みつの探索
一方その頃。
薫と別れたみつは、部屋を出て左手に曲がったあと、廊下を歩きながら外が見える窓から外を見ていた。
廊下の窓側は、うっそうとした林のようだった。少し斜面になっており、上の方は窓から見えない。なぜ、このように日当たりが悪い側に窓を取り付けたのだろうか。
みつは興味を覚え、さらに窓から外を見ていた。
ふと、外の地面に、へこみが見えた。最近雨でも降ったのだろうか、その足跡は落ち葉に隠されながらも、ある方向へ向かっていた。しかもその足跡は、スニーカーのようなゴム靴のようなもの。そして、男性のものと思われる大きさだった。
みつは、覗いていた窓から顔を離し、廊下の左右を見た。見渡す限り、人影は無い。廊下を歩いてくるような気配も無い。
静かに左右を確認し終わったみつは、頭の高さにある窓のロックを外し、窓の片側を開けた。履いていたスリッパを脱ぎ、外に投げ捨てる。そのすぐ後、窓のさんに両手をかけ、ふんっと力を入れて、自分の身体を持ち上げた。
やすやすと窓まで身体を持ち上げ、そのまま窓から上体を出し、左右を確認する。外にも、誰もいないようだ。確認し終わると、みつはズルリと上体を窓の外に乗り出し、さんに足をかけて、外に飛び降りた。
慎重に着地し、思った以上に音をたてずに地面に降りられた。
外に投げ出したスリッパを探し出して履き、廊下の壁側を伝って、歩き出した。あのスニーカーのような足跡は、向こうに見える蔵に続いているようだ。
この足跡が、嶺川のものであるという確証はない。出入りしている庭師のものかもしれない。だが、明らかにあの蔵めがけて、一直線に歩いて行っている。何か、ある。
みつは、その確証と共に慎重に、見つからないように壁沿いに蔵に向かって歩いて行った。
拍子抜けするほど簡単に、誰にも会わず蔵に着いた。敷地の中でも、奥まった所にある蔵のようだ。
窓から中を覗きたいが、ここから見える高さに手頃なのが無い。小さくて、しかも柵をしている。
蔵の前に周るのはリスクがデカいが、ここに必ず何かある。
みつはそう確信し、左右を警戒しながら、蔵の前に出た。
そこにも、人影は無かった。ならば遠慮はいらないだろう。
みつは蔵の前に立ち、扉を閉じているバカでかい鎖とそれを閉じている錠を見下ろしていた。後ろを振り返るが、誰もいない。
いや、むしろこの蔵は、他の蔵に巧妙に隠され、表からは見えないようにされているらしい。いったい、何故こんな造りをしているのか。
簡単だ。
隠したい何か、があるからだ。
みつは古い錠に手をあて、例のカギを開ける呪を唱えた。
古いが、複雑な鍵が必要な、堅固な錠だった。鍵開けをしようとする盗人は、苦労するだろう。
みつにしては長い時間をかけて、その錠はカチャカチャと開いていった。鎖から錠を取り、重たい扉を開いた。
ギィイと重たい音を立てて開けた蔵の中は、薄暗く、黴臭かった。思わず鼻を覆った次の瞬間、
「んー!」
くぐもった、何かの音が聞こえた。明らかに、人の声だった。
さっと左右を見渡したが、どうやらど真ん中にある階段の上から聞こえるようだ。古く、きしむ階段をそろりそろりと上がり、上の階を確認するように見渡す。
すると
「んんー!」
口に布を巻かれ、手足を後ろで縛られ横倒しで放置されている、男性がいた。間違いない、嶺川だ。
「嶺川、あんたこんな所で何してんの」
みつが慌てて近寄ると、嶺川は目と首で、奥の方を必死に指し示していた。海老ぞりの姿勢で、一生懸命。とりあえず、口の布を下ろしてやる。ぷはっと息を吐くと、
「不破さん! 来てしまったんですね。あぁ全く。それより、あの奥の牢の中に依頼人がいます! 助けてあげてください」
それだけ元気にまくし立てられるなら、大丈夫だろう。
みつは嶺川の指し示す方向を見た。確かに、小さな牢のように太い木で柵をしている一角がある。その中に、壁にもたれかかるように座っている、青年。
目を閉じ、眠っているようだが、その様子はただ事ではなかった。薄暗い蔵の中だというのに、ハッキリと見て取れる青あざが、いくつも、いくつも。晩夏とはいえ夜は寒くなるのに、来ているのは薄い着物を一枚。着物から投げ出された手足は、細い。その手足には、手錠のような腕輪足輪と、鉄製の鎖。
酷い。純粋にそう思った。
今ここに、かおちゃんが居なくて、良かった。必要以上に、この人に同情するだろうから。
みつはそんな事を考えながら、中の男性に声をかけた。
「ねえ、生きてる?」
「わからない」
投げやりだが、思ったよりは死にそうな声ではなかった。手足の細さは、もしかしたら生来のものなのかもしれない。
「嶺川、この人で合ってんの?」
「合ってますよ。仮に違ったとしても、このまま見捨てるのはどうかと思いますよ」
案外元気なので、このままここに寝っ転がしていおいていいかもしれない。みつのそんな機敏が分かったのだろう。慌てて、
「とりあえず、ここから出ましょう。村人は、今日は祭りの準備にかかりきりでこの辺にはほぼ居ないハズですから、脱出は容易でしょう」
そう、フォローするような事を言った。みつは顔だけで嶺川を振り返り、肩をすくめた。
「まあ、いいや。早いとこ戻らないとまずいし」
みつはそう呟くと、牢の鍵穴に手をあて、同じ呪を使った。これは、簡単に開いた。ギッと音を立てて、牢の扉は開いた。
その様子を、驚いたような目で見る、細い青年。
その青年をこちらも観察すると、手と足から出ている鎖は、壁につながっていた。悪趣味もいいところだ。
眉を寄せたみつは、男性の前にかがみこみ、その鉄製の手錠ごと男性の腕を下手でもった。男性は驚いた顔をしたが、特に抵抗を見せなかった。理解が追いついていないのだろう。
「汝を縛る鎖は無し。汝を繋ぐ鎖は無し。汝を繫ぎ止める鎖は空となり、錠は鍵に、鉄は砂に。急急如律令」
みつが静かに唱え終わると、男性の手錠と鎖が、パンっとはじけ、砂になった。砂はさらさらと男性の身体の上に落ち、地面に流れた。
呆然としている、男性と、後ろの嶺川。
質量を持った鉄を、魔法のように砂にかえたみつに、驚異と畏怖の顔を向ける。みつは平気なかおをして、
「ほら立って。逃げるんでしょ」
と、男性ににべもなく言っている。男性はその言葉でハッとしたように、立ち上がろうとした。が、急に立ち上がったからか、フラッとして足をもつれさせた。そのまま、地面に手をつき、また地面の上に座った。
その様子を見るに、どうも村に戻ってからずっと、ここで監禁されていたようである。みつは眉をよせ、いったんまだ転がっている嶺川のもとに向かった。
近くにあった鎌で、嶺川の腕と足の太いロープを切る。古いもので切れ味が悪かったが、何とか切る事ができた。
「あー、痛ってえ。あいつら、本気で縛り上げやがって」
嶺川は立ち上がりながら、手首をさすっていた。手首には、赤黒い痕。そんな嶺川を見ても眉一つ動かさず、みつは言い放った。
「嶺川、あんたの依頼人でしょ。頼んだ。私、いい加減かおちゃんの所に戻らないと」
「え! 助手さん一緒なんですか?!」
みつの言葉に、嶺川が慌てたようにみつを振り返った。男性に肩を貸しながらも、切羽詰まったように言う。
「それ、ヤバいっすよ、不破さん。この祭り、男が生贄の場合、女性も必ず一緒に生贄に差し出す必要があるんですよ。男性は村の人間である必要があるけど、女性はだれでも良いんです。いいですか、誰でも、ですよ」
「は?……まさか!」
みつは勢いよく来た道を戻り、階段を駆け下りた。もう、音など気にしていられない。もう階段を降りきる。
その時、車のエンジン音がした。二段飛ばして階段を降り、地面に着く。そのままの勢いで蔵の扉を開け、外に出る。車が、向こうに行くのが見える。間違いない、あの朽木とかいう男の車だ。客人を置いて出かけるだろうか。嫌な、予感が背筋を駆け上がる。
その予感のまま、みつは嶺川達をほっといて、もと来た道を駆け戻った。あの窓の所まで戻り、また軽々と窓から家の中に入る。人が居る居ないなど気にしていられない。窓からドスンと降りても、誰も来る気配がない。
そのままスリッパを外に置いてきたことすら忘れ、もといた部屋に戻る。
スパーン! と勢いよく障子を開けると、
「かおちゃん……」
そこに、想った人の姿は無く、ただ転がった湯呑と、手つかずのどら焼きだけがあった。
薫が座っていた座布団までふらふらと歩き、膝から崩れ落ちた。そのまま呆然としていたが、膝の裏に硬いものが当たった。
座布団の下から取り出すと、バレッタだった。いつも、薫が使っている、地味だが綺麗な模様が入った、長四角のバレッタ。
みつはそれをギュッと握りしめると、深呼吸をして、目を開けた。
その目は、取り戻すという決意満ちていた。
バレッタを握りしめたまま、みつは勢いよく立ち上がり、駆けだした。
玄関で自分の靴を履き、扉を勢いよく開けて外に出る。あの男の、車は無かった。
去った方をギッと睨みつけ、ふいっと踵を返し走り出した。




