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不思議な事調べます-不破探偵事務所-  作者: 灯流
彼岸の月に咲くは、花か、焔か
122/137

はしばた村




「つぎは~、ひがんじ~、ひがんじ~、終点です。お忘れ物無きよう、お降りください。ご利用、ありがとうございました」


 男性のアナウンスと共に、プシューという音がして、バスが停まった。

 日が暮れるにはまだ早い時間に、目的地に着いたようだ。

 ひぐらしすら鳴かない、うっそうとした山の中を走ってきたにしては、立派な山門の前にバスは止まった。こんな山の中だし、さぞこじんまりした寺だろうと思っていたら、大きさはたしかに大したことないが、豪華に装飾が施された、立派な寺があった。山門から続く道の奥に鎮座している姿は、威圧的ですらある。


 だが、山門からは入れないように柵が立てられていた。

 バスを降りて、はじめて気づいた。祭りというのは、この寺にも関係があるのだろうか。単純に、お参りの時間を過ぎてしまったのだろうか。あたりを見回してみるが、人影は無い。


「みつ。閉まってるわね」

「そ~だね~」

「どうする?」

「う~ん、まずは、探したいものがあって〜。この近くには無いのかなあ」


 みつは、山門を無視して、バスで来た方を戻り始めた。


「ちょっと、どこ行くの?」

「この村の、さかい

「境?」

「うん。あ、あったよ。案外、小さい村なんだね」


 みつが向かっていくのは、道端にある小さなお地蔵さんみたいなものだった。石で作られているようだが、二人横に並んでいるような形をしていた。珍しいお地蔵さん。でも、お地蔵さんとも違うみたいだった。

 みつは、その石像の前にかがむと、目を閉じそっと手を合わせていた。みつがそうするなら、私もした方が良いよね。みつの横にしゃがみ、同じように目を閉じ手を合わせた。

 少しもしないうちに目を開け、立ち上がる。みつも、その少し後に立ち上がった。


「みつ。この石像は、なに?」


 私の問いかけに、みつは私の顔を見ただけで、前を歩き出した。どうしたんだろうと思ったが、何も言わず私もその後ろを歩き出す。

 少し離れたところで、みつが私を振り返った。


「あの石像はね~、道祖神どうそじん、っていう道の神様なんだよぉ。村に悪いものが入ってこないようにしたり、旅人の守り神だったり、子孫繁栄の神さまだったり、いろいろあるんだよお」

「へえ。いろんなご利益があるのね」

「そ~だねぇ。……入ってくるのを防ぐのか、出ていくのを防ぐのか」


 みつがボソッと呟いたが、私には何の事かさっぱりわからなかったので、黙って歩いた。


 バスから降りた場所に、戻ってきた。つまり、あの山門の所だ。相変わらず、柵がしていて、入れそうにない。人影も依然見えない。


「どうしましょうか?」


 先ほどと同じ質問をする。みつはその柵と、その奥を見ていたが、


「ちょうどいいし、ちょっと調べてみようか」


 そう言うと、つかつかと柵がしてある山門に歩いて行った。まさか、そのまま柵を乗り越えて、あちら側に行かないよね? 確かに、大人ならまたいで超えられるような高さだが、まさかね?


「こんにちは」


 みつが、柵に手をかけ向こう側に身体を乗り出した瞬間、後ろから男性の声が聞こえた。


「あ、こんにちは」


 慌てて振り返ると、そこには人の好さそうな笑顔を浮かべた、老人というには少し早いぐらいの男性が立っていた。地元の人だろうか。みつをちらりと振り返ると、みつは柵に手をかけた体制で、止まっていた。


「もしかして、観光客の方ですか?」

「はい。ここの彼岸花がすごく綺麗だって聞いて。ごめんなさい、友達がどうしても彼岸花を見てみたいと。ほら、やっぱりダメだって」


 みつを振り返って、さも何も知らなかったように声をかける。みつは肩をすくめたが、しぶしぶこちらに歩いてきた。


「ごめんなさぁい」

「いえいえ、残念でしたね。ここ一週間ほど、お祭りがありまして、立ち入りが禁止になっておるのです」

「そうだったんですね。すみません、そこまでは調べられていなくて。あの、ほかに観光するような所はありますか?」

「う~ん。難しいねえ、特に何も無い田舎だからねえ」


 明らかに、がっかりしたような雰囲気を作る。男性が、気の毒そうに私を見ている。

 何とか、この男性からもっと話を聞き出せないだろうか。私がそう考えを巡らせていると、


「ここまで来てくれたのに、申し訳ないねえ。何もない所だが、良かったらウチに来ませんか。お茶ぐらい出しますよ。庭も、この辺の中では立派な方ですから、良かったらどうですか」


 願ってもないチャンスだった。

 みつを見る。みつは寺の方を振り返っていたが、男性の言葉に振り返り、頭の後ろをかいて微妙な顔をしていた。良いのかダメなのか。

 男性は私達を見比べて、人の好さそうな笑顔を浮かべている。

 いつもなら、知らない人の家に行くのはためらわれるが、今は少しでも情報が欲しい。この男性しか手掛かりが無いというのなら、仕方ないのではないだろうか。


「そこまで、お言葉に甘えてよろしいんですか?」

「ええ、どうぞどうぞ。何もない所ですが、ゆっくりしていってください」

「ねえ、良いよね?」

「そ~だね~」


 みつが頷いたので、私は男性に感謝の言葉を述べて、その提案を受け入れた。

 男性は私達が頷いたのを見て、にっこりと皺を深くして笑った。そして、自分の車まで案内してくれた。今日は、ボランティアで山門の前の掃除をしていたそうだ。ちょうど帰る時に、私達の姿を見つけて、わざわざ教えに来てくれたらしい。運が良かったみたい。


「そういえば。私は、朽木くちきといいます。まあ、この村の中で世話役のようなものをしとります。お嬢さん方は?」

「わた」

「私達は、こっちが友達の鈴木さん。私が山田です」


 男性、朽木の問いかけにこたえようとした時、私の言葉にかぶせるように、みつが自己紹介をした。そう、偽名の方の。確か、狐の宗教団体に乗り込む時に決めた、偽名だったような。


「へえ、言ったらなんだけど、二人とも良く聞く名字ですねえ」

「そうなんですよ~、よく言われます~。朽木さんは、珍しい名字ですよねえ。朽ちた木、と書くんですかあ?」

「よく、ご存じですね。そうです、朽ちると、簡単な方の木と書きます」

「この間読んだ小説の登場人物に居ましたよお。珍しい名字って、羨ましいよねえ~」


 みつが、私に話を会わせろと言わんばかりに、こっちを向いた。その平然とした様子に半ば呆れながら、


「そうねえ。あんまり聞いたことない名字って、なんかカッコいいわよね」


 みつに話を合わせた。

 実際、神凪も、不破も、珍しい名字だ。私なんか、同じ名字なんて祖父母以外見た事ない。不破は知らないけど。さっき言った事は、実際に私が言われた事だった。名字なんて、自分ではどうする事もできないものだが、褒められるとちょっと嬉しいものだった。だから言ってみたのだが、朽木はルームミラーを見ると、苦笑していた。


「いやいや。そんな良いものじゃないですよ。たまに縁起が悪いと言われます」

「そ~ですかあ~? どんな縁起が悪いんですかあ?」

「いや、ははは、田舎ですから、いろいろあるんですよ。ああ、ほら、家に着きましたよ」


 朽木が、不自然に誤魔化すように前を見るように促す。素直に前を見ると、でかい、家があった。いや、二階建てとか一階だけなんだけど、横に広がり、屋根の瓦が黒く輝いている。蔵もあるようだし、家を囲む塀は、向こうまで続いている。こ、この人お金持ちの人?何者??

 私がポカンとしていると、朽木が苦笑した。


「いやはや、古いだけで、増築を繰り返して色々大変な事になってまして。使ってるのは一部だけなんですよ」


 お恥ずかしい、とばかりに言うが、謙遜にも程があると思う。これ、どうみてもこの村の重要な人物の家なのでは? 当たりを引いたのではないだろうか。


 朽木の車は、塀を通り過ぎ一番大きな建物の玄関の前に止まった。無造作に横づけしたような停め方だったが、あと何台も車が停められる。広い。


「どうぞ、大したおもてなしもできませんが」


 車のカギをかけ、朽木は玄関を開けた。ガラガラという重い音とともに開いた玄関の奥は、磨かれた床と、飴色の太い柱と、鷹とかのはく製と、なんか金持ちっぽい雰囲気があった。

 物怖じする私を置いて、みつはさっさと玄関の中に入って行った。慌ててついていく。まるで、友達の家に来たかのような気楽さのみつを、本気で羨ましいと思った。

 靴をそろえて脱ぎ、三和土から上がると、朽木が先導して歩き出した。ツルツルの廊下を歩きながら、ニ回ほど角を曲がり、大きな障子の部屋に着いた。凄く、和風なお金持ちの家だった。

 障子を開けると、ガラス戸があり、立派な庭が見えた。床の間には花が、彼岸花が一本と、読めない書の掛け軸がかかっていた。

 客間だろうが、すごく立派だった。朽木に促されるまま、中央にある広い机の前に座った。座布団が、ふかふかだ。


「さて。お茶をご用意しますので、しばらくお庭など眺めてお待ちください」


 朽木はそういうと、気兼ねせずくつろぐように言い、障子戸の方から出て行った。

 朽木が出ていった瞬間、足を崩すみつ。は~、などと気の抜けた声を出す。


「みつ。なんで、偽名を?」


 足を崩した事を咎める事はせず、(くつろいでって言われたし)気になっていた事を聞く。足を崩し、腕を後ろに着いて、後ろに上体を倒した姿勢で、みつが私を見た。長いツインテールの先が、畳についている。


「ん~とね、用心のためかなあ。かおちゃん、私、今度あの人が戻ってきたら、ちょっとお手洗いって言ってこの家探索してくるね。その間、なるべくあの人の注意をひきつけておいて欲しいんだあ。お願い、できるかな」


 後ろに倒していた上体を起こし、私を心配そうに見る。いや、逆でしょう。


「そんな危ない事して、大丈夫? そのための偽名?」

「まあ、そんなところ~。大丈夫。この家に迷って、ちょっと色々調べるだけだから。こんな家に住んでる人間が、この村で起こっている事に無関係なわけないも~ん」


 みつが、ちょっと悪い顔で笑う。こうなったら、駄目だと言っても勝手にやるだろう。仕方ない。せっかくみつからの頼み事だ。


「そう。わかったわ。なるべく、長くお話してみる。危ないと思ったら、引き上げてくるのよ、良いわね」

「うん! ありがと~かおちゃん」


 へんにゃり笑うみつ。結局、みつのやる事に私は口を出せない。それならば、助手らしく手伝いぐらいはしようと思う。自分にできる事なんて、対人コミュニケーションぐらいだし。まあ、窃盗とかの犯罪には手を染めないだろうし、大丈夫、よね??


 そんな事を話していると、廊下から足音がした。

 障子が開く音がする。振り返ると、自ら茶器の入った盆を持った、朽木がいた。


「やあ、お待たせしました。どうですか、うちの庭は」

「ええ。素晴らしいですね。ちゃんと手入れされてるのがわかります」

「庭師の腕がいいんですよ。ささ、どうぞ」


 朽木自ら、急須から茶を淹れて、私達によこした。恐縮しながら、それを受け取る。


「すみません。お手洗いってお借りできますか? ちょっと、バスに揺られて、お腹が……」

「ああ、それは大変だ。トイレはちょっと遠いんですが、この部屋を出て左手に曲がって歩いて行きます。すると、分かれ道が出てくるので、それを右手に曲がります。曲がると目の前にあるので、すぐわかると思います」

「わかりました。ここを出て左ですね。お借りします」


 みつは、そういうと少しお腹を押さえながら障子を開け、少しキョロキョロして、障子を閉めて左に曲がったようだ。それを見送って、朽木を振り返る。


「すみません。ちょっとお腹がゆるい子でして」

「いえいえ、大変ですなあ。ささ、鈴木さんでしたか。どうぞ、うちで栽培している茶葉を使ったお茶と、この近くにある和菓子屋のどら焼きです」

「ここまでしていただいて、すみません。ありがとうございます、いただきます」


 目の前に差し出された、暖かい湯気を上げる黄色みの強いお茶と、ふっくらとして茶色の焼き色が食欲をそそる、どら焼き。良い所のお菓子っぽい。

 ありがたく、湯呑を手にし、中のお茶を飲んだ。

 甘い。なんか、花の蜜のような……?

 と、思った、次の瞬間。


「え」


 世界が、急に一回転した。ぐらりとすらしていない。

 あまりに急激に。突然だった。

 目の前に天井が来た、と思った次の瞬きをするぐらいの間に、私は白い闇に落ちていった。


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