謁見
扉をくぐると、中は、さらに広大だった。外から見るより、よっぽど。
ただっ広く、五人は横に並んで歩ける廊下。
豪華な絵の描かれたふすまが、両脇にずっと続く。
そこを、三人、無言で歩き続ける。
どこを曲がり、どこを歩き、どこを横切ったのか、もう、すでにわからない。
ただみつと繋いだ手だけが、変わらず、暖かい。それだけが確か。それだけで、確か。
ふいに、廊下の正面にひときわ豪華な、黄金色の稲穂が地平線まで続いている絵が描かれた、ふすまの前に出た。
ふすまの前に立ち、玉葉くんが、私達を振り返る。
「……準備は、良い?」
みつを見ると、みつも私を見ていた。二人で、同時に頷く。
「いいよ」
「わかった。中では、僕がお言葉を通訳をするから、その、なるべく頑張ってね。僕も、頑張るから」
「ああ、頑張ってみる」
玉葉くんの言葉に、みつがあからさまにホッとしたように言う。
うぅ、もう何も考えない。何も考えない。
「じゃあ、行くね」
玉葉くんも、そう覚悟したように言って頷いた。
そして、ふすまの方に向き直ると、
「玉葉が参りました」
そう、凛とした声で言った。すると、目の前のふすまが勝手に開いた。自動ドアのように、勝手に。
開いた先にも、扉があった。
同じように、一面の稲穂が描かれている。
玉葉くんが一歩前に進み、私達を振り返る。
私達も、少し遅れて、続く。すると、今度は何も言わずに、目の前のふすまが勝手に開いた。
どんどん前に進むたびに、扉は勝手に開け放たれて、私達を奥へいざなう。
自動ドア、とか雅のみの字も無い事しか考えられなくなっているのは、許してほしい。思考が、停止するのを望むから。
何枚のふすまを抜けたのかわからないが、ふすまの絵が、だんだん変化していた。
一面の稲穂から森が描かれ、赤い鳥居が描かれ、鳥居の描かれたふすまが開くと、そこは豪勢な和室で、ナニか、が鎮座していた。
「お連れ致しました」
私達を先導していた玉葉くんが、頭を下げて鴨井をくぐり、そのナニか、そう、人影に見える、にとてとてと近づいて行った。
その人影に見えるナニかは、一段高い所に鎮座しており、豪華な装飾が施された白い狐の面をかぶり、十二単のように重厚で美しい着物を着ていた。その着物にも、美しい黄金色の稲穂が描かれている。
みつの、私の手を握る力が強くなる。私にも緊張しているのが伝わってくる。
みつが私を見て、頷く。良くわからなかったけど、私も頷く。
みつの手が、するりと離れた。
覚悟したように鴨井をくぐり、中に入り、素早く平伏した。
ポカンと見ていたが、そうよね、立ったままなんて失礼よね。
私も覚悟を決めて中に入り、正座をして、すぐ頭を下げた。土下座のような恰好だが、不思議と嫌だとかみじめとか思わなかった。むしろ当然というか、していないと落ち着かないような気持になる。
凛とした、夜明けのような清浄な空気、空間。建物の中のはずなのに、そんな風に感じた。
すぅ、と横から息を吸う音が聞こえた。
「掛けまくも畏き稲荷神社の大前を恐み恐み拝がみ奉ります」
朗々とした声が、この清浄な空間に響く。
みつのこの発声というかこの声は、以前、あの廃神社で神主の真似事をしてた時に聞いた事がある。
そうか。
ここが、神社、なのか。
みつの奏上に少し遅れて、
「そのように畏まることはない。良く来てくれた、と仰ってます」
玉葉くんの声が聞こえた。玉葉くんも、少し緊張しているようだ。
良かったー。
みつがいきなり祝詞のような事を言いだすから、それで会話が始まったら、マジで何にもわからなくなる所だった。
玉葉くんに、みつの言ってる事も通訳して欲しい。横でまた何か言ってるけど、聞きなれない単語と口調なので、何言ってるか全っ然わかんない。すごく、畏まっている事だけはわかるけど。
「良かろう。頭を上げよ、と仰っています」
みつが、玉葉くんの言葉から一呼吸おいて、動いた気配がした。私も、それに続いて、頭を上げてみる。
恐る恐る顔を上げて正面を見ると、一瞬、光が目に入り、何も見えなくなった。
が、それもすぐ終わり、先ほど入ってきた時に見えた豪奢な着物を着た人影が、変わらず玉葉くんを従えて鎮座していた。何も考えない何も考えない無理。
「こたび、そなた達を呼んだのは、他でもない。玉葉の事、時雨の事で、礼を言おうと思ってな。と仰っています」
そう通訳した後、玉葉くんは驚いたように人影を見た。なぜか、その人影が笑っているような気がした。
「うか様ぁ。……はい、かしこまりました」
玉葉くんが何か言おうとしたが、人影に囁かれ、諦めたように肩を落とした。
「玉葉は消極的で、時雨は未熟。それゆえ迷惑をかけたようだ。我の管理不行き届きでもある。と仰っています」
みつが慌ててひれ伏し、またあの調子で何か奏上しはじめた。ので私も、とりあえず頭を下げる。……長いのよね。みつの言ってる事。
「頭を上げよ。と仰っています」
みつが言い終わるか終わらないかぐらいのタイミングで、玉葉くんが言った。その言葉に、みつが頭を上げた気配がした。ので、私もまた頭を上げた。
「礼、と言っておる。玉葉は一つ成長した。それは、ここに居る狐にとっては喜ばしい事だ、と仰っています」
玉葉くんがパッと人影を見たが、次の瞬間には肩を落としていた。仮面で顔が見えないけど、わかりやすいな。かわいいな。
「だがしかし、地上で譲り受けた力は、穢れにも通じる。と仰っています」
しょんぼりしたまま、玉葉くんは通訳を続ける。
「なので、その力はここで取り払う。……はい」
そう言うと、玉葉くんから、耳と尻尾が生えた。うーん、かわいい(悶絶)
その姿をガン見していると、四つあるふさふさの尻尾の内の一つが、その人影に持ち上げられる。と思ったら、次の瞬間には、消えた。
もふもふが、消えた。
そんな。もふもふは、いくつあっても可愛いのに。可哀想。私が悲しくなりながら見ていると、玉葉くんも明らかにがっかりしているようだった。なにか、特別に大事なものだったらしい。
が、次の瞬間。
「……え! 本当ですか、うか様! 有難き幸せです!」
玉葉くんが、そう喜びの声を上げた。と、思ったら、いきなり玉葉くんの尻尾が、もふもふが、増えた……え?
玉葉くんはすごく嬉しそうに、何度も何度も、左右を振り返りながら、自分の尻尾を確認していた。それは、小さな女の子が、新しい洋服を買ってもらって、何度も何度も見返しているような可愛さだったが……え? なに??
しかも一本だけ、白いよ? なに、ナニが起こっているの。もうなにもわからない。あ、さいしょからわかってなかったけど。
「不破さん神凪さん! うか様が、正式に僕が地上で修行するのを許してくださったよ! 姉さんともまた一緒にいられるんだ! 良かったぁ!」
その場でぴょんぴょん跳ねながら、玉葉くんが、そう喜びの声を上げた。
何回目かの時、ぽんっと急に、またあの狐姿になった。狐になっても、尻尾は四本。内一つは、綺麗な白だった。
みつが、ポカンとしていたであろうみつが、またハッとして平伏して、何やら言っていた。私も頭を下げる。どうやら、お礼を言っているよだ、という事ぐらいはわかった。
良かった。玉葉くん、これでもう、居てもいいのかな、大丈夫かなって、心配しながらいなくても良いのね。そして、私達もかみさまに怒られなくて、済んだ、のよね?
「頭を上げよ、と仰っています」
また、玉葉くんの声が降ってきた。その声は、喜びを抑えきれない、という風で、本当に良かったなあと思って頭を上げた。
玉葉くんは、また人の形に戻っていた。横の人影も、なぜか、微笑んでいるような気がした。伺うなんて、恐れ多いよね。でも、玉葉くんが、大事にされている子だというのは伝わってくるので、それも良かったなあと、純粋に思った。
「くれぐれも、よろしく頼みましたよ。と仰っています」
みつは頭を上げないまま、何か言っていた。おそらく、たぶん、めっちゃ冷や汗かいている。……頑張れ、みつ。心の底から、同情した。
どこか他人事のようにソレを見ていたら、ふと、視線を感じた。正面からだ。正面は、つまり、あの人影。
恐る恐る振り向くと、そこには白い狐面。そこから見られているような気がして、内心ドッと冷や汗をかいた。
「良く励み、良く奉りなさい。あなたは良いかんなぎになる。と仰っています」
わけもわからず、私も平伏していた。
ど、どう答えたらいいのだろう。かんなぎになるって、なに? 私に、好意的に話しかけてくれたのはわかるが、それ以上に恐れ多くて恐ろしくて、言葉が、出てこなかった。出てこない、ハズだった。
「高天原に神留坐す 皇親神漏岐神漏册の命を以て 豊葦原の瑞穂の國 五穀の種津物の神霊……」
口が、勝手に、動く。
頭の中には無い言葉、口調を、まるで言い慣れた挨拶のように、唱えだす口。
聞いた事も無い、祝詞。私の声かどうかも、もう、良くわからない。
だが、するすると落ちてくる言葉を止める事は出来なかった。
「夜の守日の守に 守幸へ賜へと 恐み恐みも 白す」
終わった。と思った。なぜか、ここで終わりだと知っていた。
恐る恐る顔を上げると、変わらず視線を感じたが、満足げなものも感じた。ギギギと震えながらみつを見ると、みつもどうやら仮面の奥で、驚いた顔をしているようだった。
「うむ。良く励め。それでは、このたびはご苦労であった。気を付けて、戻れよ。と仰っています。……うか様。ぼくが案内しても良いですか? はい、後片付けには戻って参ります」
どうやら、これでかみへの謁見は終わったようだ。何事も無く? 良かった。
人影が、立ち上がる。しゃりしゃりという衣擦れだけを残し、その人影は、さらに奥へ歩いていき、消えた。……なにもかんがえないなにもかんがえない、わたしはなにもかんがえない。
その様子を頭を下げて見送っていた玉葉くんが、くるんとこちらを振り返った。
「終わったよ! 二人とも。良かった、うか様終始ご機嫌だったよ。僕の事もお許しがもらえたし。二人に来てもらって、本当に良かった!」
こちらにとたとたと走り寄ってくる玉葉くん。ああ、可愛いなあ。それだけが、わかるなあ。
急に、腰が抜けたかと思った。
疲れが、一気に押し寄せる。何もしていない私がそうなら、応えていたみつの心労はどれほどだっただろう。いたわろうと思いみつを見ると、平伏した格好のまま、うつぶせていた。いや、とけていた。
とけた餅は、
「……あぁ~、もうやだぁ。つかれたぁ」
そう、くぐもった声を出した。
「本当に、お疲れ様。二人とも。疲れてる所申し訳ないけど、あまりここに長居しない方が良いらしいんだ。外まで送るよ」
玉葉くんのそのねぎらうような、心配するような言葉に、立つしかない事を悟った。
長い溜息を吐き、腹に力を入れ、立ち上がる。よっこらしょっと、立ち上がるのには力がいったが、立ち上がってしまえば、歩けそうだった。
とけた餅、ないしみつを見る。
みつに、今度は私から、明確な意思を持って右手を差し出す。
「……うん」
畳に押し付けていた面を私に向け、もぞもぞと手を伸ばす。私の手を掴むと、しぶしぶ緩慢に立ち上がった。
立ち上がり切っても、私の手は掴んだままだった。
まあ、良いよ。ここまで来れたのも、無事終わったのも、みつのおかげだから。帰るまでは、しばらくこうしているのも、悪くないと、私もなんだか思えて来たから。
「じゃあ、こっち」
玉葉くんがまた、私達を先導するように一歩先に立った。が、立ち止まっているので、私達を先に部屋の外に出したいようだ。
私達が鴨井を越え部屋を出たのを見て、玉葉くんも部屋を出る。すると、くるりと後ろを振り返り、
「お客様をお送りしてきます」
そう言って、ペコリと頭を下げた。ので、私もなんとなく頭を下げた。ら、襖がスーッとしまった。……自動ドア。
頭を上げた玉葉くんは、どこか晴れやかな声で、
「かえろう」
そう、言った。




