案内所
「みつ、あそこで聞いてみましょう」
みつはあくびと背伸びを同時にしながら(器用)微妙な顔で頷いた。微妙な顔が気になるが、ほかにうってつけの所が無いし、仕方ない。
しかし、私にまかせっきりなのは別に助手のようなものだから(業務内で)良いとして、この人1人で依頼に行っていた時本当に行っていたのか疑惑が出てくるぞこれ……。
怖くなった想像はおいておいて、とりあえず小さな木製の建物に入る。扉は軽く開き、正面のカウンターに老年の男性が一人暇そうに座っていた。髪は白いがふさふさで、髭も手入れされており、丸眼鏡をかけていた。白髪だが見た目より若いかもしれない。私達が入ってすぐ、愛想よく挨拶してくれた。
「こんにちは。何かお困りですか」
「こんにちは。ちょっと、はしばた村?へのバスがこの辺から出てると聞いたんですが」
「はいはい、出てますよ。お客さんたちも、彼岸花を見に?」
「ええ、そうなんです。綺麗なんですよね」
「ええ、ええ、そりゃ見事なモノですよ」
男性は私と会話しながら、カウンターの下をゴソゴソ何かを探していた。
「あった。はい、どうぞ」
「?」
男性から渡されたのは、コピー用紙に印刷された、子供の手作りの地図みたいなものだった。
「あの村には、観光マップのようなものは無いから、昔あそこの子供たちが課外授業で作った地図を、ここで渡しているんです。何せ田舎だからねえ、殆ど変わらないんですよ」
男性が苦笑しながら二部渡してくれた紙には、確かに道路と、家らしき四角と、ところどころに小さな文字が書かれていた。男性が、眼鏡をちょっと上下させながら、指をさす。
「ほら、ここですよ、彼岸花が見れる場所は。お寺の裏手なんです」
「へえ、結構広いんですね?」
この地図を子供が作ったというなら、正確な縮尺はわからないが、寺であろう四角と比較してかなり大きく丸で囲んであった。二、三軒分ありそうだ。小さな文字はかすれていて読みづらかったが、ひがん寺のひがんばな。むかしから大切にされたそうです。と添えられていた。
「ねえ、狼の神社はある?」
退屈そうにあちこちを見ながら黙っていたみつが、急に口を挟んできた。男性は驚いたような顔をしたが、一瞬で戻った。そして、考えるような顔。
「さて……昔は有った、と聞きますけど。こっちの町にも小さい分社がありますが、山の方は、おっと」
男性はそこで、不自然に口をつぐんだ。みつはそのまま緩い声で、続けた。
「狼の神社って珍しいよね~。私達そこにお参りしたいんだけど~」
「本当に小さな無人の神社ですよ、行っても楽しい事はないと思いますけど……」
「いいのいいの。山の方は、さびれているんでしょう?」
男性は、曖昧に笑った。みつは肩をすくめて、
「とりあえず、場所を教えてくれたら、勝手に行くからさ~」
「あ、ダメよみつ。バスの時間があるわ。すみません、次のバスって何時ですか?」
おっと、ここに来た当初の理由をすっかり忘れていた。おじさんも思い出したような顔で、机の上に置いてある小さい数字が書いてあるが空白がたくさんある紙を見た。そして、壁にかかった案外新しそうな時計を見た。
「今から、一時間後ぐらいですねえ。それがここから出る最終ですし、行かれるなら急がれた方が良いかもしれませんね。村へのバス乗り場は少し離れた所にあるんです」
「わかった~。行ってみようよ、かおちゃん」
「本当に?」
みつは頷く。
私としては安全策をとって、ここでバスを待ちたい気分なのだが。先生様が言うなら仕方ない。男性に神社までの道のりを聞くと、歩いて十五分ぐらいと、歩けなくない距離にあるらしい。みつが、神社で何をする気かわからないけど、さっさと行ってさっさと村に向かうに越した事はないだろう。バスが一日三本って、田舎って感じがめちゃくちゃする。
はしばた村へのバス乗り場を聞き、狼の神社へ歩き出そうとした時、
「そうだ。バス乗り場に向かうなら、こちらにはもう寄られませんよね。良かったら、募金をお願いできませんか?」
そう、思い出したように言い、男性は可愛らしい四角い箱をカウンターの下から取り出した。あんまり、入っている音がしなかった。前を向いていたみつが面倒くさそうに振り返り、眉をしかめた。無視するのかと思ったら、黙って踵を返してカウンターに近寄り、ポケットから乱雑に一万円札を取り出し、無造作にねじ込んだ。そして面倒くさそうにさっさと外に出て行ってしまった。男性もだが、私もびっくりして反応できずにいた。慌ててみつを追いかけようとしたら、男性に声をかけられた。
「あ、あの、ありがとうございます。これ、良かったら、持って行ってください。大したモノじゃないけど、ご利益はあるかもしれないですよ」
そう言って、無理やりナニかを握らされた。みつがどんどん向こうに行ってしまうので、確認する暇もなく慌ただしくこちらもお礼を言い、みつの後ろを追った。
「みつ、待って」
案内所を出てすぐ声をかけた。みつは少し先でピタリ、と足を止めて私を待った。速足で近づく。
「なにもらったの? かおちゃん」
すると、ずっと前を向いていたハズのみつが、私の握っている右手を見て、言った。ビックリした。
「見てたの?」
「ううん、見てないよ。かおちゃんの手の中に、ナニか変なのがあるなぁって」
みつが感じ取れる、変なもの。そういった類のものかしら。恐る恐る拳を開いてみると、そこには小さなお守りがあった。どこにでもあるような、ちょっと良い布で作られたお守り。1つ違う所があるとすれば、小さく犬っぽい刺繍があること。どういう物だろう?
「み、みつ、これ、貰って良かったの? 捨てる?」
そう言いながらも、悪いかなぁと思って、後ろを振り返った。先程の男性の顔かちらつき、悪い気がしてならない。お守り捨てたり突き返したりするのも、何となく躊躇われる。
「まぁ~、悪いものじゃ無いみたいだし〜、ウソもついて無かったみたいだからぁ、大丈夫だと思う〜。とりあえず、狼の神社に行ってみようよ~」
まあ、一万円(みつの金)のお守りだし、せいぜい大事に胸ポケットにでも入れておこう。
みつは歩き出すが、今度は私を待つようにすぐ立ち止まった。私が追いついたので、前を向いてまた歩き出す。それは、あそこで聞いた狼の神社への道のり。一応、信じて良い情報だったみたいだ。
しばらく二人無言で、駅前の閑散とした住宅街を歩く。住宅街といっても、平屋が連なりすぐ密集しなくなる、良く言えば自然が多く伸び伸びできそうな町、だ。実際、人に合わないので、伸び伸び生活されているのかは、わからない。
途中で、見つけたこれまたさ……昔からありそうな酒屋に寄り、そこで小さい量の中で一番高い純米大吟醸を買った。みつがお酒を飲む所を見た事が無いが、いきなりどうするんだ、という顔をしていたのだろう。みつが苦笑して、お供えするんだよ~、と言った。神社に寄るものね、と納得したら、酒屋のおかみさんも納得したらしく、熨斗つけるかい、と聞いてきた。じゃあ、献酒で、と言うとおかみさんはさらさらとしたためてくれた。みつが料金を支払っていたが、お酒ってあんだけの量でこんなに高いんだ、と思ったが、お供えするのに高くて悪い事は無いのだろう。
そういえば、いつかの白い狼さんを呼んで、お帰り頂いたあと、みつが神棚にえらく高そうなお酒を供えて、祝詞を唱えていた。そういうものなのだろう。ちなみに、供えたお酒は、次の日には消えていたが、みつには何も聞けなかった。怖くて。
お酒を手にし、酒屋を後にした。
つらつらと何でもない話をしながら歩いていくと、あの男性がおしえてくれた目印を見つけた。というか、目印は大きな石碑だったのだが、そのすぐ向こうにさびれた鳥居と、石段が見えた。
あそこで間違いなさそうだ。




