はしばた村
「つぎは~、ひがんじ~、ひがんじ~、終点です。お忘れ物無きよう、お降りください。ご利用、ありがとうございました」
男性のアナウンスと共に、プシューという音がして、バスが停まった。
日が暮れるにはまだ早い時間に、目的地に着いたようだ。
ひぐらしすら鳴かない、うっそうとした山の中を走ってきたにしては、立派な山門の前にバスは止まった。こんな山の中だし、さぞこじんまりした寺だろうと思っていたら、大きさはたしかに大したことないが、豪華に装飾が施された、立派な寺があった。山門から続く道の奥に鎮座している姿は、威圧的ですらある。
だが、山門からは入れないように柵が立てられていた。
バスを降りて、はじめて気づいた。祭りというのは、この寺にも関係があるのだろうか。単純に、お参りの時間を過ぎてしまったのだろうか。あたりを見回してみるが、人影は無い。
「みつ。閉まってるわね」
「そ~だね~」
「どうする?」
「う~ん、まずは、探したいものがあって〜。この近くには無いのかなあ」
みつは、山門を無視して、バスで来た方を戻り始めた。
「ちょっと、どこ行くの?」
「この村の、境」
「境?」
「うん。あ、あったよ。案外、小さい村なんだね」
みつが向かっていくのは、道端にある小さなお地蔵さんみたいなものだった。石で作られているようだが、二人横に並んでいるような形をしていた。珍しいお地蔵さん。でも、お地蔵さんとも違うみたいだった。
みつは、その石像の前にかがむと、目を閉じそっと手を合わせていた。みつがそうするなら、私もした方が良いよね。みつの横にしゃがみ、同じように目を閉じ手を合わせた。
少しもしないうちに目を開け、立ち上がる。みつも、その少し後に立ち上がった。
「みつ。この石像は、なに?」
私の問いかけに、みつは私の顔を見ただけで、前を歩き出した。どうしたんだろうと思ったが、何も言わず私もその後ろを歩き出す。
少し離れたところで、みつが私を振り返った。
「あの石像はね~、道祖神、っていう道の神様なんだよぉ。村に悪いものが入ってこないようにしたり、旅人の守り神だったり、子孫繁栄の神さまだったり、いろいろあるんだよお」
「へえ。いろんなご利益があるのね」
「そ~だねぇ。……入ってくるのを防ぐのか、出ていくのを防ぐのか」
みつがボソッと呟いたが、私には何の事かさっぱりわからなかったので、黙って歩いた。
バスから降りた場所に、戻ってきた。つまり、あの山門の所だ。相変わらず、柵がしていて、入れそうにない。人影も依然見えない。
「どうしましょうか?」
先ほどと同じ質問をする。みつはその柵と、その奥を見ていたが、
「ちょうどいいし、ちょっと調べてみようか」
そう言うと、つかつかと柵がしてある山門に歩いて行った。まさか、そのまま柵を乗り越えて、あちら側に行かないよね? 確かに、大人ならまたいで超えられるような高さだが、まさかね?
「こんにちは」
みつが、柵に手をかけ向こう側に身体を乗り出した瞬間、後ろから男性の声が聞こえた。
「あ、こんにちは」
慌てて振り返ると、そこには人の好さそうな笑顔を浮かべた、老人というには少し早いぐらいの男性が立っていた。地元の人だろうか。みつをちらりと振り返ると、みつは柵に手をかけた体制で、止まっていた。
「もしかして、観光客の方ですか?」
「はい。ここの彼岸花がすごく綺麗だって聞いて。ごめんなさい、友達がどうしても彼岸花を見てみたいと。ほら、やっぱりダメだって」
みつを振り返って、さも何も知らなかったように声をかける。みつは肩をすくめたが、しぶしぶこちらに歩いてきた。
「ごめんなさぁい」
「いえいえ、残念でしたね。ここ一週間ほど、お祭りがありまして、立ち入りが禁止になっておるのです」
「そうだったんですね。すみません、そこまでは調べられていなくて。あの、ほかに観光するような所はありますか?」
「う~ん。難しいねえ、特に何も無い田舎だからねえ」
明らかに、がっかりしたような雰囲気を作る。男性が、気の毒そうに私を見ている。
何とか、この男性からもっと話を聞き出せないだろうか。私がそう考えを巡らせていると、
「ここまで来てくれたのに、申し訳ないねえ。何もない所だが、良かったらウチに来ませんか。お茶ぐらい出しますよ。庭も、この辺の中では立派な方ですから、良かったらどうですか」
願ってもないチャンスだった。
みつを見る。みつは寺の方を振り返っていたが、男性の言葉に振り返り、頭の後ろをかいて微妙な顔をしていた。良いのかダメなのか。
男性は私達を見比べて、人の好さそうな笑顔を浮かべている。
いつもなら、知らない人の家に行くのはためらわれるが、今は少しでも情報が欲しい。この男性しか手掛かりが無いというのなら、仕方ないのではないだろうか。
「そこまで、お言葉に甘えてよろしいんですか?」
「ええ、どうぞどうぞ。何もない所ですが、ゆっくりしていってください」
「ねえ、良いよね?」
「そ~だね~」
みつが頷いたので、私は男性に感謝の言葉を述べて、その提案を受け入れた。
男性は私達が頷いたのを見て、にっこりと皺を深くして笑った。そして、自分の車まで案内してくれた。今日は、ボランティアで山門の前の掃除をしていたそうだ。ちょうど帰る時に、私達の姿を見つけて、わざわざ教えに来てくれたらしい。運が良かったみたい。
「そういえば。私は、朽木といいます。まあ、この村の中で世話役のようなものをしとります。お嬢さん方は?」
「わた」
「私達は、こっちが友達の鈴木さん。私が山田です」
男性、朽木の問いかけにこたえようとした時、私の言葉にかぶせるように、みつが自己紹介をした。そう、偽名の方の。確か、狐の宗教団体に乗り込む時に決めた、偽名だったような。
「へえ、言ったらなんだけど、二人とも良く聞く名字ですねえ」
「そうなんですよ~、よく言われます~。朽木さんは、珍しい名字ですよねえ。朽ちた木、と書くんですかあ?」
「よく、ご存じですね。そうです、朽ちると、簡単な方の木と書きます」
「この間読んだ小説の登場人物に居ましたよお。珍しい名字って、羨ましいよねえ~」
みつが、私に話を会わせろと言わんばかりに、こっちを向いた。その平然とした様子に半ば呆れながら、
「そうねえ。あんまり聞いたことない名字って、なんかカッコいいわよね」
みつに話を合わせた。
実際、神凪も、不破も、珍しい名字だ。私なんか、同じ名字なんて祖父母以外見た事ない。不破は知らないけど。さっき言った事は、実際に私が言われた事だった。名字なんて、自分ではどうする事もできないものだが、褒められるとちょっと嬉しいものだった。だから言ってみたのだが、朽木はルームミラーを見ると、苦笑していた。
「いやいや。そんな良いものじゃないですよ。たまに縁起が悪いと言われます」
「そ~ですかあ~? どんな縁起が悪いんですかあ?」
「いや、ははは、田舎ですから、いろいろあるんですよ。ああ、ほら、家に着きましたよ」
朽木が、不自然に誤魔化すように前を見るように促す。素直に前を見ると、でかい、家があった。いや、二階建てとか一階だけなんだけど、横に広がり、屋根の瓦が黒く輝いている。蔵もあるようだし、家を囲む塀は、向こうまで続いている。こ、この人お金持ちの人?何者??
私がポカンとしていると、朽木が苦笑した。
「いやはや、古いだけで、増築を繰り返して色々大変な事になってまして。使ってるのは一部だけなんですよ」
お恥ずかしい、とばかりに言うが、謙遜にも程があると思う。これ、どうみてもこの村の重要な人物の家なのでは? 当たりを引いたのではないだろうか。
朽木の車は、塀を通り過ぎ一番大きな建物の玄関の前に止まった。無造作に横づけしたような停め方だったが、あと何台も車が停められる。広い。
「どうぞ、大したおもてなしもできませんが」
車のカギをかけ、朽木は玄関を開けた。ガラガラという重い音とともに開いた玄関の奥は、磨かれた床と、飴色の太い柱と、鷹とかのはく製と、なんか金持ちっぽい雰囲気があった。
物怖じする私を置いて、みつはさっさと玄関の中に入って行った。慌ててついていく。まるで、友達の家に来たかのような気楽さのみつを、本気で羨ましいと思った。
靴をそろえて脱ぎ、三和土から上がると、朽木が先導して歩き出した。ツルツルの廊下を歩きながら、ニ回ほど角を曲がり、大きな障子の部屋に着いた。凄く、和風なお金持ちの家だった。
障子を開けると、ガラス戸があり、立派な庭が見えた。床の間には花が、彼岸花が一本と、読めない書の掛け軸がかかっていた。
客間だろうが、すごく立派だった。朽木に促されるまま、中央にある広い机の前に座った。座布団が、ふかふかだ。
「さて。お茶をご用意しますので、しばらくお庭など眺めてお待ちください」
朽木はそういうと、気兼ねせずくつろぐように言い、障子戸の方から出て行った。
朽木が出ていった瞬間、足を崩すみつ。は~、などと気の抜けた声を出す。
「みつ。なんで、偽名を?」
足を崩した事を咎める事はせず、(くつろいでって言われたし)気になっていた事を聞く。足を崩し、腕を後ろに着いて、後ろに上体を倒した姿勢で、みつが私を見た。長いツインテールの先が、畳についている。
「ん~とね、用心のためかなあ。かおちゃん、私、今度あの人が戻ってきたら、ちょっとお手洗いって言ってこの家探索してくるね。その間、なるべくあの人の注意をひきつけておいて欲しいんだあ。お願い、できるかな」
後ろに倒していた上体を起こし、私を心配そうに見る。いや、逆でしょう。
「そんな危ない事して、大丈夫? そのための偽名?」
「まあ、そんなところ~。大丈夫。この家に迷って、ちょっと色々調べるだけだから。こんな家に住んでる人間が、この村で起こっている事に無関係なわけないも~ん」
みつが、ちょっと悪い顔で笑う。こうなったら、駄目だと言っても勝手にやるだろう。仕方ない。せっかくみつからの頼み事だ。
「そう。わかったわ。なるべく、長くお話してみる。危ないと思ったら、引き上げてくるのよ、良いわね」
「うん! ありがと~かおちゃん」
へんにゃり笑うみつ。結局、みつのやる事に私は口を出せない。それならば、助手らしく手伝いぐらいはしようと思う。自分にできる事なんて、対人コミュニケーションぐらいだし。まあ、窃盗とかの犯罪には手を染めないだろうし、大丈夫、よね??
そんな事を話していると、廊下から足音がした。
障子が開く音がする。振り返ると、自ら茶器の入った盆を持った、朽木がいた。
「やあ、お待たせしました。どうですか、うちの庭は」
「ええ。素晴らしいですね。ちゃんと手入れされてるのがわかります」
「庭師の腕がいいんですよ。ささ、どうぞ」
朽木自ら、急須から茶を淹れて、私達によこした。恐縮しながら、それを受け取る。
「すみません。お手洗いってお借りできますか? ちょっと、バスに揺られて、お腹が……」
「ああ、それは大変だ。トイレはちょっと遠いんですが、この部屋を出て左手に曲がって歩いて行きます。すると、分かれ道が出てくるので、それを右手に曲がります。曲がると目の前にあるので、すぐわかると思います」
「わかりました。ここを出て左ですね。お借りします」
みつは、そういうと少しお腹を押さえながら障子を開け、少しキョロキョロして、障子を閉めて左に曲がったようだ。それを見送って、朽木を振り返る。
「すみません。ちょっとお腹がゆるい子でして」
「いえいえ、大変ですなあ。ささ、鈴木さんでしたか。どうぞ、うちで栽培している茶葉を使ったお茶と、この近くにある和菓子屋のどら焼きです」
「ここまでしていただいて、すみません。ありがとうございます、いただきます」
目の前に差し出された、暖かい湯気を上げる黄色みの強いお茶と、ふっくらとして茶色の焼き色が食欲をそそる、どら焼き。良い所のお菓子っぽい。
ありがたく、湯呑を手にし、中のお茶を飲んだ。
甘い。なんか、花の蜜のような……?
と、思った、次の瞬間。
「え」
世界が、急に一回転した。ぐらりとすらしていない。
あまりに急激に。突然だった。
目の前に天井が来た、と思った次の瞬きをするぐらいの間に、私は白い闇に落ちていった。




