狼の神社
大きな石碑に何が書かれているかはわからなかったが、そこを通り過ぎると、小さめの石の鳥居が出迎えてくれた。みつを見ると、複雑そうな顔をしている。
「どうしたの?」
「ううん、何でもないよ」
私が聞くと、みつはへんにゃり笑った。私に教えないという事は、言ってもわからないか、みつもハッキリわかってないかのどちらかだろう。ならば、深く聞く必要もない。そう、とだけ言って、歩き出す。
鳥居は黒っぽい石でできており、苔に覆われていた。小さいながらもがっしり立っていて、それなりに大事に建てられたのだろうと思った。
そのまま鳥居をくぐり、社に向かう前に手水舎を探したが、無さそうだった。もっと別の場所にあるのだろうか。それとも、こんなに小さな社だから無いのだろうか。このままお参りしていいのかな、と私が逡巡してるのがわかったのだろう。みつが、
「かおちゃん、手水舎が無いのを気にしてるの? 良い方法があるよ。みつの手の上に掌を乗せてみて」
みつは持っていたお酒を近くに置くと、両手のひらを上にしてこちらに差し出す。少し躊躇いながらも、みつの掌の上に、自分の手のひらを重ねるように、置いた。みつの手って、細くて柔らかくて暖かい。いがい。
「私の後に、おんなじ言葉を続けて。ゆっくり言うし、ちょっとぐらい間違っても大丈夫だから」
いつもみつが唱えているような事を言うのだろうか。できるかな。みつは安心させるように笑って、はじめるよ、と言った。
すぅっと、みつが息を吸い、次に吐くのは息と言葉。
「かけまくもかしこき」
「かけまくも かしこき」
「はらえどのおおかみに……」
「はらえどの おおかみに……」
みつがゆっくり言葉を紡ぎ、追う毎に、そよ風が吹いているような感じがする。不思議だ。
「……かしこみかしこみももうす」
「かしこみかしこみもうす」
みつの言葉が終わり追う私が全て言い切ったとき、スッと爽やかな風が噴いた。何だか清められた気がした。さすが、鷹也達の叔父叔母を極限まで清めただけある。私は、大丈夫そう(玉葉くんやマルちゃんシロくん可愛い)
「どう?」
「うん、なんだか、さっぱりした気分。凄いわね」
そう言ってみつの手から自分の手を離す。少し寒くなった手のひらが、不思議。清められたのと関係あるのかな?
みつは、満足そうに笑って、
「さて」
そう言って振り返った。みつの視線の先には、一対の狛犬と、小さなさびれた社。狛犬は犬というには、シュッとして精悍そうだ。あれは、狼なのだろうか。社の方は、腐ったり放置されているわけではなさそうだが、人が常駐する社でも無いらしい。
わきに置いていたお酒を持ち上げ、みつは社に向かって歩きだした。少し遅れて私も向かう。
みつはやしろの前、小さな賽銭箱の奥にお酒を置いた。そして、もったいぶったように大きな動作で、二回お辞儀し、二回手を打った。小気味の良い音が鳴る。そしてそのまま、先ほどのようにすぅと息を吸い込み、
「たかあまはらにかみずまります すめむつかみろぎかみろみのみことをもちて おおやますみおおかみをおぎまつりて……」
言葉を浪々と響かせて、そう、先程とは違いまるで誰かに聞かせるように唱えていく。これは、聞いた事がない。あの、白い狼さんを呼び出した時に、よんでいたものとは違うみたい。たぶん。私は、神社の前でただ手を会わせていた。みつの唱える音に耳を傾け、手を合わせる。それだけ。
それだけを、何分していただろう。
「……やおよろずのかみたちもろともに きこしめせともおす」
音が、止んだ。みつが深くお辞儀をする。私も、それを見てお辞儀をする。
ふーっ、と息を吐く音がして、頭を上げた。何かをやりきった顔のみつが居た。
「さ、帰ろうか、かおちゃん」
「もう良いの?」
「うん。お参りは終わったから。さ、はしばた村に行こう」
みつは、さっさと歩き出した。私も歩き出す。と、ふと何かを感じて後ろを振り返る。鳥でも居たかな? 振り返ったけど、よくわからなくて、とりあえずもう一度お辞儀をして、みつの後を追った。
鳥居をくぐり、もと来た道を逆に歩きだす。
「ねえ、みつ。お参りにしては、なんだか大層な事をしていなかった?」
石碑を少し過ぎたあたりで、疑問に思っていた事を切り出してみる。みつと神社に行った事は少ないが、あの瀬尾のゆかりの神社に行った時は、ここまでしていなかった。ふつうにお参りしただけだ。お酒だって買ってない。みつは私の言葉に首を傾げた後、ああ、と苦笑して頷いた。
「うん。普通にお参りするよりは、これぐらいした方がご利益があるかな、って」
「そんなものなの?」
「そーだねー。ただ、あの神社にはあまり氏子が居ないみたいだから、ちょっと、がんばってみた」
「氏子って、そんな事までわかるの?」
「まあね~。別にね、氏子が多い少ないで、善し悪しがあるわけじゃないんだよ。信仰されてる、されてない、っていう強さはあるけど」
「ふぅん?」
信仰の強さ、か。それって、熱心な人が多いと強いのかな? でも、強さってなんだろう? 今の神社だって、けして打ち捨てられ忘れられた、という風には見えなかったが。私が混乱しかけているのがわかったのだろう、みつはへんにゃり笑った。
「とりあえず、お参りしたし、ご利益があると良いね~」
そんなものなのだろうか、軽いな。お参りしてご利益を、というのは少し短絡的な気もしなくもないが、困った時の神頼みとかも言うし、まあ、お参りして悪い事はないのだろう。
私達がそんなどうでもいい会話をしていると、案内所のおじさんが言っていた、バス停へ行く目印のタバコ屋についた。みつは迷わず角を曲がり、バス停に向かって歩き出す。私も続いて歩く。しかし、しばらく歩いても、それらしきバス停がない。不安になってくる。
「バス停、どこかしらね」
「たぶんもうちょっとしたら……あ。あったよ、かおちゃん」
みつが指さす先には、確かに一本足のバス停が立っていた。人が誰もいないし、座る所すらない、バス停。田舎だ。行先を見ると、何か所か経由して、はしばた村の彼岸寺に着くみたい。良かった。
丁度いい感じの時間についたが、予定時間より早く来る事は無さそうだ。バスって、遅れてくるイメージあるけど、やっぱりしばらく待たなければいけないのだろう。
ぼんやりと、空を見る。空は高く、雲も少ない。真夏よりは暑くなくなったとはいえ、日陰も無いこんな所でじっと待っているのは、少し辛い。気を紛らわせるために、みつに話しかける。
「ねえ、みつ」
「なぁに?かおちゃん」
私を見るみつも、額に少し汗をかいていて、暑いのだと思った。
「村に着いたら、まずどうするの?」
「そーだねー。観光客を装ってるわけだし、まず彼岸花の所に行こうか。そこが儀式の場所かもしれないし、何か手掛かりもあるかも」
「わかったわ。嶺川さん、無事だといいね。その、依頼人の恋人も」
「そーだねー。まあ、手を出せる状況なら、手を尽くしてみるよー」
「私に手伝える事、ある?」
「えっと……えーと」
「……わかった、おとなしくしてるわ」
みつが、ホッとしたように顔を緩める。まあ、わかってた事だけどね!戦力外通告。大人しく自分のできそうな事をしよう。例えば、対人コミュニケーションとか?
そんな話をしていると、バスが一台近づいてきた。慌てて、行先をみると、彼岸寺、と書かれていた。あれに違いない。
「みつ、来たみたい」
みつも振り返り、バスを確認して頷く。
バスが、私達の前で、止まる。乗客は、誰もいないみたいだ。行きと一緒ね。
みつが先にバスに乗り込む。私も、続いてステップに足をかけた時、ふと、何か感じた。視線? 後ろを振り返るが、何もない。かおちゃん? とみつに呼ばれて、我に返る。慌てて、ステップを上がり乗り込むと、後ろでバスの扉が閉まった。一体なんだったのだろう。
バスが、動きだす。私はもう一度窓の外、後ろを振り返ってみた。ふと、何か犬のようなものが見えた気がしたが、バスが道を曲がったので、確認する間もなかった。
バスは走り続ける。
山に向かって。
日没に向かって。




