後日の談(はなし)
後日。
私達があの村から帰ってきて、もう数日経つのに、玉葉くんは、まだ帰って来ない。
心配だわ。そう思いながらも、いつも通り閑古鳥が鳴く事務所で過ごしていた、ある日の事。
カラン コロン
「ようこそ、不破探偵事務所へ……って、柿森さん。こんにちは。みつ、柿森さんが来たわよ!」
いつものように、事務所の鈴が鳴ったので出迎えると、そこには、溌剌とした紳士がいた。何日か前に見た時がウソのように、いつも通りだ。急に来るのもいつも通り。
柿森さんはニコッと笑うと、いつものように、お邪魔するよ、と言って事務所のソファーに座った。
みつはいつものように自分の机に突っ伏して寝ていたので、起こして、ソファーに座らせる。しぶしぶ座るみつ。
お茶を出し、みつの横に座ると、柿森さんはニコニコしていた。いや、いつもニコニコしているのだが、今日は特別に機嫌が良さそうに見えた。
「やあ、みつ坊。今回は、あいつを助けてくれて、本当にありがとう」
柿森さんはそう言うと、深く頭を下げた。みつはビックリした顔で柿森を見る。頭を上げた柿森さんは、そんなみつの表情に気付いて、笑った。途端に、不機嫌そうになるみつ。
「神凪さんも、大変な目にあったようだね。悪い事をした。無事で良かったよ」
みつを見てちょっと笑っていたら、急に話がこっちに来た。柿森さんが、私に向かっても頭を下げるものだから、私もちょっと慌ててしまった。
「い、いえ。私は、ただ、眠らされただけですから。私も、みつに助けられただけです」
頭を上げた柿森さんは、穏やかに微笑んでいただけだった。みつはドヤ顔をしていたが、今回ばかりは、突っ込めない。
「みつ坊は、色々頑張ってくれたそうだね。でも、依頼人には辛い結果になってしまった。本人の希望だったとはいえ、やるせないよ」
柿森さんは、ちょっと沈んだように顔を伏せた。みつは柿森さんから視線を外して、頬杖をついた。
「本人の望みっていうか……血の恨みっぽかったけどね」
「血の、恨み?」
私と柿森さんが、同時にみつの言葉を繰り返した。興味津々みたいな柿森さんの表情を見て、みつは、しまったとでも言いたげな顔をした。
「それは、どういう事だい、みつ坊」
案の定質問されて、みつは溜息を吐きながら、頬杖をやめた。
「あくまで、接した感じと、推測ですよ。それが本当かどうかもわからない」
「みつ坊の個人的な見解という事だね、構わないよ。俺も、気になってるんだ。教えてくれるかい」
柿森さんの真剣な顔を見て、また、溜息を吐いたみつ。お茶を一口すする。
「……そもそも、あの村って、人身御供の儀式をやってたわけじゃないですか。それで、依頼人の彼氏が生贄として攫われ、嶺川も攫われた。嶺川も、あの人も、どうやら村の人達に物理的に捕まったみたいなんですよね。そこに怪異は存在しなかった。でも、村人をそこまでさせるナニか、が確実にそこに居た。ソレは、人身御供を強要するやつです」
肩を竦めるみつ。
今更ながら、ぶるっと背中が震えた。
私、あそこで、アレに捕まっていたら、おそらく。……過ぎた事だ。考えるのは、止めよう。
みつが、また話し出す。
「生贄を、無作為に選ぶ方法もあるでしょうけど、あの村はおそらく、家系を決めていた筈です。なぜなら、男と女で、生贄の数が違うから。どうも、女を主にしていたみたいだけど、無作為なら、女を選びなおせば良いはず。なのに、男性だった場合の対処法がある。これはたぶん、いくつかの家系が持ち回りで、生贄を出すと決められていたからだと思う。そして、今回が、あの狼谷という家系。ずっと、もしかしたら、あの儀式が始まった頃から、犠牲の一族だったんじゃないかな」
お茶を飲み干す、みつ。その言葉には、苦々しさが混じっていた。
必ず、何回かに一度、犠牲となる人を出す、一族。
背中が、ぞわぞわと震える。人の、冷酷さと、保身に。
みつが心配そうに私を見たので、ちょっと頷いて、大丈夫と合図する。
「なるほど、彼に逃げられると、次は自分達の内から誰かを出さなくてはいけないから、必死に探して、見つけてしまったんだね……」
柿森さんが、しんみりしたように呟く。
「みつ。でもなんで、彼の家系がずっと……そうであるって、わかるの?」
一瞬しか見ていないが、彼の、あの決意と覚悟は、みつの説を確信に変えるだけの迫力があった。でも、それだけで言い切れることが、不思議だった。
みつは私を見て、困ったように眉を下げた。あ、どう説明しようか迷ってる顔だわ。
「う~んと、えっとね。彼が狼信仰だったから、かな。あの麓の街で、狼の神社にお参りしたの覚えてる?」
「あの、バスの待ち時間の間に行った所よね」
「そうそう、そこ。おそらく、本社はあの山の方、あの村にあったんだよ。でも、あそこには無かった。別の信仰が、狼を駆逐したんだ、と思う。駆逐された方っていうのは、弱いものなんだよ。それを信仰してた一族が、犠牲に選ばれたとしても、おかしくない」
みつは、あーやだやだ、と言って、肩を竦めた。
私には何もわからなかったけど、みつはあの時、彼がその狼を信仰していたという事と、ずっとそうやって犠牲を払ってきていた事を、察していたのだろうか。だから、彼を手助けするような事を、結果的には破滅してしまうかもしれない事を、助けたのだろうか。
「じゃあ彼は、儀式というより、あの村自体を憎んでいたとしても、おかしくはないんだね」
柿森さんが、そう痛ましそうに言って、鞄から何かを取り出し、机の上に置いた。
それは、折り畳まれた地方の新聞のようだった。
その新聞の一面には大きく、
『山火事か、放火か! 集落を焼き尽くした炎』
そう、書いてあった。
柿森さんに断わって、その新聞をさらっと読んでみる。
どうやら、あの夜に立ち上った炎は、何故かあのはしばた村だけを焼き尽くしたようだ。身元不明の遺体が幾つかと、何故か心臓発作で亡くなった遺体がいくつも入り混じり、現場は混乱しているらしい。こ、怖い。思ったより大惨事になってる……。
さらには、全焼した彼岸寺の裏手に咲く彼岸花の下から、大量の白骨死体が見つかり、事件との関係を調査しているという。
「ねぇ、みつ。この、彼岸花の下のって……」
嫌な、予感がして、みつに聞かずにはいられなかった。
みつに新聞を渡すと、興味なさそうに少しだけ目を通し、柿森さんにその新聞を返した。
「たぶん、かおちゃんが思ってるので、近いと思うよ。彼岸花、は墓に植える花でもあるんだ。墓を守る、ともいわれるし」
肩をすくめるみつ。……深く考えることは、やめよう。うぅ。
柿森さんは、そんな私達のやり取りを静かに見ながら、受け取った新聞をまた自分の鞄になおし、今度は別の封筒を取り出した。
みつが、眉をしかめる。
「そんな顔しないでくれよ、みつ坊。果たした依頼には、報酬を支払わなければならない。そうだろう?」
柿森さんは封筒を差し出しながら、笑顔で圧をかける。
みつは、根負けした。柿森さんに勝てるわけがないのだ。疲れた顔をして、その封筒を受け取る。
「柿森さんも、たいがい頑固ですよね。わかりました。ありがとうございます。でも、前の借りはちゃらですよ」
みつが受け取ったのを、満足そうに見ていた柿森さんは、
「ははは。それじゃあ、また何かあったら、頼むよ。みつ坊」
そう言うと、唖然としているみつを置いて、さっさと帰っていってしまった。朗らかに笑いながら。
柿森さんの方が、やっぱり上手のようだ。みつは脱力したように、ソファーに沈み込んだ。
新しくお茶を淹れ、みつの前に出す。みつは、ありがとー、といって、それをすすった。
「ねえ、みつ。さっきの柿森さんとの話で思い出したんだけど、あの、夢みたいな所で、送り狼って言ってたのは、なんだったの?」
私も、自分用に淹れた茶をすすり、みつに聞いた。みつは、ソファーに深く沈み込んだまま、私を見た。
「えっとね~、本来の意味での送り狼、だね。今は、男性が女性を送っていってあわよくば、って言葉でしょう? でも本来は、本当に狼が後ろをついてくる事象、に対して使われた言葉だったんだよ~」
へえ、そうだったのか、と普通に感心した。が。あの時、助けがきた、とみつが喜んだ意味がわからない。
私が怪訝そうな顔をしている事を察したのだろう、ちょっと笑って、口を開いた。
「それでね、狼ってのは、獲物の後ろをついてきて、振り返ったり、転んだりして隙を見せたら襲って食べちゃうんだってぇ。でも逆に、後ろを見たり、転んだりしなかったら、帰り道を安全に送ってくれる、っていう事でもあるんだ〜。狼以外には襲われなくなる、っていう解釈で良いんじゃないかな。だからあの時、あの狼たちは、私達を送ってくれていたんだよ~」
いやあ、お参りしたかいがあったな~、とのんびり言い、また一口お茶をすするみつ。
でも、あの時私は、アレに惑わされ後ろを振り返ってしまった。
それでも襲われたのは、おそらく、あの化け物の方。
何故だったんだろう。あのお守りが、何か助けてくれたんだろうか。
そういえば、あの子犬を見て、化け物も振り返ったんだっけ。
そう、みつに聞いてみると、みつは驚いたような顔をしたあと、不思議そうに首を傾げた。
「確かに、謎だねー。おそらく、狼を見た、と認識されたのがあの化物の方、だったんじゃないかなぁ。狼達のテリトリーである林の中なら、狼の方が強いからね。あの狼たちも、アレには恨みがあっただろうから、丁度良かったんじゃない? でもかおちゃん、危なかったね。本当に無事で良かったよ」
「たぶん最後に、みつの言うオオイヌ様、が助けてくれたんだと思う。優しそうな、犬の声を聞いたわ」
あの時の事を思い出しながらそう言うと、みつは、そっか、と言ってホッとした顔をしていた。あの肉球の感触を少し思い出して、私もちょっとほっこりした。
次の日。
事務所にいくと、神棚に高そうなお酒が置いてあった。
既にいたみつを見ると、笑っていた。なるほど。
私も、神棚の前で一つ手を合わせ、心の中でお礼を言った。
少しだけ、優しそうな犬の声が聞こえた気がした。気のせいかもしれないけど。
もう一度手を合わせ、私は、自分の仕事に戻った。
平穏な日常が、幸せだと噛みしめながら。
玉葉くんが居れば、もっと幸せなんだけどな。
玉葉くんは、まだ帰ってこない。
おわり。
これにて、本当に終わりです。お付き合い頂き、ありがとうございました。
活動報告にて、書けなかった裏話とかネタバレとかめっちゃ書いてるので、良かったらそちらもぜひw




