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到着のち依頼



 あの少女に教えてもらった道は、一本道だった。


 そのまままっすぐ歩いていくと、大きな松が見え、ついで風情溢れる古民家が見えた。小さな電飾に彩られた看板には、『山幸彦』とちゃんと書いてあった。


「ほら、みつ。着いたでしょう」


 そう言って振り返る私に、みつはいつもの締まらない笑顔でこたえた。


「本当だね~。かおちゃん、ありがと~」


 ちゃんと、私でも役に立つこともあるのだ。ふふんと得意げに鼻を鳴らすと、古民家から一人の四十ぐらいの女性が出てきた。


「あら、お客さんですか?」

「あ、はい。今日からお世話になる、不破ですが」

「ああ、はいはい。伺ってますよ。ようこそ、いらっしゃいました」


 人好きのする笑顔で出迎えてくれたこの人は、この民宿の女将だそうだ。女将は笑顔を引っ込めると、物珍しそうに私達を見た。


「ところで、お客さん達。途中で道に迷いませんでした? いえね、だいたいここに初めて来られるお客さんは、迷ってしまうらしいんですよ。私たちは地元ですんで、なんで迷うのかわからないんですけど」

「そうなんですか。私たちは運よく、地元の子に教えてもらったので」

「そうでしたか。あっ、私としたことが。お客さん、お疲れでしょう。さ、どうぞ中へ」


 そう言って、女将は私達を促して、玄関の中へ入って行った。私もみつを促すため、振り返ると、みつは割りと真剣な顔でここから見える海の方を見ていた。


「みつ、中に入りましょう」

「えっ、ああ、うんそうだね」


 みつは私の言葉にはっとすると、ふにゃりと笑った。真剣な顔をしていれば美人の定義に入るだろうに、なぜこの人はこんなにも締まらなく笑うのだろうか。そんな疑問は口にせず、とっとと玄関に向かって歩き出した。みつも、慌てて歩き出した。 




 民宿といっても、旅館と言ってもさしつかえなさそうな広さだった。古民家自体が立派なため、内装も風情があった。

 女将さんに案内してもらいながら、説明を聞いていると角からぽんっと小さな人影が飛び出してきた。


「わっ。つかさ! 何してんの」


 女将さんにぶつかる前に、その小さな人影は止まった。女将さんが眉を寄せると、その子は肩をすくめた。


「いや、ユータん家に漫画忘れたから取りに行こうと思って…」

「今から? もう遅いから明日にしなさいよ」

「はぁい。あ、お母さん、後ろの人たちお客さん?」


 つかさ、と呼ばれた……少女だろうか、少年だろうか。声の高さは少女っぽいけど活発そうなその言葉使いは少年にも思える。

 その子の言葉に、女将さんははっとしたように私達を振り返って苦笑した。


「そうよ。すみません、お客さん。この子は私の子供で、つかさと言います。宿の事も手伝わせていますので、何かあったらお申し付けください。つかさ、不破さん達にご挨拶しなさい」

「こんばんは」


 そう言って、女将さんが少し体をずらし、その子つかさを私達に紹介した。ぺこりと頭を下げる。私もつられて頭を下げようとした時、ふと見覚えがあった。


「こんばんは。ええと、つかさちゃん? つかさくん?」

「つかさは女の子なんですよ。私も、見た目とか言葉使いとか、もうちょっと何とかして欲しいんですけど」

「そうだったんですね。あの、つかさちゃんには、お姉さんか妹さんっています? 私に道を教えてくれた子にそっくりなんです。一言お礼を……」


 私がそこまで言った時、親子が微妙な顔をした。何だろう、私がつかさちゃんの性別に混乱したからだろうか。

 女将さんが、言い出し難そうに私を見た。


「あの、お客さんそれは見間違いでは? うちのつかさは、一人っ子です」


 その言葉に、つかさちゃんも頷く。

 そう、なのか。確かに似ていると思ったのだが。

 確かに、あの女の子は艶のある黒い長髪で、つかさちゃんは日に焼けた少しこげ茶色の短髪だ。服装も、あの少女は簡易な白いワンピースだったが、つかさちゃんはTシャツに短パンと夏らしくともすれば少年のような格好をしている。だが、私が見たのは確かにこの子そっくりの子供だったと思うのだが。

 私があまりにも怪訝そうにしていたので、つかさちゃんが眉を寄せた。


「最近、おネーさんみたいな人が増えたんだよね。ぼくが居ない時と場所で、ぼくそっくりの姉か妹を見たって人。地元の人はぼくが一人っ子って事知ってるから、そんな事言ってこないけど」


 嫌そうにしゃべるつかさちゃん。女将さんからは、私でしょ、とたしなめられていたが、ぷいっとそっぽを向いてしまった。と、次の瞬間ハッとした顔で私達を見た。


「そうだ! おネーさんたち、あれでしょ。『不破探偵事務所様 ご一行』サマでしょ。ぼくの依頼、引き受けてくれない?」


 なんだ、その恥ずかしい予約の取り方は! 眩暈がしそうになり、みつを見ると、ドヤ顔でぐっと親指を立てていた。首を絞めたくなった。


「ね、お母さん良いでしょ。最近、気味悪いんだよ。何件もこんな事が起こるなんて」

「そうねぇ。最近ちょっと多すぎるわよねえ」


 これは、引き受けて良いものなのだろうか。ぜんぜん探偵らしい事をしていないが、そっくりな子供といえば隠し子というのは、あり得ない話ではない。女将さんの反応から女将さんには心当たりが無いようだが、父親はどうだろう。ここは、平和な家庭環境を守る為、面倒くさい事に巻き込まれない為、やんわりと断っておくほうが無難そうだ。


「ええと、ごめんなさいね。うちの先生、その、不思議な事を調べるのが専門で、普通の探偵さんとはちょっと違うというか」

「じゃあ、もっと適任じゃん。これってあれでしょ、ドッペルゲンガーってやつじゃないの?」

「ドッペルゲンガー、ねえ」


 勢いで言っていたつかさちゃんの言葉に、今まで黙って(面倒くさいからだろう)成り行きを見ていたみつが、後ろから口を挟んだ。

 つかさちゃんが、ちょっとびっくりしたようにみつを見た。存在を認識してなかったらしい。


「確かに、そっくりさんならその線はあり得るけどぉ、髪型が違うっていうのは聞いたことないな~」

「そうなの? じゃあ、ますます不思議な事じゃん。ねえ、調べてみてよ。お母さんもその方が良いでしょ」


 つかさの言葉に、女将さんが困ったように頬に手を当てた。そっくりなだけの人かもしれないし、と女将さんが言い淀むと、つかさちゃんがちょっと怒ったように反論した。


「それを言われ続けるぼくの身にもなってよ! 本当に気味悪いんだから。あっ、もしかして隠し子とか! だから探偵さんに調べてもらうの嫌なんでしょ!」

「なんて事言うのこの子は! そんな筈ないでしょ、もうっ。良いわそこまで言うんだったら、調べてもらいましょう」


 少しの親子喧嘩のあと、二人そろってこちらを見た。

 私はみつを見た。

 みつはやる気なさそうに欠伸していた。今日はみつにしては早かったからなあ、睡眠が足りなかったんだろうなあ、などと意識を飛ばしていると、目の前の親子が私に向かって頭を下げた。


「不破さん、どうかこの依頼引き受けてもらえませんか」

「お願い、探偵さん。報酬は、ええとお母さんが考えるから」


 しまった。みつは我関せずというか他人事のように余所見しているし、どうしよう。


「ええと、すみません。私は助手の神凪と言いまして、探偵はこちらの不破なんです」


 そう言って、私はみつに責任を丸投げする事にした。その言葉に二人は驚いたようだが、改めてみつに向かっていった。


「不破さん、休暇中に不躾だとは思いますが、お願いできませんでしょうか。報酬は……こちらに滞在中の海鮮御膳サービスします!」


 それには、みつが反応する前に私が反応してしまった。ああ、悲しいかな庶民の性。私のその報酬に釣られた瞳を見た女将さんに押し切られ、結局依頼を受けてしまった。みつぐらい余裕でいられたら……くっ、しかしこれで晩御飯が豪勢になって嬉しい。

 みつが、困ったように私を見ているが、受けたものはしょうがない。みつもキッパリ断らなかったのが悪い。私も、出来る限りのことはしよう。何ができるかわからないが。

 目の前の親子は、明らかにホッとしたように頭を下げたあと、私達を部屋まで案内してくれた。



 部屋も、広々としていて二人で寝るには豪勢であった。


「良い部屋ね! 綺麗だし、広いし」


 窓は海に面していて、夕焼けにそまる真っ赤な海が部屋から見てとれた。


「まあ、そういう部屋で探してもらったからね~」

「誰かの紹介なの?」

「そんなとこ。まさかこんな事依頼されるとは思ってもなかったけど~」

「それは、ごめんなさい。私が断りきれなかったばっかりに」

「あっ、かおちゃんを責めてるんじゃないよぅ。あいつが全部悪いんだよ~」


 みつの言うあいつが誰か知らないが、でもやっぱりこの依頼を引き受けてしまったのは私だ。悪いのは、私だ。

 一人反省会をしていると、みつが困ったゴールデンレトリバーの顔で、正面にいた。


「そんな顔しないで、かおちゃん。大丈夫だよ~、適当に遊んで、適当に調べよう」


 そう言って困った顔のまま笑うものだから、


「適当じゃダメでしょう」


 肩を竦めてつっこんだ。詰めた息も吐き出して、何だか気が抜けてしまった。

 みつは、相変わらずえへへとゆるく笑っていた。




 晩御飯時。

 食事を取るため、二人で大広間のような所に行くと、さっそく、今日の晩御飯から豪勢な海鮮御前が出てきた。女将さんの、無言の圧力を感じたが、とても美味しかった。

 とりあえず、やるだけやってみよう。


二回目にしてすでに事務所以外で依頼を受けるすたいる。

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