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蛇足

後日談。まさに蛇足


 数週間後。


 私たちは、また、あの加賀士山の麓に集まっていた。

 ただでさえ珍妙なメンバーが、珍妙な恰好をして集まっている。

 このうち捨てられたハズの神社の中で、朗々とした祝詞の声が響く。

 それを神妙に頭を下げて聞いている、人たち。見慣れない二組の夫婦と、鷹也優斗。

 祝詞を読み終えた神官は、バサバサッと白い紙がついた木を左右に振る。

 至極真面目なその神事に私は笑いをこらえるのに必死だった。何故なら、そこで大真面目に神事を執り行っているのが、みつだから--。








 話は、あの山から帰って数日経ったぐらいまでさかのぼる。


 鷹也達を引き取りたいと申し出ていたのは、よしのやよしのの師匠がもともといる山の麓に住んでいる老夫婦だという。

 どうやらよしの達の仲間--本当は天狗だというが信じられない--は山で寺を開き、山伏のような真似事をしているらしい。そこそこ霊験があるので、信者もそこそこいて、その老夫婦もその信者だという。

 ある日、その老夫婦の勘当した息子夫婦が事故に遭ったと連絡がきたが、孫と連絡がとれなかった。手をつくしたが行方がわからず、天狗の寺に頼ったのだという。神頼み、いや妖怪頼みもいいところだが、天狗達は彼らの熱意に心動かされ、探す事を約束した。

 そして、(しき)と呼ばれる彼らの命令を聞くモノ?で探している内に、うちの事務所に行き当たったのだという。理由は、鷹也が少し前に来ていたから。よしのは力が弱く、式もあらぬ方向に行く事があるらしくその類かと回収しに来てみれば、見事にドンピシャの当たりを引いたのだった。が、お互いに不幸な事に、みつは知らない人間に喧嘩をふっかけられたと思い、よしのは単純に意地悪をされていると思い、売り言葉に買い言葉で、これまた知らなかった行方不明中の弟を探す事になったのだという。まあ、そこから先の恐怖体験は正直同情に値すると思うが…。

 とにかく、あの恐怖を体験した次の朝に鷹也とたまたま会い、探していた子供だと知ったよしのは、各方面に連絡を入れた。あの時私は知らなかったのだが、よしのが主の凶行を見捨てておけないと動いたことが、結果的に優斗を保護する事にも繋がったようだ。……こうして改めて考えてみると、よしのって悪運強いよね? まあ、それは置いとくとして。

 そこから問題になったのは、例のオジサンオバサン、だった。

 鷹也の言う通り、兄弟の保護者という事で遺産と慰謝料が入る仕組みになっており、保護者の権利を手放さなかったのだ。もちろん、鷹也達の祖父母が直談判しに行っても、頑として首を振らなかった。

 だから、柿森さんとみつが、一計を案じた。あの時の、悪だくみをする二人の楽しそうな事と言ったら……。ウキウキで準備をするみつなんて久しぶりに見た。みつも、後から兄弟の話を聞いて憤ったようだ。やるなら徹底的にやろうと。


 そして、よしの達や鷹也の祖父母も巻き込んで、大掛かりな茶番が行われる事になった。

 その間にまた二人が害されてはいけないと、天狗の人達が交代で見張ってくれたみたいだ。あの人たち、純粋に人間であるよしのを除けば、鴉になれるらしい。凄いよね。鴉になれる事もそうだが、そんな人たちの中で暮らしているよしのの胆力が。

 で、まあ、しばらく準備に時間がかかるというみつの言葉で、茶番実行日まで二人は見守られていたのだった。




 そして、ついに、今日が茶番当日である。


 私たちはまず、加賀士山の麓にある今は主も祭る人もいない例の神社をしっけいして、突貫だが綺麗にして、舞台を作った。そしてそこに、自分の身を潔斎しどこからか神官の衣装を調達してきたみつと、鷹也達とオジオバ、祖父母を入れた。

 今日の名目は、こうだ。


『せっかく見つけた孫達だが、三度も神隠しに遭った子供は不吉である。穢れを払うには、見つかったこちらの神社でお祓いをしてもらうのが良いだろう。祖父母として、せめて孫達の健やかな健康を願わせて欲しい。もちろん費用はこちらで全部持つ』と。


 どこまでも意地汚い人間もいる事だ。だが、だからこそ今日、その二人をここに招きいれる事ができた。関係無い人が来ないこの舞台に。あとは、みつがヘマしなければ、うまくいくそうだ。みつが何をするのか、私は知らない。だが、今日の打ち合わせのために来ていたよしのの師匠は、見たこともないぐらい笑っていた。よしのも見たことないと言っていたから、そうとう荒唐無稽な事をするのだろう。

 当のみつは、大真面目に神官の真似事を続けている。案外様になっているから、どこかで練習でもしたのだろうか。ああ、でも、祝詞を唱えてオオイヌさまとやらを召喚していたし、神社系に強いのかしら。


 一方私は、神社の外で中の様子を見守っている。そして、何故かいる柿森さん。柿森さんもどうやら重要な役目らしいが、良いのだろうか。柿森探偵総合社さんは、所長をこんな所に出して良いのか…。

 とりあえず、私たちはみつの合図があるまで、待機だ。


 みつは祝詞を唱え終わり、至極真面目にあの白い紙がついた木をバサバサ振った。私は笑いをこらえる。


「……むむむ! そこのご夫婦。いけませね、悪いモノがついていますよ。最近、小さな不幸が続いていませんか」


 みつが、さももっともげにその小さな不幸とやらをあげていく。石に躓いた。鍵をなくした。いつの間にか車にへこみ傷がついている。夫婦は、みつのあげる事象に最初は半笑いだったが、次第に顔を青ざめさせていった。最後には、どうしたら良いのかみつに縋るありさまだ。みつが、このままではあなたたちは大きな不幸に見舞われますよ、と脅しに脅せば、二人はもう泣きだしそうに、みつの言葉を聞くばかりだった。

 ……なんてことはないのだ。今みつがあげつらった小さな不幸。その全てが、監視していた鴉の仕業や報告なのだから。たぶん、へこみ傷とかは絶対やってる。十円傷もたぶんそう。それをどうこう言うつもりはないが、ちょっとやってる事が卑怯なんじゃなかろうか、と心配になってくる。が、みつはこれも必要な事だと言っていた。


 中では、オジサンとオバサンだけ特別な祈祷をするから、鷹也達は出ていくように言われていた。素直に出ていく鷹也達。私たちも社から少し離れる。

 みつから言われていたのだ。あの二人だけ特別な事をするから、絶対中を見るな、と。特に異論はなかったので、みな社から離れる。

 出て来た鷹也達は、何度目かの祖父母との会話をしていた。あの人たちに内緒で会っていたようだが、打ち解けたようで、良い人達そうで、本当に良かった。

 社の中では、みつの大きな声での祝詞が聞こえる。


 私たちが外で談笑していると急に、はァッと大きな気合の入った一声が響き社の中から光が漏れた。社の中には光源になるようなものは無かったハズだが。

 入っていいのかわからず、私たちがやきもきしていると、戸を開けて、何かをやりきったすがすがしい顔のみつが、顔を覗かせた。


「良いよ、入って来て。鷹也達と柿森さんも、早く」


 みつの言葉で、ぞろぞろ社に入っていく。私たちも、元いた場所に戻り中をのぞいた。すると、


「はい……はい……その通りです」


 半分目がイって口が半開きの、男女がいた。何を言われても御覧のありさまだ。まともな状態とはとてもいえなかった。

 そんな二人と、少し戸惑っている祖父母をよそ目に、なぜか弁護士バッチをつけている柿森さんが手際よく書類を取り出し、何やらサインとハンコを押させている。あの二人は、言われるがままはいはいとハンコとサインをしていく。……これ、大丈夫なやつ? ねえこれ本当に、犯罪とかにならない大丈夫なやつ?!!


 ひとしきりサインが終わると、柿森さんは書類を鞄にしまい、控えを二人に握らせて、立ち上がらせた。

 二人は口が半開きのまま、言われるがまま社を出て、自分たちが乗ってきた車に乗り込み、車を発進させた。

 そう、鷹也と優斗を、置いて。

 その車が見えなくなるまで、じっと黙って見送った。


 山道の向こうに車が消えた時、バサバサバサッと、頭上でいくつもの羽音がした。


「おめでとう!」

「ようこそ天狗の山へ!」

「歓迎するぜ!」


 それは黒く大きな、鴉達だった。鴉達は思い思いに上空で、鷹也達に祝福をかける。


「俺たち、これで、本当に……?」


 鷹也がまだ信じられないという風につぶやくと、隣にいた祖父が、まだ自分よりは低いその肩を抱き寄せた。祖母は、優斗を抱きしめている。


「これでようやく、一緒に暮らせるのね!」


 優斗も嬉しそうに祖母に抱きついている。肩を抱かれた鷹也はうつむいて肩を震わせていた。泣いて、いるのかと思ったら、


「……っあはははは!」


 笑っていた。とても楽しそうに。それにつられて、優斗が笑う。それにつられて祖父母が。それにつられて私たちが。


「なんだよー、ひとが頑張ってたのに笑ってー」


 疲れ切った顔のみつが、装束を脱ぎ捨てていつものラフな格好で出て来た。

 うん。こっちのみつの方が、みつらしい。


「はいはい、お疲れ様でした、先生」


 みつにねぎらいの言葉をかけると、みつはへんにゃり笑った。

 そこに、よしのと師匠が来た。


「言われた通り、家財道具も運んでおいたよ。これで、明日から暮らせるよ」

「ありがとうございます。天狗様、探偵さん。孫や私達の為に何から何まで」


 みつと報告を聞いていると、鷹也達をつれた祖父母が私たちにまで頭を下げた。

 師匠は人格者らしく、礼には及びませんと言い、みつは怠け者らしく右手を上げただけだった。いやもしかしたら、照れてるのかもしれないけど。

 老夫婦はもう一度頭を下げると、今度は周りにいる鴉たちに頭を下げ始めた。社の撤収作業をしている鴉たちは慌てたように、だがどこか誇らしそうに、そのお礼を聞いていた。


「……で、何したの? あの人達に」


 その様子を見ながら、みつに聞いた。みつは面倒くさそうに、ふぁあとあくびした。


「んー、そうだねえ。端的に言えば、欲を極限まで払い清めたんだよ。あの人たち、悪い欲の塊みたいだったから、一緒くたに、全部」


 なんか、怖い事を聞いているような気がしているのは、私だけだろうか。欲って、確かに悪く使えば犯罪とかになるけど、例えば、良いモノが食べたいとか、綺麗なモノが欲しいとか、生きていくうえで向上心につながったり、それだけで生きていくのに必要な欲だってあるだろう。それを、全部消した、というのだ。その状態は、あれを見るに察して余りある。


「一時的にだから、すぐ戻るだろうけどねぇ~。個人差があるけどあいつらは早そうだよお。まあ、戻ってももう遅いんだけど~」


 心底楽しそうに、くつくつ笑うみつ。そもそもこれも、みつ発案の茶番なのだ、性格悪いったら。


 世の中にはいくつか重要な書類があって、そこにハンコやサインを押す事で成立する契約がある。

 そのうちの一種類が、さっきあの人たちがサインしハンコを押した、書類だ。それを、何故か弁護士バッチを付けた柿森さんが受理し、さっき役所に出すために車に乗って走り去っていった。

 鷹也と優斗の為の、そして祖父母と一緒に暮らすための、素晴らしい書類を出すために。

 あの二人が正気に戻った時には、もう遅い。自分たちのサインとハンコが押してある控えが、手元にあるのだから。気が付いてここに戻ってきても、此処はすでに廃墟に戻っており、祖父母の住所はわからない。もちろん、私たちや鴉の存在も知らない。

 狐に化かされたように、何もできないだろう。

 まったく、みつも人が悪い。そうして、それにノリノリで付き合った私も、相当に人が悪い。


「さ、帰ろうかー。玉葉が暇してるよー」

「玉葉くん、最近テレビのチャンネルを変える事を覚えたのよ…」

「マジで。大丈夫かな、穢れにカウントされてないかな……」


 私たちが意味の無い会話をしていると、祖父母から離れた鷹也と優斗が駆け寄ってきた。


「タンテーさん。助手さん。今日までありがとう。これ、残りの依頼料」


 鷹也が、律儀に封筒を手渡そうとする。あの日、事務所で言った事を覚えていたようだ。解決してからで良いという、みつの言葉を。

 まさか受け取らないよね、と思ってみつを見ていると、みつは肩をすくめた。


「もう貰ったから、それは貰いすぎになっちゃうね~」

「えっ?」

「うちの狐の従業員がねえ、空腹で困ってたんだよねえ。それが、この間からおなかいっぱいでさあ。むしろこっちが謝礼を払わないとって思ってたんだよねえ~」


 みつが間延びしたように言うと、二人はわけがわからないという風に、みつを見ていた。


「ま、というわけで、キミからはもう貰ったから。じゃあね~、達者に暮らすんだよ~」


 みつは踵を返すと、右手をひらひらと振って歩き出した。振り返りもせずに。


「あ、ありがとうございました!」

「ありがとうございましたぁ」


 兄弟が、頭を下げる。みつは振り返らない。私は少しだけ二人に手を振った。すると二人は勢いよく手を振り返してくれた。その光景に心がジーンとする。

 二人を呼ぶ、優しい声に兄弟が振り返る。そこには、優しい顔をした老夫婦。嬉しそうに走り寄っていく、兄弟。


「かおちゃ~ん、私たちも、帰ろう」

「……はい」


 みつの声に、私も振り返る事なく、みつの後を追った。

 冬間近だというのに、暖かい光が、降り注いでいた。




 おわり。

これにて山の話は終了です!ありがとうございました。お家に帰ろう

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