バスに揺られて
バスに揺られながら、なんとは無しに窓の外をみる。
窓の外では、青々とした木々の間に黄色いものが見えはじめていた。夏が終わり、秋が始まろうとしているのだ。
ふと、隣にいないモコモコの彼の事を思い出した。
『うか様の所に帰らないといけないんだ……」
『えっ! 玉葉くん、帰っちゃうの……?』
『あ、違うんだよ、帰るんだけど、帰るんじゃなくて、お祭りの手伝いっていうか、帰るけど帰るんじゃないんだよ!」
『?』
『一時的に、帰るって事でしょ。そのまま見つかってお説教されて、戻ってこられなくならないといいね~』
『もう、みつ意地悪い事言わないの! だ、大丈夫なんでしょう? 玉葉くん』
『うん…、たぶん。がんばる』
『帰ってくるの信じてるからね、玉葉くん。無理しないでね、怒られるなら、一緒に怒られてあげるから』
『ダメだよ?! かおちゃん、神の怒りだよ』
『あ、そっか、そうよね……、ゴメンね玉葉くん。力になってあげられそうになくて…』
『ううん。とりあえず、行ってくるよ。で、帰ってくるね』
『わかったわ。私達も依頼の為にちょっと事務所を離れるけど、先に戻っていたら待っててね』
「うん! じゃあ、行ってきます!』
『いってらっしゃい。ほら、みつも』
『ってら~』
あの後、玉葉くんは人型のまま事務所を出て、何処かへ行ってしまったのだった。ちょっと、さみしい。
私が昨日の事を思い出していると、隣にいるもこもこではない人間が声をかけてきた。
「何見てるの~? なにか面白いものでもあった~?」
欠伸をしているのを見るに、今起きたようだ。バスの中でそれだけ熟睡できるって、もはや才能よね。
「いいえ。昨日の事ちょっと思い出してただけ」
「ああ、玉葉のこと~? 豊穣の神だから、この時期は丁度色々あるんだろうねえ~。まあ、玉葉がこっちに居たいと思うなら、自分で何とかするって~」
「そうね……」
「それより、まだ着かないのー。もう一時間も経ってるのに~」
正確には、一時間二十分だ。
柿森さんの話によると、あと一回バスを乗り換えて四十分、だ。嶺川も一人で良くこんな長旅をしたものだ。もしかしたら、みつと同じでバスで熟睡する能力があるのかもしれない。いや、だが、一人だと乗り過ごす可能性があるし、危険な能力だ。
「あとどれぐらいだっけ~」
「もう一回違うバスに乗って、四十分ぐらいですよ、先生」
「えー、そんなにかかるのー。面倒だなー」
「……ねえ、みつ。私が一緒に来てなかったら、もしかしたら帰ってた?」
私の質問にはわざとらしく視線を逸らし、あ、鹿がいるよ、かおちゃん! などとのたまうのだ。ついてきて良かった…。みつはいつも通り複雑な顔をして、できれば留守番していて欲しいような表情をしていたが、押し切った。押し切れたという事は、そんなに危険な事は無い、と踏んでる。みつは、本当に来てほしく無い時は、はっきり言うからだ。
「この辺は、豊かな山みたいだねー。主は居ないみたいだけどぉ」
みつが窓の外を見ながら、なんとはなしに言う。
主。思い出すのは、あの、紅葉の山。詳しい事は聞かされていないけど、なんとなく察する事はある。主が居る山の方が珍しくなった、とあのオネエの人は言っていた。
「鹿が居ると、豊かなの?」
思っている事とは全く違う、頭悪そうな疑問が口から出た。
「うーん。単純にそう、とは言えないけれどぉ~。食物連鎖、ってあるでしょう? 食べられるモノがいないと、食べるものも存在できない。草が無いと鹿が食べていけないし、鹿が居ないと狼が食べていけない」
「狼?」
「うん、狼。ほんの少し昔に絶滅したけど、こういった山には狼が存在していたんだよ。そういう狼を祭った、神社なんかもある。ほら、前に狐の宗教施設に殴り込みに行った時に、連れて行った御犬様がいたでしょう。あの時にお願いしたのが、まさに神として狼を祭った神社なんだよ〜」
「そうだったの」
単純に、感心した。そして、あの時の事を殴り込みと表現した事には、感心しなかった。
「そうだ、山の中の村だっていうし、そういった神社にお参りしていくのはありかもしれないね」
感心しなかった事は特に口にせず、またもや違う疑問が口を出た。
「あるの? その、狼さんを祭った、神社がこの辺に。知ってるの?」
「ううん。知らない。ただのカンだけど〜。これだけ山深くて鹿も出る山なら、畑を荒らす鹿や猪を退治してくれる狼とは共存してた可能性が高い、と思うんだぁ~」
みつは、またふぁあと欠伸をした。朝早く出たので仕方ないが、さっきもバスで寝てたのにまあ。
「そう。じゃあ、着いたら嶺川さんの行方探しがてら、その辺の人に聞いてみましょうか」
「それなんだけどね、かおちゃん。あんまり嶺川の事、言わない方が良いと思うんだぁ。よそ者はすべて敵、みたいな集落だったらまずい事になりかねないし。一応、彼岸花の群生地を観光地として開放しているぐらいだから、よそ者全部が敵じゃない、とは思うんだけどぉ。あの祭り、外に漏らしたらいけないって言ってたでしょう? だから、もし嶺川が祭り関係で巻き込まれていたら、私達まで危ない。何とか見つからないように探してみるよ」
「わかったわ。私になにか出来る?」
みつは、素直に頷いた私に驚いたような顔をした後、少し真面目な顔をして、私を見た。
「あぶない事、しないでほしい」
「なぁに、それ。私がいっつも、危ない事してるみたいじゃない」
ちょっと唇を尖らせてしまったのは、仕方ないと思う。私はいつでも小心者で、危険を避けて生きている、つもりだ。みつの方がよっぽど危なっかしい。
みつは困ったような顔で笑っていたが、その言葉には答えなかった。
「危なっかしい事してるのは、どちらかといえばみつでしょ」
「みつは良いんだよ~」
いつもの顔で、にへらと笑うみつ。
もしかしてみつは、この締まらない笑顔の裏側で、色々危ない事とか言えない事とか抱えて生きているのだろうか。とかちょっと真面目な事考えていたのに、
「あ! かおちゃん、みてー、狸だよー。狐と化かし合いするらしいけど、狐が負けるそうだよー」
「えっ、どこどこ、見たい。いない……」
「通りすぎちゃったねー」
あはは、と締まらない顔をして、はるか後方を指差しながら笑うみつ。全く。なんだかいっつもはぐらかされているような気がする。まあ、いいけど。
ポーンと、軽やかな音がいきなり車内に響き渡った。続いて、しゃがれた男性の声が、聞き取りにくい放送で次の場所の名前を告げる。いけない、次が降りる場所だ。慌てて、降車ボタンを押す。大音量のピンポンが鳴った。お客さんは、今までずっと私達二人だけだったので、今まで誰も押した人がいなかった。こんなに大きな音がなるとは思ってなくて、押した本人である私がちょっとびっくりしてしまった。みつも、ちょっと肩をビクッとさせていた。
何事もなくバスは止まり、後方に座っていた為、少し早足で一番手前の昇降口まで行く。お金を大人二人分払い、降りる。と、その時何か視線を感じて、後ろを振り返った。すると、バスの運転手と目が合った。何だろうと思いペコリとお辞儀をすると、ふいと不機嫌そうに目を逸らされてしまった。なにそれ、感じ悪いな。
と思って固まっていると、みつがのそのそと降りてきた。みつが怪訝そうにしていたので、ふと我に返ってステップを降りた。二人とも車外にでる。私達が完全に地面に足を下ろすと、さっさと扉が閉まり、バスは走り去ってしまった。
私がもやもやと立ちすくんでいると、みつが声をかけてきた。
「どーしたのー、かおちゃん」
「いえ……なんか、感じ悪い運転手だなと思って」
「ふぅん?」
みつも気になったのか後ろを振り返る、が、バスは走り去った後で影も形も見えない。
「まあいいわ、行きましょう。次のバス停はどこかしら」
あたりを見渡すと、小さな駅の広めの駐車場の片隅だった。周りには少しだけ建物が多いようだ。小さな駅舎の斜め前に、観光案内所、というこれまた小さな正方形の木製の建物が立っていた。




