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不思議な事調べます-不破探偵事務所-  作者: 灯流
首吊り男に桜咲く
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満開の春

 ー数日後ー


 あの日、巨大に舞い上がった桜吹雪が、地面に落ちずしばらくの間舞っていたのは、ちょっとした騒ぎになった。それどころか、他よりもだいぶ早く桜が満開になり、散っていったのだ。不思議に思わない人は居なかっただろう。だが、局地的な竜巻と、普通の人に理解できるよう後付け、結論付けられ、あの日の不思議も日々の喧騒に埋もれていくのだ。彼、彼女が、どれだけ幸せに上にいったか知る人は私達以外、居ないのだ。

 いや、あと二人いた。


「……いやぁ、しかし驚いたねえ。まさか後輩の淡い恋心が、そんな結末になったなんて」


 そう、枝野さんと、枝野さんの後輩だ。あの日の内に、枝野さんには連絡を入れている。枝野さんは少し驚きながらも、静かに話を聞いてくれたそうだ。そして、後日お礼を持って伺う、とみつに言ったそうだ。その後日が、今日というわけだ。

 枝野さんは、やっぱり少し面白そうな顔で、お茶をすすっていた。


「そうだ。君たちから話を聞いてね、こっちでも少し調べてみたんだ。場所と死に方がわかってるから、すぐ資料は見つけられたよ」


 枝野さんは自分の上ポケットから何やらメモ帳を取り出した。警察手帳じゃない方の、普通のメモ帳を。そのページをめくりながら、話し始めた。


「えーと、あの桜の樹で死んでいた男性だがね、まあ、名前は知らなくて良いだろうから、男というけど。その男は、借金を苦にしてあそこで自殺したらしい。自宅から遺書のようなメモも見つかったからね。警察では問題なく自殺と判断したようだ」


 私達に配慮してくれたのか、色んな事を少しぼかしながら枝野さんは話してくれる。

 枝野さんは、またページをめくる。みつは興味なさそうにソファーにもたれていた。全く。


「その男が借金した所が、またえらく評判の悪い所らしくてね。金が無い所からもむしりとるまるで鬼のようだと、噂だったようだよ。そこから運悪く借りてしまった。これは同業者からの紹介だったらしい。その同業者がこの借金した所の評判を知らないハズが無くてね、どうも、その男が邪魔なのでそこを紹介したみたいだ。男は腕が良くて人も良かったみたいだから、付け入りやすかったのだろうね。酷い話だ」


 枝野さんがページをめくる前に、私達を見た。何か質問はあるか、とその顔に書いてあった。私は無かったので首を振ったが、みつが、だらけた姿勢のまま、


「その男の職業って、何だったの~?」


 そう聞いた。聞く時ぐらい姿勢ただしなさいよ。と、小言を言うと、みつは首をすくめた。そんな私達を笑ってみながら、枝野さんはページをめくって教えてくれた。


「造園業。いわゆる庭師だったみたいだね」

「その男と、あの公園の桜の関係は、わかる?」

「ああ。どうも、その男の評判を聞きつけた当時の自治体が、その男中心に事業を進めていたらしい。それが、結構良い額になったようでね。そこから同業者から恨まれだしたらしい。と、言っても、良い人間だったらしくてね、大半の同業者はあの人なら仕方ない、と思っていたようだよ。だけど、その借金する所を教えた同業者は、快く思ってなかったようだね。そして、彼もまたそこから借金していたようで、同じく苦しめと思ったのかもね」


 枝野さんは、痛ましそうな顔をしながら、ページをめくった。

 

「だが彼は、借金取りの執拗で激しい催促に、耐えられなかったらしい。借金を半ばまで返した後、あの桜の樹の下で、自殺したそうだ。当時の証言で、あの桜に一等愛情を注いでかわいがっていたらしい。嵐の日なども、枝が折れないか心配で、一晩中そこで過ごした事もあったそうだ。よほど、あの桜が好きだったんだろうねえ。確かに、立派で美しい桜だった」


 あの桜は、その樹の通りに美しい女性だった。彼が、愛したそのままの心だったのだろう。そして、桜も、彼に愛情を返していた。そう、ずっと。……ずっと、という彼女の言葉は、彼が死んでからではない。生きて自分の世話をしてくれている頃から、ずっと、だったのだろう。また、何やら目頭が熱くなった。枝野さんは心配そうに私を見ていたが、また話しだした。


「その男が自殺し、その遺書から違法ともいえる所業の数々が浮き彫りになった。さすがに人死にが出たから、警察は動いた。皮肉な話だけどね、何か、が起こらないと動けないのは、今も昔も一緒なんだ。そして、その借金取り達は逮捕され、その事業所は潰れた。彼らに泣かされていた人たちは多かったようでね、逮捕されてどれだけの人が救われたか。もちろん、その同業者も同じだ。調書を読んでいると、その人物も根からの悪人ではないようでね、その借金取り達が捕まったのがあの男のおかげだとわかると、その場で泣き崩れて、何度も、何度も、謝罪の言葉を口にしていたらしい。その後どうも、その男の墓と、その公園の桜の下に謝罪と弔いに行ったそうだよ。その後の公園を守っていたのは彼らしい。彼の死後、管理する人達が、あそこには幽霊が出ると気味悪がって、放置気味のようだね」


 みつが、ふぅ~ん、と興味なさそうに言った。せっかく調べてくれたのに、その態度はなかろう。


「そうなんですね。ありがとうございます、ここまで調べてくれて。なんだかその話を聞いて、本当に良かったなって、思います…」


 私の言葉に、枝野さんは苦笑した。そして、ははは、と笑った。


「実はね、これあいつが全部調べてきた事なんだよ。神経は繊細なんだが、なかなか使える男でね。周辺での聞き込みを、この間の非番の時にやったらしい。いやはや、頭が下がるねえ」


 そうだったのか。声だけで彼女に惚れたという、枝野さんの後輩。結果は大方の予想通り失恋したというのに、その情熱はどこから来るのだろう。


「まあ~、しっかり失恋できたのは良かったんじゃないかなぁ~。変にあちらに引きずられるよりは、よっぽど」


 みつが、ふんと笑いながら言うと、枝野さんはうなづいていた。


「そうだね。あいつには、あまりあちらに引きずられて欲しくないんだ。可哀想だろう、見る事も、声を聴く事も出来ない相手を、思い続けるのは」


 あの男性と女性の事を思い出す。生きている内は人と植物、死んでからも幽霊と精霊という、全く異なる二人。特に男性の方は、彼女を見ることも聞くこともできなかったハズだ。それでも、お互いに想い会えたのは、奇跡としか言いようがない。枝野さんの後輩は可哀想だと思うが、あの二人は最後に心が通じて、本当に良かったと思う。


「で、もう一つお礼があるんだよ。はい、これ」


 しんみりした空気を払拭するように、ことさらに明るく枝野さんが言った。こういう気づかいが出来る所、本当大人だと思う。


「まあ、これ、あの有名なケーキ屋の……クッキーとフィナンシェですか?」


 枝野さんが差し出し私が受け取った袋には、私も知っている有名な菓子店のロゴが入っていた。期待して袋を開けると、たくさんの焼き菓子が入っていた。形からしてケーキではなさそうだと思っていたが、これは以外だった。ここは、ロールケーキが有名らしいのだが。


「ああ。あいつが言うには、ここはロールケーキも良いが、本当においしいのはその焼き菓子らしい。私も言われただけで、詳しくは知らないんだがね。あいつの甘味への情熱にも頭が下がるよ」


 笑いながら、枝野さんが最後の茶をすする。


「申し訳ないが、今回の報酬はこれで良いかな。足りなければ、またあいつをゆすってくるけど」


 刑事がゆするとか言っていいのか。いろいろ心配しながらみつを見ると、私が渡した袋を中身を確認して、適当に頷いた。


「これで良いよ~。別に報酬が欲しくてやったんじゃないし~、枝野さんはフジさんとも友達だし~、まけといていあげる~」


 適当に返事しながら、袋の中から美味しそうな焼き目がついたフィナンシェを一個つまみ上げた。そして、まさかとは思ったが、その小袋を破いていきなり食べだしたのだ。マジか!


「みつ! まだ枝野さんが居るんだから、もうちょっと我慢しなさいよ」


 思わず私がたしなめると、一口齧って首をすくめた。枝野さんが、笑う。


「どうかね、美味しいかね」

「うん~、なかなかのものだね~。合格点だよぉ」


 大人な枝野さんの対応に、みつが子供っぽく、だが上から目線で返事した。いつも忘れるしこんな行動をしている時は忘れたくもなるが、彼女(みつ)は、ある大財閥のお嬢様だったのだ。美味しいモノを食べ慣れているだろう。そのみつが合格点を出したのだから、本当に美味しいのかもしれない。枝野さんが帰ったら食べよう。

 そんな事を思っている間にも、みつと枝野さんは談笑している。ケーキ屋の事とか、後輩の事とか。

 最初から眠っている玉葉くんにもあげたいけど、だめなのよね。少し残念に思いながら、玉葉くんを見つめる。玉葉くんは何も気にする事なく幸せそうに寝ている。


 穏やかに、昼は過ぎていく。今日のような暖かく、穏やかな日は、桜が咲くのにとても良い日だろう。


 窓の外を眺める。

 水色に輝く空の下、ちらほらと見える桜が満開に咲いているのを見下ろし、ふと笑みがこぼれた。





今度こそ終わり

春本番

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