清明
二十四節季:清明(南東風が吹く春のよい季節。草木の芽がでる頃)
暖かくうららかな日差しが気持ち良い日だった。
窓から差し込む日差しが柔らかくなり、寒さがだいぶ緩んでいた。私の気持ちも緩んでいた。
もとから緩んでいるみつは、いつも通り机に突っ伏して寝ている。
玉葉くんも、気持ちよさそうに目を閉じている。充電できたそうだが、省エネは相変わらずだ。
穏やかな昼過ぎ。
何事もなく、今日も一日終わるのだろう。明日も晴れたら布団を干そう、そううつらうつら考えていた時、
カラン、コロン
事務所の扉の、鐘が鳴った。
「あ、ようこそ、不破探偵事務所へ……って、枝野さんじゃないですか。お久しぶりです」
扉を開け現れたのは、あのくたびれた……と言っては失礼だが、優しい雰囲気の壮年の刑事さんだった。事務所の外では何度か会ったが、事務所に来るのはあのカエデ人形以来か。
「やぁ、久しぶりだね、お嬢さんがた。元気にしてたかい」
「ええ。枝野さんも、お変わりないようで」
「この年になると、そうそう変わらないからねえ。ああ、ありがとう」
勝手知ったるなんとやらでソファーに座った枝野さんに、緑茶を出す。暖かくなってきたとはいえ、枝野さんは嬉しそうに暖かなお茶をすすった。
「ほら、みつ。枝野さんよ、起きて!」
枝野さんにお茶を出し、私たちの会話を聞いていたハズなのにいまだに起きないみつを起こしにいく。みつは、私の声にのそりと上体を起こした。おでこに服の皺の痕ができていた。みっともない。
「んぁ~……枝野さんかぁ。じゃあ、起きるぅ」
もそもそと何か言いながら、みつはあくびをして、立ち上がった。全く、手間のかかる先生だ。
みつの前にも茶をだし、私も横に座った。枝野さんは、今までの一連をほほえましそうに見守っていた。申し訳ない。
「お待たせしました枝野さん。それで、今日はわざわざ事務所までお越しになったという事は、依頼、ですよね?」
申し訳なさそうにしている私に、それでも枝野さんはあの人好きのする笑顔で答えた。
「ああ、そうだよ。前に、次来る時はかっきーを通さず直接来てほしい、と言われたからねえ」
面白そうに言う枝野さんに、みつも苦笑している、
「それで、今日はどんな依頼ですか~?」
みつの言葉に頷き、枝野さんは持っていた湯呑を机の上に置いた。
「今日来たのはね、なんというか……解決して欲しい、というたぐいのモノじゃないんだ」
「はぁ…?」
真面目に、だが、どこか面白そうな表情で枝野さんは話続ける。
「これはそもそも、私の後輩が来るべき依頼なんだけど、まあ、いろいろあってね。彼は、体はゴリラのように屈強なんだが、神経が繊細でね。しかもカンが良いときている。私が見ているものを気づく事もあるんだが、有体に言えば怖がりでね、そういうモノを否定したがるんだ。そいつが、数日前に変な事があった、と私に泣きついてきたんだよ。私はどうも、そういうモノが見える事がバレているらしくてねぇ。困ったものだよ」
枝野さんは苦笑しながらそこで一旦区切って、お茶を飲んだ。正直、枝野さんのその後輩、気になる。なんだ、体ゴリラの繊細って! 面白要素しかない。
私の感想をよそに、枝野さんがまた口を開く。
「そいつが言うには、ある有名な、桜の樹がある心霊スポットで幽霊を見たというんだ。で、声も聞いたと。それが、幽霊は男性のようなのに、声が、華憐な女性の声で、助けてあげて……、と聞こえるんだそうだ」
背筋がブルッと寒くなった。みつを見ると、いつもの眠たそうな顔のまま、言い換えれば興味なさそうな顔で聞いている。これ、多分枝野さんじゃなければあくびしてそっぽむいている。みつにとってみれば、取るに足らない現象なのだろう。
私とみつの反応を見比べて、枝野さんはまた面白そうに目を細めた。
「不破さんも変わらないねえ。何か、この現象に心当たりはあるかい?」
興味なさそうにしていたみつは、枝野さんに問いかけられて、やっぱり欠伸した。全く。
「ん~、そうだねえ。その後輩がどれだけ見える人なのか知らないけどぉ、たぶん、見えない何かが他にいたんだよぉ」
「ほほう。それは、女性の霊が他にもいた、という事かい?」
「霊かどうかは行ってみないとわからないけどぉ、その人カンが良いだけでしょぉ? たぶん、見えてない方の声が聞こえたんだよ~。それか、生身の女が隠れてたとか〜」
なんでも無いように言ってのけたみつに、枝野さんは頷いた。
「私もね、そう思ってそいつに言ったんだよ。そしたら……その声に恋してしまった。困ってるなら助けてあげたい。でも、自分は見えないし、そもそも勘違いだったのかもしれない。だから、調べて欲しい、とお願いされてしまってねえ。私も断り切れないくて」
苦笑する枝野さんの顔から、その後輩の押しの強さというか枝野さんの人の良さがうかがえるようだった。みつは、ちょっと考えるように首を傾げ、
「その桜の樹って、遠い?」
「そうだねえ、車で五分ぐらいかなあ」
「ふーん。その桜の樹って、なんで有名なの? 幽霊が出るから?」
「そうだよ。なんでも、何年も前にそこで首を吊った男の霊が出るっていうので、花見の客より肝試しの客の方が多いって噂だよ」
みつは何かを考えていたようだが、面倒くさそうに頷いた。この顔は、すぐ終わるからまあいいかと思ってる顔だ。
「良いよ。その依頼、受けてあげる。結局、男の霊と女の声がしたのが何故か、を調べれば良いんでしょう」
「そうだね」
「先に言っておくけど、その後輩は失恋する可能性が高いけど、良いんだよね?」
みつの言葉に、枝野さんがまた苦笑し、頷いた。
「ああ。姿も見えない、この世のものではないモノかもしれないから諦めろ、と言い聞かせてあるよ。いても、消えても、彼にはわからないからね」
苦笑する枝野さんの表情の中に、その後輩を気遣っている色が見えた。かわいがっているのだろう。
枝野さんの言葉にみつは頷いた。
「おっけー。じゃあ、さっそく行く? 枝野さん、連れてってくれるよね?」
みつの厚かましい言葉に、枝野さんはえらく申し訳なさそうに頭を下げた。
「すまないが、これから予定があってね、連れていけないんだ。車もおいてきてしまったし。これ、後輩からもらった地図だよ」
頭を上げて、枝野さんは自分の胸ポケットに折りたたまれていた紙を、私によこした。みつは、明らかに落胆した顔をしている。その様子を見て、肘でつついた。みつは頬を膨らませて私を見たが、何も言わなかった。
「わかりました。こちらで調査しておきます。わかりましたら、ご連絡しますね」
「ああ、頼んだよ。報酬も、あいつからぶんどってくるから、楽しみにしててくれ」
枝野さんはまた頭を下げて、事務所を出て行った。依頼人なのだから、そんなに申し訳なさそうにする事無いのに。枝野さんを見送った扉を閉め、みつを振り返る。みつは、ソファーにぐんにゃりと寄りかかっていた。やる気がそがれている。困ったな。
「みつ、天気も良いし、今日行きましょうか」
「うーーーん」
「ほら、日のあるうちに行きましょう。簡単な依頼なんでしょう?」
「そうだけどー……面倒だなぁ」
みつの心からの言葉。いつもの事ながら、呆れてしまう。ここは、強硬手段に出るしかない。地図を持っているのは、私だ。
「わかりました。先生が行かないなら、私が行きます。玉葉くん、行きましょう」
みつを無視して立ち上がり、みつの机で寝ている玉葉くんに声をかける。玉葉くんは私の呼びかけに気づき、すぐに顔を上げ耳をピンと立て私を見た。うんうん、かわいい。
「わかった。また鞄に入ってたら良い?」
「そうね…、今日は人も少ないだろうし天気も良いし、お散歩しましょう。今のサイズなら、何とか中型犬で押し通せる、ハズ」
「わかったー。お外だね!」
玉葉くんは跳ね起き、ルンルンで机から飛び降り、私の足にまとわりついた。可愛いっ。
そんな様子の私たちに、慌てたようにみつが立ち上がった。
「みつも、みつも行く!」
頬を膨らませている。全く、この先生はなんで行動が子供なんだろうか。ちょっと溜息を吐きつつ、ようやく立ち上がったみつを伴って、事務所を出た。
今日は、良い散歩日和だ。
サブタイトルは、そのぐらいの季節という感じでつけました(ネタギレ感)




