帰路
手を引かれながら私は、みつを改めて見て、声をかけた。
「みつ、ごめんなさい。……ありがとう、助けにきてくれて」
私の言葉に振り向いたみつは、パッと顔を明るくさせて、ううん、と首を振った。
「みつが、したい事だったから。本当に、無事で良かった。それでね、この先に嶺川が車を止めてるはずなんだ。そこまで、頑張れる?」
「大丈夫。走れるわ」
私の言葉に、みつはホッとしたような表情をした。
後ろから、明かりが漏れてくる。
夜目がききはじめたというのもあるだろうが、みつは、迷う事なく木々の間を走っていく。
まるで、あの夢のように。違うのは、後ろから追ってくるモノがいない事。
現実だという事。
その会話から数分、崖のような場所の前に出た。
不安になってみつを見ると、みつは、比較的緩やかな斜面を指さして、あの上だよと、いとも簡単に言った。
斜面を登るのも、久しぶりだなあ。ちょっと溜息をつくと、みつが苦笑していた。
みつが、私の手から手を離す。離れた場所が、少し、涼しい。離れた場所を無意識に撫でる。
そうこうしている間にも、みつはその傾斜を登り始めていた。私も、置いて行かれないように、慎重に登る。
思ったよりは苦労せず登りきり、固い水平な場所に出た。みつが歩いていく方向には、車のような陰が見えた。エンジン音が聞こえる。
その車に向かって、みつが手を振った。
車が、一瞬ライトを点灯し、消した。
みつは、確信を持ってその車に近づいて行くようだった。私も、少し遅れてその車に近づく。
車の横までたどり着くと、ゆっくりウインドウが下りた。
「お帰りなさい、不破さん。ちゃんと、助手さんと帰ってきましたね」
朗らかな、そしてたぶん、嬉しそうな嶺川の声。
みつはその言葉に肩を竦めただけで、乱暴に後部座席のドアを開け、乗り込んだ。奥に座り私を見るので、素直にみつの横に座り、ドアを閉めた。
「……狼谷さんは」
「本人の望み通り、依頼人には死んだと告げるしかないね」
アクセルを踏み、そろそろと車は走り出す。
「そう、ですか」
嶺川も、みつも、それ以降は、その狼谷という人の事を話す事は無かった。おそらく、あの男性の事なんだろうなと、なんとなく察した。
車は、静かに走り続ける。
私達の、現実に帰るために。
地平線が、薄く白く輝き、道端の小さな石碑を照らす。
朝日に照らされたその男女二対の石碑は、去り行く私達を見送っているようだった。
あの後、嶺川は一回休憩を挟んだだけで、運転をずっと頑張ってくれた。おかげで、夕方になる前には事務所に着いた。
眠らされていた私の荷物と、みつの荷物は、嶺川がいつの間にか回収してくれていたおかげで、無事だった。凄くありがたかったけど、つい荷物の中身を確認してしまったのは、許してほしい。ちゃんと礼は言った。
嶺川は、私達を事務所のビルの前に下ろすと、
「今回は、助けて頂いて、ありがとうございました」
そう、律儀に運転席で頭を下げた。
「礼なら、柿森さんに言って。私達は、依頼で行っただけだから」
みつが素っ気なくそう返すと、嶺川は苦笑して、もう一度頭を下げ、車を発進させた。柿森さんの事務所に、帰って行ったようだった。
ああ、事務所が、もはや懐かしい。
私は、眠らされていたから、多少は体力が残っているんだけど、みつは徹夜だろう。車内で少し寝たとしても辛いハズだ。
玉葉くんが気になるので事務所に寄ると私が言ったら、ついてきた。
お家に帰って、寝ていいのに。そう思ったが、口には出さず、一緒に事務所に向かう為、階段を上った。
事務所のカギは、かかっていた。玉葉くん、帰ってきてないみたい。
ちょっとがっかりしながら鍵を開け、カランコロンと事務所のベルを鳴らす。
やっぱり、玉葉くんは、いなかった。
「……ん?」
私の後ろで、欠伸をしていたみつが、何かに気づいたように、声をあげた。
「どうしたの? みつ」
事務所に入り、換気の為に窓を開ける。
外から吹く風は、涼しさを含んで、気持ちのよい温度だった。
「いや……気のせいかな。とりあえず、かおちゃんも疲れてるだろうし、明日はお休みしていいよ。窓も閉めておくから。また、明後日ね」
みつは一人で首をひねっていたが、パッと私を振り返り、そう言った。
見慣れた、と思っていたみつのそのへんにゃりした笑顔に、ああ、本当に、日常に帰ってこれたんだと、ホッとした。
「わかったわ。……みつ、本当に、助けにきてくれて、ありがとう」
みつを振り返り、そう頭を下げると、みつは慌てたようにして、私の頭を上げさせた。
「言ったでしょう? かおちゃんは、みつが守るって。攫われた時は心臓が止まるかと思ったけど、無事に帰ってこれて、本当に良かった」
そう言って、本当に満足そうに笑う、みつ。夕焼けの光がみつの顔を横から照らす。
その笑顔に、なんだか、強い既視感と懐かしさを抱いた。
頭が、フラッとする。なんだろう、今の。なんで、見た事がある、なんて思ったのだろう。
……あの時、変なお茶を飲んだから、まだその副作用が残ってるんだろう。そう。無理やり自分を納得させた。笑顔をつくり、みつを見る。
「ありがとう。明日は、ゆっくりさせてもらうわね。じゃあ……また明後日」
私の、一瞬の違和感には気づかなかったようで、みつはそのへんにゃりした顔のまま、
「うん~、ゆっくり休んで~」
そう言って、手を振った。
私も少し手を振り、事務所を出た。
帰り道は、夕焼けが綺麗に街を染め上げていた。
本編、これにて終わりです。お付き合い頂き、ありがとうございました。
次は後日談です。




