そして海へ
みつは、常人より睡眠時間が多い。
もちろん、早く起きる事だってできるし絶対ではないのだが、やはり無理があるらしい。
みつの睡眠時間は、約10時間。
みつの特殊な力ゆえかはたまた個人の資質なのかはわからないが、とりあえずみつはよく眠る。
そんなわけで、普通の睡眠時間で事足りる私は、一人起きた部屋で暇をもてあましていた。もう一回寝る事も考えたが、それでも十分な睡眠時間をとった為、眠る気にもならない。みつを起こすのもさすがに仕事じゃないので可哀想だし、そういうわけで暇をしていたのだ。
早朝の散歩でもしようか。
宿の人たちはもう既に働いている気配がするから、早朝でもないだろうけど。とにかく朝の散歩は良いと聞くし、暇だし行ってみようか。
そんなわけで、私は軽く着替え、みつを起こさないようにそっと部屋を出て行ったのだった。
夏の盛りとはいえ、早朝はひんやりして涼しい。この、海が近い地形もあるのだろうか。宿を出て、迷わない程度に近くを歩く事にして、適当に歩き出した。
爽やかに晴れた早朝というのは、どうしてこう浮き足立つような感覚になるのだろう。何か良い事が起こりそうな予感がする。何か面白いことはないだろうか。
そんな事を考えながら歩いていたら、本当に自分でも信じられないのだが………迷った。
いや、来た道はわかる。覚えている筈なのに、振り返るとその道がわからない。狐に化かされたようだ。狐といえばあの奥さんと弟くん、元気にしているだろうか。
などと、現実逃避をしつつ途方にくれていた。
朝早いせいか、人が通る気配がない。周りに見えるのは、田んぼと、少し向こうに見える海と、反対側にある小高い森というか林。いつの間に、民家もないような場所に来てしまったのだろう。闇雲に動いてて良い事が起きるはずもなく、立ち尽くしてしまった。
場所こそ違えど昨日、みつと迷った時と何だか似ている。私は無意識に、あたりを見回していた。誰か、居ないだろうか。
と、目の端に何か白いものが映った。ハッとしてそちらを向くと、
「あなた…」
そう、昨日道を教えてくれ、宿屋の似た少女には気味悪がられていた、白いワンピースを着た女の子。彼女も、困惑しているように私を見ていた。
「あの、ねえ」
話かけようとすると、女の子は、またしても左の道を指し示した。そちらが、帰り道なのだろうか。これで助けてもらうのは二回目だ。つかさちゃんの言葉を信じるなら、この子はこの世の子ではないのかもしれない。でも、その憂うような顔は、何だか助けてあげたくなるようだった。
「ありがとう。これで助けてもらうのは二回目ね。何か、お礼できないかな?」
自分でも馬鹿な事を、と思ったが、彼女が驚いた顔をしたあと泣きそうになったから、うろたえてしまった。
「ご、ごめんなさい、何か悪い事でも言った?」
少女は泣きそうな顔のまま首を振り、声にならない声で、
『タ ス ケ テ』
そう唇を動かしたのだった。
あの後、少女はバッと踵を返すと走りだし、文字通り、ふっと消えてしまった。みつに同行するようになって、少しは不思議なモノにも慣れたかと思っていたが、そんな事はなく、私はしばらくその場所に立ち尽くしてしまった。
しばらくして、ハッと正気に返り、少女に指差されたとおりの道、これまた一本道を歩いていると、見慣れた大きな松が見えた。
ほっとしつつ宿に近づくと、
「かおちゃん!」
飛びつかんばかりの勢いで、寝巻きから着替えたのであろうみつが駆け寄ってきた。そして実際抱き付かれた。別に珍しい事でもないのでそのままにさせておいたが、その顔には、ありありと心配と安堵が見てとれた。
「どこ行ってたの?! 大丈夫だった? 怪我とかしてない?」
みつのうろたえようと過保護に、何の事かと困っていると、宿の女将さんが出てきた。その顔にも、安堵が見てとれた。
「お客さん、見つかったんですねえ。良かった良かった。お連れさまが、それはそれは心配していましたよ」
「はあ…。あの、いったい何が?」
「起きたらかおちゃんがいなくて、どこに行ったのかもわからないじゃ、そりゃ心配するよ!」
いつものへにゃりとした雰囲気は吹き飛んで、怒りすら感じる。みつは何故か私に対して過保護になるが、こんなのは久しぶりに見た。そして、それだけ心配させてしまったのかと、反省してしまった。
「ええと、ごめんなさい」
みつは答える代わりに、ギュッと腕に力をこめた。そしてボソッと、潮臭い、とつぶやいた。海が近いからだろうか。私には何の匂いもしなかった。
「ささ、お連れさまも見つかった事だし、遅めの朝ごはんにしましょうかね」
女将さんが笑って、私達を宿の中に促がした。
驚いたことに、どうやら私は三時間程迷っていたらしい。そんな遠くに出たつもりも、迷っていたつもりもなかったのだが。どうりで、みつが起きて私がいないと騒ぐわけだ。
朝食をとっておいてくれた女将さんにもお礼を言い、みつと机を並べて朝ごはんを食べ始めた。白いご飯にお味噌汁に、卵焼き、海苔、焼き魚。うん、素晴らしい日本食だ。
「で、実際の所どうしてたの、かおちゃん。危ない目にあわなかった? 仕返しする?」
同じように朝食を食べながら、みつは不穏な事を言い出した。言うべきかどうか困ったが、あの少女がもし本当にこの世の子でないのだとしたら、みつに頼らざるを得ない。
正直に話す事にした。
暇だったから散歩に出たこと、いつの間にか迷っていたこと。そこで、昨日の少女に出会い、道を教えてもらい、泣きそうな少女が、たすけて、と声にならない声で言っていた事。
みつはだんだん顔が険しくなっていたが、それに自分で気づいたのか、そっかあ、などとごまかすように、だがいつものように笑った。
「でも、本当に無事に戻ってきてくれてよかった~。そうだ、かおちゃんまだ元気ある? 今日は海に遊びに行こうよ」
話の急変更についていけないでいると、
「ほら、海には地元の人も観光客もいるでしょ。なんだっけ、つかさちゃんだっけ。あの子のそっくり見た人もいるんじゃないかな~」
そう言って、みつは無邪気に笑った。
結局、他に手がかりもないしやることも無いので、みつの提案どおり宿に程近い海辺へ向かった。
海は、バスから降りたときに見たとおり、白い砂浜と青い海がキラキラ光っていて、綺麗だった。
だがそれはそうとして、
「おい、あのグラサンの美人、すげースタイルいいよな」
「お前声かけてこいよ」
「いや無理だろ。隣のメガネのネーちゃんぐらいならいけるかもだけど」
「どっかのモデルかな」
聞こえてますよ。男性諸君。
まぶしいのかサングラスをかけ、そのスレンダーな体を水色のビキニで大胆にさらし、ツンと立っているそこなる美女は、はい、うちの情けない探偵先生です。
人間、中身を知らないほうが幸せという事もあるのだろう。その体現者は、海を眺めていたが私のほうを振り向くと、
「かおちゃん! 海だよ海! 綺麗だね!」
と、小学生のような事を口にするのだった。
結局、私もみつのテンションにつられるように、海で泳いだり潜ったり浮き輪でプカプカ過ごしたりと楽しんでいた。まあ、わざわざ新しい水着を買ったのが無駄にならなかったと思えば、まだ多少救われるか。ナンパなどは、みつのスタイルと黙っていれば美人の迫力に押し込められたのか、全くなかった。高嶺の花すぎたようだ。別にいいけど。
昼。
海の家で、休憩しつつ焼きそばを食べていると、気の良さそうな日に焼けた海の家のおじさんが話しかけてきた。
「お姉さん達、みない顔だね。観光かい? 美人さん達には、ほれ、サービス」
そう言って、焼いた海老を私とみつの焼きそばに入れてくれた。新鮮でおいしそうだ。美人たち、と言ってたのもポイントが高い。まあ、みつに適わないのはわかりきっているので、今更ひがんだりしないというか、中身が残念すぎるのでそんな事も思わなくなっていた。
「ありがとうございます」
「ありがとーおじさん。ここの焼きそば美味しいねー、長い事海の家やってるの?」
本当に金持ちのお嬢様なんだろうか、という口調でみつが話す。金持ちなのは持ち物で間違いないが、育ちがあやしすぎる。そんな事知らない海の家のおじさんは、ニコニコと笑っていた。
「そうだなー、まあ、長いっちゃ長いけど。俺は親父から継いだだけだからなあ」
「へー。じゃあ、相当前からここで海の家やってるんだねー。このあたりの事も詳しいんじゃない?」
「おう、まあ、俺の庭みたいなもんだからな。町の人間も、顔なじみよ」
おじさんはそう言うと、ちょっと誇らしそうにへへっと笑った。
「じゃあさ、あそこの、山幸彦のつかさちゃんに関して、へんな事聞いた事ない? 私達、つかさちゃんと仲良くなってさー、つかさちゃんに頼まれちゃったんだよねー」
「山の字ンとこのつかさちゃんが? ああ、あの事か。珍しい事もあるもんだねえ。つかさちゃん、あんまり余所の人とそんな話しないと思ってたよ」
「ここいらじゃ有名な話なの?」
「まあ、有名というか、なにせ狭い町の事だからなあ。おおかた、ご先祖様が帰ってきてちょっと迷ってるんだろって、みんなそう噂してるよ」
「ご先祖さま?」
「ああ。だって、つかさちゃんにそっくりなんだろ。だったら、ご先祖様だろうよ。盆にはちと早いが、まあ、気の早いご先祖様なんだろうよ」
そう言って、おじさんは豪快に笑った。
そうか、先祖か。確かに、この世のものでない、と仮定するなら、その線もありうるだろう。だが、ご先祖様がなぜよそ者の私に助けなど求めたのだろう。
「そういう事って、ここじゃ結構ある事なの?」
「さあ、ないと思うがねえ。ご先祖様どころか、ユーレイ見たって話すら聞いた事ないよ。ここらは遠浅の海だからね、そうそう事故もおこらんし」
そこで、おじさんがふと思い出したように言った。
「おお、そういえば、高砂さんがなんか言うとったなあ。なんでも、このあたりの昔の事を郷土史かなんかにするって。お姉さん達も気になるんだったら、話聞いてみたらどうかね。あの人話したがりだから、なんでも教えてくれると思うよ」
話したがりの高砂さんとやらに付き合わされたのだろう、おじさんの顔は苦笑していた。その人の住所を聞きだしたところで、別の客から注文が入り、おじさんは、まあ頑張れと言って離れて行った。
私は、みつを見た。言いたいことを察したのか、みつはへにゃりと笑った。
「ご先祖様は、あり得るかもね。ただ、私は見てないからなんとも言えないけど」
そうだった。あの子は、二回とも私にだけ見えたのだ。みつが、はっきりその姿を見たわけではない。
「じゃあ、高砂さんとやらに、会いに行ってみましょうか」
「えー、この後はお昼寝したいー」
頭が痛くなった。熱中症じゃない事だけは、確かだった。
あ ろんぐ ろんぐ すりーぱー




