帰ろう
そこからは、また何枚もの襖を通り抜け、後ろで勝手に閉まるのにもどこかしら慣れてしまい、振り向くこともなくなった。
また長い廊下を歩き、まだ続くのか、と思った頃にようやく大きな扉が見えた。
ようやく、ここまで戻ってきたようだ。
その大きな扉も、私達が出ると、勝手に閉まった。……全自動って、便利よね。うん。
外に出て石畳を歩いていくと、例の二人はまだ台座の上に座っていた。
私達が出て来たことに気づくと、
「どうであった」
「どうした。良い事でもあったか」
そう、話しかけてきた。玉葉くんは、誰かに言いたくてうずうずしていたのか、二人に走り寄り、
「はい! うか様から、正式に地上で修行する許可を頂けました!」
そう、嬉しそうに告げた。
告げられた二人は一瞬止まり、ついで爆笑した。それは遠慮のない笑い方で、幼い子がするようなものではなかった。……見た目に騙されてはいけない、そういう事だろうか。
「そうかそうか、良かったのぉ」
「良かったのぅ、たまは」
「はい!」
ひとしきり笑うと、玉葉くんに向かって思いがけないほど優しい声音で祝う二人。玉葉くんにとっては、悪い人?狐?ではないらしい。
「そのもの達についていくのかえ」
「ゆくのはそのもの達のもとかえ」
「はい。お二人とも、とても良い人達です」
二人が、同時にこちらを見る。ちょっとビクッとして、なるべくみつの後ろに入った。みつも前に立ってくれる。
すると、
「たまはをよろしくたのむ」
「たまはをよろしくたのむぞ」
二人が同時に、思ったより真剣な声で、そう言った。来た時とは全く違うその声は、心配しているようだった。
「気が弱くて、いじめられておる」
「気が優しくて、やり返せずにいる」
「少しでも鍛えてやってくれ」
「少しでも強くしてやってくれ」
「右近さま、左近さま……」
二人の心配は、わかる。さっきの事だけ見ても。そして、玉葉くんを見ても。
狐の世界も、色々あるんだなと、思った。
二人の、まるで親戚のような心配の言葉に感激したようで、玉葉くんは言葉を継げないでいた。
「……成り行きで、うちに居る事になりましたが、面倒を見ると決めたのも私達です。なんとかしてみます」
みつが肩を竦めながら、二人に向かってそう言った。
「ふ、二人とも!」
みつの、はじめての前向きな言葉に、玉葉くんが嬉しそうに声を上げる。
その様子を見た二人から、今度はころころとした笑い声が聞こえる。
「たのしみじゃの」
「まっておるぞ」
そういう二人の声に押されるようにして、私達は、階段を下りていった。
玉葉くんは、後ろを振り返って、大きく手を振った。二人も、小さく振り返していた。
階段を降りきると、そこはまた喧騒が溢れる夜祭の舞台だった。謁見で疲れたからか、最初のような驚きはもう感じなかった。
楽し気な玉葉くんの先導で、人込みをかきわけながら、前に進む。っと、急にみつが止まった。手が引っ張られ、私も止まる。
どうしたのか、声をかけようとして口で手を抑えた。まだ、たぶん、喋っちゃダメなんだよね。
みつを見ると、その視線は一方に向いていた。その先には、狐面を被った青年たち。あ。
「……玉葉」
「なあに?」
私達が止まった事を察知して、玉葉くんも立ち止まっていた。
みつに声をかけられ、首を傾げていたが、視線の先に気づいてハッとしたようだった。
「あんた、尻尾貰ったんでしょ。見せびらかしてきたら」
「ええっ、やだよぉ。ね、早く行こうよ」
みつから、呆れたような溜息が聞こえた。
「玉葉がしないなら、私がするけど、いいよね。あいつらは、許さん。たとえ、かみの狐であっても」
みつはそう言うと、手を離そうとした、ので思わず握りしめた。手を離したら何しでかすかわからないんだもん。
みつは振り返り、困ったように首を傾げた。おそらくあの困ったレトリーバーの顔をしているに違いないが、どちらにしろ私にはそれはきかないから。
怒ったように、手を引く。
そして、歩き出す。
みつは、向こうを振り返りながらも、大人しくついてきた。
硬直していた玉葉くんの手も取る。
ずんずんと、幅を取る三人連れだが構わず人混みの中をかきわけ、歩く。ぶつかっても、誰にも文句を言われなかった。いや、ぶつかりもしなかった。こんなに、人がいっぱいいるのに。うう。考えない。
そうやって、入り口の鳥居の所まで、何事もなく戻ってきた。
二人の手を離し、怒ったように腕組みをして二人を見る。面で隠れて見えないだろうが、怒っている事は伝わっているだろう。
「あ、あの、かおちゃん?」
「えっと」
二人とも、びくびくしたように私を見るので、ちょっとだけ間をあけて、息を吐いた。そして鳥居の向こう、来た方向を指さした。
「……わかったよ。腹立つけど、このまま帰るよ。玉葉が強くなればいいだけの話だもんね」
「ええっ、僕? ……わかった。がんばってみるよ」
みつは軽く肩を竦め、玉葉くんはちょっと考えた後、頷いた。
二人とも、ようやく普通に戻ってくれたみたいだ。
「ごめんね? かおちゃん。帰ろうか」
みつがこっちを向いて謝ってきたので、ゆっくり頷く。
「僕が今、一緒に行けるのは此処までなんだ。来た道を同じように戻れば、帰れるよ。そのお面は、あげる。戻るまではつけててね」
玉葉くんが、鳥居の大提灯の下で、私達を見た。
提灯の柔らかい光が、玉葉くんを照らす。知ってるような、知らないような、男の子。
「わかった。……じゃ、向こうで待ってるから」
「うん! また、あとで」
みつが、私が言いたいことを言ってくれて、良かった。
玉葉くんは、嬉しそうに私達に向かって手を振った。
私も手を振る。みつは手を上げただけだった。
提灯の下、大鳥居をくぐる。
振り返ると、玉葉くんがまだ手を振ってくれていた。手を振る。
前を見る。
石灯籠が、石畳の道を淡く照らしている。その奥は、闇。
ちょっと怖くなって、みつの手をきゅっと握る。みつが、私の方を向く。
「怖い? 大丈夫だよ、みつがいるから。一緒に、帰ろう」
みつが微笑んでいる気がした。ちょっとだけ安心して、頷く。
「一歩踏み出したら、もう、振り返っちゃダメだよ。前だけ見て」
みつの言葉に、しっかり頷く。
力強く、手がきゅっと握られる。
そうして、私達は、二人一緒に、足を踏み出したのだった。




