散歩
幸い今日は平日の昼間で、住宅街を歩くこのルートは人影が少ない。流石に狐を見られたら不味いかと思っていたが、大丈夫そうだ。玉葉くんが楽しそうで、良かった。
「でも、こんな近くにそんな有名な心霊スポットがあったなんて、知らなかったわ」
私はあの事務所まで電車で通っているので、この辺の事はあまりしらない。みつは、知っていたのだろうか。隣を歩くみつの顔を覗き込むと、みつは眠たそうな顔だった。
「私も知らなかったよ~。驚異じゃないから、わかんなかったんだろうね~」
みつの言葉には、自負のようなものも聞き取れた。今までもなんとなく思っていたけど、やっぱりみつはこういう事には強いんだなあ、と少し安心した。
「ねえ、ねえ。さっき言ってた、はなみ、ってなぁに? 特別な花を見に行くの?」
玉葉くんが、私たちを見上げて聞いた。狐がしゃべる所を見られたらまずそうだが、人影はない。
「そうね、特別といえば、特別かしら。春に満開に咲く桜を見に行くのを、特に花見というの。まあ、人によっては、桜の樹の下で食べる食事の方を楽しみにしている人もいるわ」
「ふぅん? 桜の樹の下で食べると、何か違うの?」
「うーん、綺麗、だからかなあ。綺麗な風景を見ながら、いつもと違う場所で食事すると、特別な感じがするのかしらね」
私も、正直花見というのはしたことがない。花見に行こうと誘ってくるような友達も、誘う友達もいなかったからだ。それに、祖父母の家の庭は大層立派なもので、桜の樹も一本だけだがあったので、疑似花見は出来た。確かに、あの満開の桜と舞い散る花びらを鑑賞しながら美味しいものを食べるのは、特別な感じがした。懐かしい思い出。
「じゃあ、これから行っても花見にはならないんだね?」
「そうねえ、暖かくなったとはいえ、まだ桜は咲いてないでしょうしねえ」
私たちの会話を黙って聞いていたみつが、声を上げた。
「あれじゃない?」
みつが指差した先を見ると、住宅街に囲まれた小高い丘が見えた。木々と緑が青々と茂っている様から、遠くからでも公園なのだろうという事が分かった。そして、その公園の一番高い所にある、立派な一本の樹。ここからではハッキリとわからないが、どうやら桜の樹のように見えた。それも、大きく立派な木だ。
もらった地図を広げ、周囲の状況と照らし合わせ、そこが目的地だと私も理解した。
「そうみたい。行ってみましょう」
枝野さんの後輩が見た幽霊と、見えなかった女性の声をした何か。怖くないといえばウソになるが、今までそれ以上の事を見て来た、気がするし、何よりみつも玉葉くんもいるのだ。心を強くもって、公園に行く事ができた。
その公園に入る道には、小さな看板がかかっていたが、文字は読めなかった。どうやら、あまり人の手が入っていないらしい。それが、肝試しするのには都合が良いのだろうか。
道も、木のようなものが敷き詰められているが、ボロボロになったりカビたりしている。長い事、放置されているのだろう。心霊スポットとして有名らしいし、あまり此処には触れたくないのだろうか。
視線を上げ、道の先小高い所に見える桜の樹を見る。あんなに立派な桜があるのに、もったいない。
私が少し感傷に浸っている間にも、みつは歩いていた。玉葉くんもその後に続いて歩いている。置いて行かれないように、私も歩き出した。
公園は小高い丘を利用して作られている簡素なもので、ブランコなどがある公園とは違った。自然公園、とでも言うのだろうか。向かう道すがら生えていた小高い木々は、桜の樹周辺には生えておらず、さながら展望台のように開けていた。木々が邪魔しないよう計算して植え、間引いたのだろう。桜の樹周辺には高い植物は生えておらず、ベンチが一つだけあった。
天気の良さも相まって、とても心霊スポットのようには思えなかった。見晴らしの良い、公園。
だが、みつと玉葉くんは私とは違った感想を持ったようだ。
「……いるねえ」
「ねえねえ、不破さん。あれなあに? 死んでるの?」
「そうだよ。特殊な死に方だよ」
二人は、なんでもない事のように、のんびり会話をしている。待って待って、怖いから。この麗らかな日差しに反してその言葉は怖いから!
私の動揺をよそに、みつが何かを見つけたように、桜の樹の枝の方を見た。
「あれ? 玉葉、あの枝の上にいるモノ、見える?」
「なになに? ああ、いるね。アレはなぁに? ヒトじゃないね」
「そうだねえ~」
二人の会話についていけないでいると、みつが気づいたように私を振り返った。
「かおちゃん、ショッキングなのと滅多に見れない面白いものが一緒にあるんだけど、見たい?」
みつにとっては別にショッキングなモノでは無いが、私にとってはショッキングなもの。なんだろう。正直興味と恐怖が半々ぐらいだ。
「ショッキングって……たとえば、どんな?」
ぐちゃぐちゃの死体とか、ひどく恨んでいる苦しそうな顔とかだったら、無理!
「くびつり」
「へっ?」
「首吊りした男がいる」
うーんうーん、微妙なラインだ。みつが、見ても大丈夫そうと判断したから私に声をかけてるんだと思うのだけれど、首吊りってけっこう苦しそうよね?
「だ、大丈夫そうな感じなの? その、恨みつらみとか、見えるから脅かしてくるとか」
「そんな感じじゃないね。たぶん、かなり昔に死んでここに囚われてるけど、その囚われた理由を忘れてる感じ。話も通じそうだよ」
うーんうーん。なら、大丈夫なのか、な。心を強く持って、みつを見る。
「それなら、面白そうなモノも気になるし、見たい。その男性を見ないと、見れないのよね」
みつが頷く。たぶん、枝野さんの後輩が見えていたのが男性で、見れなかったのがその面白いものだ。意を決して頷くと、みつが安心させるようににこりと笑った。
玉葉くんは、変わらず枝の上を見てしっぽをプラプラさせている。そんな玉葉くんを見ている間に、みつの準備が終わったようだ。眼鏡をはずすように言われ、外して目を閉じると、みつは唇に当てていた人差し指と中指を、私の瞼の上にちょんちょんと置いた。そして、ふっと息を吹きかけられた。思わず目を開くと、みつの顔と、その後ろに、
「…あ」
ぷらんぷらんと風に揺れるようにして揺れている、身体が見えた。足は完全に宙に浮き、頭があるハズの場所は、不自然に曲がっている。そして何より、身体から伸びるロープ。あれが、間違いない。件の男なのだろう。
私が無言で固まっているのを見て、みつは自分の意図したものが見えていると判断したのだろう。ちょっと苦笑して、振り返り少し上を指さした。
「かおちゃん、あの男の上の枝、見てみて」
みつの言葉にその指先を見ると、枝の上に、なんと、
「お、女の人……?」
「うん」
嬉しそうにみつが言うので、見えているのが正しいのだと知れた。
ぼんやりとだが私にも見えたその女性は、あろうことか男がぶら下がっている枝の上に座り、男を見ていた。その顔はここからは見えないが、心配そうな感じがした。アレがいったい何なのかは、近づかなければ、わからないだろう。
みつが、気遣わしげに私を見ている。
私は、確かに最初はあの男性に驚いたが、そんなにおどろおどろしいものでは無い事、みつの話が通じそうという言葉で、何とか大丈夫そうだと思う事ができた。みつと玉葉くんに自分から、
「行って、みましょう」
そう言った。
緊張感のない散歩。日常風景w




