唐突な訪問者
依頼は、唐突だった。
「すまん、あいつを迎えにいってくれないか」
私達の事務所のソファーに深刻な面持ちで腰かけ、話すのは、ダンディな探偵さんこと、柿森さんだ。
みつも、いつものようにだらけた座り方をせず聞いている。(しゃんと座っているわけではない)
「はぁ…? あいつとは」
「ああ、そうだったな。みつ坊たちと最近会った時に名乗っていたのは、嶺川だったか。あいつが、連絡を寄越さなくなった」
柿森さんの表情で、深刻な事だとわかった。
柿森さんが来たのは、残暑がやわらぎきれず生ぬるい風が吹く夕刻だった。オレンジ色に街が染められ、中天が暗く染まる頃。なんの連絡もなく、ひとりでふらりとやってきたのだ。いつものように唐突に来たがおどけた感じはなく、その時からすでに深刻そうな顔をしていた。ただごとではないと座らせ、聞いた第一声が先ほどの言葉だった。
「なんで私たちなんです? 他の探偵でも良いのでは?」
「みつ坊達でないと無理だろうと、俺は思っている」
「あー…」
うすうす感づいてはいたが、決定的に言われたので仕方なく仕事を受けざるを得なくなった、みたいな顔をするみつ。
柿森さんは、以前、狐の奥さんの時に探偵を一人被害に合わせている。復帰は到底無理で、今は病院にいて退院できる見込みはないという。その間違いを再びおかしたくないと、いつかの時にぼそりと言っていた。
「今回は、俺のミスなんだ。最初から、みつ坊たちに協力を求めていたらこんな事には…」
下を向いたまま大きな溜息をつく柿森さん。こんな弱った表情、はじめて見たかもしれない。あの嶺川という男性、柿森さんにとって特別な子なのだろうか。それとも、柿森さんは全部の探偵にそうなのだろうか。
「まあ、どういう類の依頼かはわかりましたけど。で、何処に迎えに行けばいいんですか」
みつがしぶしぶそう聞くと、柿森さんは少し頷きにくそうにしていた。
「それなんだが、こんな事をみつ坊達に頼むのは悪いんだがな……ウチの捜索していた人物も、一緒に連れて帰ってきてはもらえないだろうか」
今まで斜め下を見ながら話していた柿森さんが、顔を上げた。
柿森さんは、自分が仕事を依頼したらみつが断らない事を知っている。だから、本当に困った時か、面白そう(みつにとって面白いかは別だ)な依頼しか回さない。ちゃんと考えているのだ。
だからこんな、苦しそうな顔をしているのは、珍しい。
みつも何かを感じ取ったのだろう。ジッと柿森さんを見ている。私ですら変だと思ったのだ、私より付き合いの長いみつが気付かないわけがない。
「柿森さん。ウソ……って程じゃないのかな、言ってない事、ありません?」
みつが、あの全てを見透かすような瞳で柿森さんを見た。柿森さんに対してその瞳を向けているのは、はじめて見たかもしれない。
柿森さんは、また目を逸らしてこめかみ辺りを軽くかいた。
「まあ、気付くだろうとは思っていたが……。それは、俺の依頼を受けると決めた後にしか、教えない方が良いだろう」
目を逸らしていたが、いつもの柿森さんらしく、すっと強い瞳でみつを見た。柿森さんは普段はニッと笑っているからわからないけど、真剣な顔になると、目力がある。強い意思と精神をもった、目だ。
今度はみつがふいと目を逸らした。
「まあ、受けますよ。そんなに、面倒な依頼なんですか」
みつの言葉に、ゆっくり頷く柿森さん。
「端的に言うと、捜索してる人物も、あいつも、安否不明だ」
深刻そうな顔をしていると思ったら、それ以上に深刻な事態になっているようだ。思わず口に手を当てる。
「それでもウチに来たって事は、まだ最悪の事態にはなっていない可能性の方が高いんですよね」
みつが、何でもない事のように言い放った、言葉。その言葉に、柿森さんの目が光った、ような気がした。
「ああ、みつ坊の言う通りだ。俺は、まだ希望があると思っている。ただ、タイムリミットは、一週間後。彼岸中に満月が昇った時だ」
柿森さんは、淡々と話す。
私は、何だか、嫌な予感がしていた。何でだろう。
みつも、眉を寄せて怪訝そうな顔をしている。
「その理由は? いや、もう最初から話して下さいよ。依頼を受けた以上、状況を知らないと」
柿森さんは、ゆっくり頷いて、みつを見た。みつも、今度は目を逸らさず見る。
一つ、柿森さんはため息をついた。それは、これから話す為の準備だったようだ。
そしてようやく、柿森さんは話しはじめた。




