訪問
宿でシャワーをかり、さっぱりした気分で着替えた。砂が髪の中まで入り込んでいたのは、さすが海水浴。プールではあり得ない事だ。着替えて髪を乾かした後、乗り気じゃないみつを引っ張り、その高砂という人の家にきた。
海の家を出る前にもう一度おじさんにその高砂さんとやらがどんな人か聞いてみたら、高砂さんはどっかの大学の助教授で、仕事が少ないのか大抵暇してるから、いつ行っても家に居ると思うとの事だった。が、果たして連絡も無しに訪ねてよかったのだろうか。
田舎によくある大きめの一軒やの玄関の前で、少し考えていると、面倒くさそうなみつが先にチャイムを鳴らした。さっさと聞いて、さっさと昼寝をしたいらしい。
少しして、家のなかからドタドタと人が歩いてくる音がして、ついで玄関が勢い良くガラガラと開いた。
中から顔を出したのは、少しやせ気味の冴えない風貌の男性だった。時代遅れの黒縁四角の眼鏡をかけている。年齢が良くわからないが、たぶん壮年の範囲にいるのだろうと思う。
「はいはい、どちらさんですか?」
「あ、高砂さん、ですか? ええと、私達、山幸彦のつかさちゃんに不思議な事が起こるから調べて欲しいって言われまして」
「海の家のおじさんに聞いたんだよー。高砂さんって人が詳しいから聞いてみたら、って」
長くなりそうな私の説明を、みつが至極簡単に説明した。それで、大体の事情はわかったらしい。
つかさちゃんのそっくりさんは、結構な頻度で人前に出ているようだ。
高砂さんはとりあえず、中に通してくれた。案内された場所は、和室の書斎のようで両端に本棚があった。その本棚の前にもうずたかく積まれた本や、原稿用紙のようなもの。フローリングか畳かの場所の違いはあるが、みつとあんまりやってる事がかわらない。
私達の前に麦茶を出し、高砂という男性は目の前に座った。
「さて、あなた達は私に何を聞きに来たんでしょうか? 失礼ですが、余所の方ですよね? つかさちゃんが調べて欲しい事といったら、たぶんあの事なんでしょうけど」
「わかってるんなら話が早いや~。このあたりに、過去にそういった不思議な事ってありましたあ?」
みつが、遠慮なく麦茶をすすりながら、とってもフランクに聞いた。大丈夫なのだろうか。ちょっとハラハラしていると、高砂さんも何でもないように返してきた。怒りもせず、いい人だ。
「うーん、この土地の古老にも色々聞いてるけど、そういった事は聞かないなあ。そっくりの自分、ってやつだろう? 日本より海外に多い話なんじゃないかな」
「じゃあー、土地の人たちが噂してる、ご先祖様って線ではどうです?」
「それも無いねえ。そもそも、ご先祖様とはいえ、幽霊のようなものだろう?普通の人にも見えるっていうのが、さらに不思議なんだよねえ。山幸彦の旦那さんは浮気とかする人じゃないから、実在の人間ってわけでもないんだろうし」
「他人の空似かも」
「キミは、その少女を見たことがあるかい? 見たなら、血縁以外であんな風に絶妙に似ているって事はあり得ないと思うよ」
たしかに、高砂さんの言うとおりだ。そっくりだけど、どこか違う。でも、鼻の形とか、顔の輪郭とか、血が繋がってるとわかる顔のつくりというのは、他人の空似ではありえないと、私も思う。
「あ、そうそう。ご先祖様といえば、ひとつ面白い話を聞いたなあ」
高砂さんが、あごを触りながら何かを思い出すように言った。
「百を超えるじいさまが言ってたんだが、そのつかさちゃんそっくりの少女、どうも彼女の曾お祖母さんの妹さんに似ているらしいよ。もう、ボケが始まりかけてるから、定かじゃないけど。つかさちゃんのご先祖様だって言いだしたのも、そのじいさまらしいし」
「つかさちゃんの、曾祖母の、妹?」
「そう。若くして亡くなったらしくてね、覚えてる人ももう少ないようだよ」
「なんで、山幸彦の人たちはそれを言わなかったんでしょう?」
私が口を挟むと、高砂さんはまた、ふむ、と言ってあごを触った。どうやら考え事をするときの癖のようだ。
「まあ、そもそもその妹さんの顔を知っている人が居ないんだろう。あそこは、確か祖父母がもうお亡くなりになってる筈だし。妹さんはちょっと特殊な立場でね、結婚もせず子もなさないまま亡くなったそうだから」
「特殊な立場?」
「まあ、わかりやすく言うと、巫女みたいなものだったらしいよ。神社とかにいる人じゃなくて、この土地特有の神様に仕えてたようだね」
みつの顔が、ぴくっと動いたのが見えた。いつものゆるい顔ではなく、何かを考えているようだ。私は気にせず再び高砂さんに質問をした。
「その、亡くなった原因というはわかってるんですか?」
「さあ、戦前の事らしいからねえ。海での事故だったらしいけど、じいさまはその事については何も言ってなかったなあ。ただ、その妹さんが亡くなった後、危険だという事で巫女のような役割は廃れたようだね」
「危険な役目だったんですね」
「みたいだね。でもどうも、海で、亡くなった事が決め手だったようだよ。仕えていた神様は、どうも海の神様だったらしくてね。近代化もしていた事だし、そういったお役目みたいなものは廃れていく一方なんじゃないかなあ」
少し寂しげに言う高砂さんに、この人は本当に歴史というかこの土地を愛しているんだなあ、となんとなく思った。
「その土地の神様って、何が御神体なんですか~?」
みつが、ふと聞いた。瞬間、高砂さんがハッとした顔をした。が、すぐ取り繕うように笑って言った。
「さあ、海そのものとかだったんじゃないかな。ほら、岩とか木とか御神体で祭ってるところもあるだろう。それと一緒だったんじゃないかなあ。詳しいことは知らないよ」
みつも、そこまで食い下がらずに、そうなんだ~、と適当に相槌をうった。
その後、急に高砂さんは用事があるからと、せかすように私達を、そう、まるで追い出すようにして玄関の戸を閉めた。
別に、留まる理由もないし、まあまあ重要な事も聞けたので、私達は宿に戻る道を歩き続けてはじめ、高砂宅を後にした。
帰り道。
「みつ、なんでいきなり御神体のことなんて聞いてたの?」
なんとなく気になっていた事を聞いた。あの流れでそれを聞くのは、いささか唐突に思えたのだ。みつは、ふにゃりとした顔のまま、
「なんか、あやしいなあ、と思って」
事もなく言い放った。私はあの人の話に、何一つとしてあやしいところなんて思い浮かばなかった。
「あやしい?」
「まあー、とりあえず宿にもどって~、また明日調べようよ~」
何だかはぐらかされたような気もするが、問い詰めたところで仕方ないし、私達は山幸彦に歩いて戻った。
今日の夜も、豪華な海鮮御膳が出た。ついでに、配膳を手伝っていた、つかさちゃんがこそっと話しかけてきた。
「おネーさん達、何かわかった?」
興味津々、と言った顔で見つめてくる。私はみつを見た。みつは特に何も言う気はないらしく、ひたすら海老と格闘していた。あーあー、なんでそんなに殻を剥くのが下手なのか。
「うーん、まだハッキリとは何も言えないのよ。ごめんなさいね」
みつが言う気がないというなら、私が口を出す事もないだろう。あいまいに誤魔化すと、つかさちゃんはなぁ~んだ、と軽く残念そうに言った。
「何かわかったら、一番に教えてね」
そう言うと、つかさちゃんは手伝いの為、奥の方に引っ込んでいった。みつをみると、なんとか尻尾までは剥けたらしいが、海老の身がボロボロになっていた。明日は、手伝ってあげよう。そんなボロボロで食べられる海老が不憫でならなかった。
次の日。
昨日の教訓のもと、私はみつが起きるまで大人しく部屋の中でテレビを見ていた。地方のテレビ番組というのも、面白いものだ。天気予報の地名が違うだけでも新鮮で、なかなか悪くない。
と、言っても、すぐに見るものが無くなり、飽きてきた所で、みつが起き出した。のそりと上体を起こすと、目をこすり、辺りを見回した。
「あ”~。おはよう、かおちゃん…」
言葉の最後がまた寝入りそうに消える。
「おはよう。みつにしては、早い時間ね」
「うん……」
朝、というか寝起きの悪いみつは、起動の遅いパソコンのようだ。
「ごはん食べに行きましょう、ほら、起きて。着替えて」
「うん~~」
反応は鈍いが、イヤイヤではないだけマシか。というか、何故みつの世話を焼いているのだろう、私。事務所でも、旅行にきても。
私が自問自答している間も、みつはフラフラしながら支度を進めていた。ようやく、髪を高い位置でツインテールに結びおえて、何とか目が覚めてきたようだ。いつも思うが、ツインテールは面倒くさくないのだろうか。本人が気に入っているのなら、私が口を出す事もないんだろうけど。
食事会場の広間で出された朝ごはんを静かに食べていると、お櫃を持った女将さんが近寄ってきた。どうやら、ご飯のおかわりをついでまわっているらしい。私達の茶碗にはまだお米が残っているので、ただ単に話しかけにきたようだ。
「おはようございます。良く眠れましたか?」
「はい、おかげさまで」
「お連れさんは、まだ眠たそうですねえ」
「ええ。どうも低血圧みたいで」
苦笑して応じると、女将さんも苦笑していた。昨日は凄い剣幕だったそうだから、そのギャップに苦笑しているのだろう。
「う~。起きてるよぉ」
見当違いの事を言い出すのは、寝ぼけている証拠なのではないだろうか。みつを見て苦笑している女将さんを、まだ眠たそうな眼でみつが見た。
「そうだ~。聞きたい事がぁ、あったんだったあ。女将さ~ん、高砂さんって知ってるぅ?」
眠たさで、いつも以上に舌ったらずな喋り方になっているが、女将さんは聞き取れたようだ。
「高砂さん? 確か、郷土史を作ろうとしてる人でしょう。うちにも色々聞きにきましたよ」
「昔から居る人~?」
「え? いえ、彼のお祖父さんぐらいに此処に引っ越してきた、割と新しいお家ですよ」
「ふ~ん……ありがとぅ」
みつは、ご飯を食べながら船をこいでいた。
「みつ、起きて」
「起きてるぅ」
私達のそのやり取りに苦笑しながら、女将さんはお櫃を持って他の客の所に移動した。
朝食を済ませ、部屋に戻るとみつはゴロゴロし始めた。全く、毎日休みのようなものなのに、さらにダラけられるというのは、一種の才能なのではないだろうか。畳で寝転がれるというのも大きな要因らしい。
別に、急いでする事もないし、私もゆっくりしよう。みつみたいに、食べてすぐ寝転がるのは無理なので(むしろ太らないのが羨ましい)座って外を眺めていた。
「よいしょ」
意識を飛ばして海を見ていたが、みつの言葉でふっと我に帰った。どうやら、ようやくみつの頭が起動完了したようだ。
「おはよー。かおちゃん。良い天気だね~」
「はいはい、オハヨウゴザイマス。今日のご予定は」
起動前と起動後では、彼女の中では時間が違うらしい。いつものように上機嫌に笑っていた。
「海に行こう!」
昨日さんざん遊んだはずなのだが。まあ、でも確かに海以外何もないこの田舎では、海で遊ぶしか選択肢はなさそうだ。
特に反論もせず、私は今日もみつと共に海に出た。
海は今日も綺麗だった。エメラルドグリーンに光る海。でも、今日は見てるだけでも良いな。パラソルを借りて、みつが遊んで満足するまで見てようか。みつにそう言うと、
「えー、かおちゃんも遊ぼーよー」
「今日はいいわ。海見てるだけでも楽しいし」
しぶしぶ、一人で海に入っていった。それでも、少しするとみつは楽しそうに泳ぎだした。
私も、パラソルを借りに行こう。
海の家に行くと、昨日、おまけをしてくれたおじさんがいた。覚えていてくれたようで、親しげに話しかけてくれた。
「おお、お姉さん。今日も遊びに来てくれたのかい」
「ええ。私は付き添いで。パラソル貸してもらえますか」
「はい、毎度あり。そうだ、高砂さんに話は聞けたかい?」
貸し出し用の少し大きめのパラソルを取り出しながら、おじさんが聞いた。
「ええ。何個か面白い話を聞けました」
「そうかい、良かったねえ。つかさちゃんのそっくりさんの事、何かわかったかい?」
「うーん。私には何が何だか」
「そうかい。まあ、頑張りな。はいこれオマケね」
そう言って、おじさんはジュースを二つくれた。良いおじさんだ。ここは贔屓にしよう。私は、パラソルを受け取ると満足してもとの砂浜に戻っていった。
薫が、パラソルを手に海の家を出たすぐ後。海の家で休憩していた風の、がたいの良い男二人が、海の家のおじさんに話しかけていた。
「よう、大将。さっきの美人さんは、地元の人かい?」
話しかけられた事のない二人組に、怪訝そうだったがおじさんは律儀に答えた。
「いや、観光客のようだよ」
「へえ…」
おじさんが、別の客に呼ばれると、二人組はそれ以上追及しようとしなかった。ただ、薫の出て行った方を、じっと見ていたのだった。
高砂って響きがお気に入り




