回ほど形をかえる。

 みつが、こうして聞き取れない何かを言っているときは、邪魔してはいけないのだと、思う。何をしているのかわからないし、教えてくれない時もあるが、悪い事になったことはないし。

 みつはブツブツ呟きながら歩き、角を曲がったところで少し大きめに、そわか、と言って手の指を解いた。

 もう話しかけても大丈夫だろうか。


「みつ、帰り道が違わない?」

「大丈夫だよー。ほら、宿の松の木があそこに見えるでしょ、あれを目印に帰れるヨ」


 私の質問の本当の意味、何故わざと道を間違えたのか、には答えてくれなかったが、まあこの探偵先生にも考えがあるのだろう。肩を竦めはしたものの、それ以上は何も言わずみつについて行った。




 宿では、つかさちゃんが一生懸命、足を洗う為の水場で泥まみれの靴を洗っていた。日陰になっているが、暑くないなのだろうか。若いってすごい。と、戻ってくる私達に気づいたようだ。パッと顔を上げると、靴を置いて近寄ってきた。


「お帰り、おネーさん達。何かわかった?」


 好奇心に瞳をキラキラさせて尋ねるつかさちゃんに答えたのは、みつだった。


「うーん。あんまりだねえ。そうだ、山本さんってお爺さん知ってる? 百才ぐらいなんだけど、その人が何か知ってるかもって」

「山本のじーちゃん? じーちゃん最近ボケが酷いらしいから、ちゃんと話せるかどうかわからないよ?」

「まあ、行くだけ行ってみようって感じだからー。そうだ、キミはそのお爺さんが、キミのそっくりを誰かに似てる、って言ってたらしいけど、それは知ってる?」

「えっ、そうだったの? てっきりぼくはドッペルゲンガーだとばっかり。地元の人はぼくには聞かせないようにしてくれたし、お母さんも他人の空似だって相手にしてくれなかったから、知らなかった」

「ふぅん。ま、とりあえず話し聞きたいしさ、その人の家教えてくれない?」

「いいよ。ちょっと待ってて」


 そう言うと、つかさちゃんは宿の中に戻って行った。ほどなくして戻ってきたその手には、地図が握られていた。この町の地図だそうだ。

 その地図で山本さんというお爺さんの家を教えてもらい、部屋には戻らずみつはまたくるりと踵を返した。

昼寝は良かったのだろうか? させるつもりは無かったが、みつから能動的に動いてくれるとは。今日は本当に、探偵らしい事をする日のつもりらしい。いつでもどんな依頼でも、これぐらい能動的に動いてくれればいいのに。


 つかさちゃんに教えて貰ったお宅は、これまた一段と立派な造りの家だった。三階建ての、横にも広い日本家屋で、奥には蔵のようなモノまで見える。これは、この土地の有力者の家なのではないだろうか。と、私が気後れしている間にも、みつは無造作に近代的なチャイムを鳴らした。

 ピンポーンと軽やかな音の後、女性の声が聞こえた。


「どちら様ですか?」

「私、高砂さんの紹介でこちらを教えていただいた、不破と申しますが。山本 権六ごんろくさんはおられますか」

「高砂さんの…? 少々お待ちください」


 みつの丁寧な挨拶と、勝手に使った高砂さんの名前のおかげか、すんなり中に通してもらう事ができた。みつに、なぜお爺さんの名前を知っていたのか聞くと、つかさちゃんの持っていた地図に名前が書いてあったので、かまをかけただけという。なんだその詐欺師みたいな手口。というか、さすが田舎。プライバシー管理が一昔前だ。

 権六さんの娘だという人に連れられて、通された部屋は庭が見える広い和室だった。和室の畳の上に大きな介護用のベットを置いてるのがなんだか切なかった。

 権六さんは、今はベットではなく、揺り椅子というのだろうか、ロッキングチェアーに座って庭を眺めていた。娘さんは、ごゆっくり、と言ってお茶だけ置いてどこかへ行ってしまった。以前に高砂さんが来たときもこんな風な感じだったのだろうか。


「こんにちは! 権六さん!」


 みつが、大きな声で話しかけると、ぼうとしていた老人がこちらを向いた。白くなった髪と、深い皺が刻まれた顔に、年月がうかがわれる。


「なんじゃあーもう飯かいのう」

「違います! 権六さん! 今日は海の神様の事を聞きにきました!」


 呆けて、いるのだろうか。みつを見ても不審そうな顔もせず、小刻みに頷いた。


「おおう、そうじゃったかいの。神様はなー、海の干潮をつかさどって漁師を守っておられるのじゃあ。しかしのう、ゆかりちゃんが死んでしもうてからは、行方知れずじゃあ。ゆかりちゃんは可哀想な事じゃった」

「御神体は何でしたっけ!」

「それはわしも知らんのじゃあ。ゆかりちゃんや、守番もりばんの人しか、教えてもらえん。しかし、最近は酷い大波も大引けも来んから、みんなその存在すら忘れてしまっておる」


 権六お爺さんは、そこで悲しそうに眉を下げた。またみつが声を張り上げる。


「ゆかりちゃんって、どこのゆかりちゃんでしたっけ!」

「ほれ、あのー、最近山幸彦っちゅー民宿はじめたろうがー。あそこの、ほおりさんとこのゆかりちゃんじゃよ」

「うわあ、あからさま」


 みつが、ぼそっと独り言のように呟いた。お爺さんは気にせず話を続けていた。聞こえてないのかもしれない。


「ゆかりちゃんはなー、すごい子じゃった。ユーレイちゅうもんが見えたそうだし、御払いもできた。村人全員、ゆかりちゃんが巫女になってくれて、本当に良かったと思っとったんだがなあ。あんな事故で亡くなってしもうて…」

「あんな事故ってなんでしたっけ!」


 涙ぐみそうなお爺さんを気にせず、みつが質問した。それはちょっと、間、とかどうなのだろう。


「ゆかりちゃんはなー、台風の日に神様が流されんように守社もりしゃに行くと言って、足を滑らせて頭を打ってしもうたんじゃあ。そのとき、御神体を安全な場所に移動させたのか、見当たらんくなってのー。それ以来巫女は置かれておらん。神様もみつかっておらん。悲しいことじゃあ」


 お爺さんの話に、みつはふーん、と相槌を打っただけで、何やら考えこんでしまった。うーん、私も聞いてみたい事聞いても良いかな。


「お爺さん! つかさちゃんとゆかりちゃんは、そっくりだったんですか!」

「うん? おお、おお、そうじゃよ。じゃが、ゆかりちゃんの方が美人じゃったなあ、物静かで、おしとやかで、大和撫子のようじゃった」


 つかさちゃんには、言わないでおこう。おじいさんの昔を懐かしむ記憶で美化されていたとしても、ここまで違うそっくりさんというのも、気持ちよくないだろうし。


「権六さん、ありがとう! 帰りますね!」

「うん? おお、また話を聞きにくるとええ」


 もう一度、ありがとうと大声で言うと、みつは私を促がして、部屋を出た。部屋を出る前にちらりと振り返ると、権六お爺さんは、もううつらうつらしていた。

 部屋の襖を開ける音がしたのか、どこからか娘さんが出てきた。


「お帰りですか」

「ええ。色々教えていただいて、ありがとうございます」

「いえ……。父は、最近の事があんまりわからなくなってきていて、昔の事なら記憶がハッキリしているみたいで、昔の事を聞くと楽しそうに話すんです。また、父と話に来てくれますか?」


 聞いた事がある。痴呆症が進むと、自分の子供時代の事はハッキリ覚えているのに、最近の事は忘れる事があるという。私達は、昔の事を聞いていたから、あんなにしっかり受け答えしていたのか。家族としては、辛い事だろう。

 みつは曖昧に笑うだけだった。


わかる人にはわかりやすい真相。権六さんは自分はまだまだ現役だと思ってるおじいちゃんです。

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