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家路





 無事、麓の神社にたどり着いた私達は、既に管理する人が絶えた、その社の軒先に座り込んでいた。

 優斗はお腹が満ちたからだろうか、下山している途中からうつらうつらし始め、鷹也に背負われて、眠っていた。それは、神社について横たえてからも変わらない。

 鷹也は無言で、安心しきったように眠る優斗を見守っていた。

 ……兄弟がいるって、こんな感じなんだろうか。

 少しうらやましくなって、二人を見つめていた。すると、鷹也が私の視線に気づいたように、私を見た。


「……あの人、よしのさん?が」

「どうしたの?」


 言いにくそうに、そして言っていいのかわからないという風に、いったん言葉を区切った鷹也。あの人なら、鷹也には大抵の事を言われても怒らないと思うから、なんでも言ってみて欲しいと、目力で訴える。鷹也はそんな私の目力には気づかず、優斗を見下ろしていた。


「……俺たちを、引き取りたいって人がいる、って」

「え?! そうなの! よかったじゃない!」


 驚いた。驚いて素直に感想を口にすると、今度は鷹也が驚いた顔をしていた。なんで?


「いい、のかな」

「良いに決まってるじゃない。あ、でもそうか、次の人も駄目な人だったら心配、って事よね。大丈夫、知り合いに腕の良い探偵がいるから、調べてもらいましょう」


 名案が思い付いたのでそのまま口にすると、鷹也は今度は微妙な顔をした。どうしよう。お姉さん、この思春期の男子の考えてる事がわからない。


「なんで、関係ないのに、そんなに喜んだり、心配してくれるんだ?」

「えっ、なんでって……」


 鷹也の言葉と、その困ってしまった犬のような表情に、言葉が詰まった。

 たぶん、私の想像が近ければ、この子たちの本当の両親は、いない。そして親戚に引き取られ、そこでぞんざいな扱いをうけている。特に小さい優斗は。優斗を守りたい彼は、大人を、周りの人間を信じられなくなっているのかもしれない。

 ふと、遠くを見る。

 ここは山が綺麗だ、本当に。


「……私も、両親がいないの」


 みつにも、した事が無い話。柿森さんには話したから知っているかもしれないけど、触れてこない、話題。


「正確には居る、と思うんだけど、会った記憶がないの。私は、祖父母に引き取られて、育った。小さな頃の事は殆ど覚えていないけど、祖父母は私に愛情を注いでくれたから、さみしくなかった」


 鷹也を見ると、鷹也は驚いたような顔をした後、バツの悪そうな顔をした。これは、私が勝手に話だした事だから、そんな顔しなくていいのに。少し、笑みが漏れた。


「だから、かな。なんだか他人事と思えなくて、あなた達の事。幸せに、なってほしくて」


 私も、どういう顔をしていいのかわからなくて、苦笑みたいになってしまった。

 鷹也は困ったような顔をしていたが、何かを覚悟したのか、きゅっと結んでいた口を、開いた。


「父さんと母さんは、交通事故だったんだ。何台も車を巻き込んだ大きな交通事故だった。俺たちはその日留守番してて、いきなりそう聞かされた。何も、現実感がなかった。気づいたら、優斗の手をとって、喪服をきて、葬式してた。近所の人たちが助けてくれたって、後で聞いた。葬式で、役所やなんかの会社の偉い人達が来て、慰謝料の話をされた。よくわかんなかったら、そのまま聞いてた。そしたらオジサンとオバサンが来て、後は俺たちがうまくやっておくから、お前たちは何も考えなくて良いって。その時は優しくて、どうして良いかわからなくて、その言葉に縋った。そしたら、いつの間にか住み慣れた家を出て、近所の人たちとも離れて、あの人たちの家に住んでた。……すぐに、わかったよ。あいつらは、俺たちに払われる慰謝料目当てで引き取ったんだ、って。俺たちを引き取ってすぐ会社を辞めて、遊びほうけた。俺たちは通帳の場所も暗証番号も知らされず、ただ、耐えるしかなった。働きだしたら、あいつらの搾取から逃げられるって、金はどうでもよかった。とにかく、逃げたかった。そしたら、優斗がこんな事になって……もう、優斗しか家族はいないのに! 俺、俺! 何を信じたら良いっ? 何をしたら、大人になれる?!」


 鷹也は、ボロボロと流れ落ちる涙を、必死に両腕で拭っていた。けれど涙は尽きる事なく、両の袖を濡らしていくばかり。そんなに強くこすっては、目が痛くなってしまう。

 そっとハンカチを差し出す。こんな小さなハンカチで受け止めきれるとは思えなかったけれど。鷹也は素直にそのハンカチを受け取り、目に当てた。


「大人って、時間が経ったらなるものだと、私も思ってた。でも、きっと違うのね。守りたい事ややりたい事、相手を思いやったり自分を大事にしたり、色んな事を経験して、大人になっていくんだと、思う。私も、まだまだ大人になりきれてない。あなた達なら尚更よ。だから、もうしばらく信頼できる人の所で、子供をしてて欲しいな、って勝手だけど私は思うよ。だって、まだ守られていていい年だもの」


 鷹也はハンカチに顔を埋めたまま、私の言葉を聞いているようだった。嗚咽が、静かに漏れる。

 張りつめていたこの子は、とても辛そうだった。正直、なんの関係も無い私が引き取っても良いと思ってしまうぐらいに。

 どうか、そのよしのの言った事が本当であり、今度こそ良い人達でありますようにと、願わずにいられない。

 地平線に傾いていく太陽を見ながら、祈らずにはいられなかった。











 夕日が、赤く山を染めていく。

 社の背後にそびえたつ山は、さぞ赤く染まった事だろう。だが、振り返っても木が高くほとんど見えない。

 山の異様な雰囲気は無くなったので、こうやってただひたすらみつ達を待っているが、大丈夫だろうか。

 考えると、不安になってくる。みつが危なくなったら玉葉くんだけでも逃がすだろうし、いまだ玉葉くんの姿が見えないという事は、たぶん無事なのだろうと、信じるしかない。

 夕日はゆっくりと向こう山の端にかかり、そろそろ夜の帳が降りてくる。夜になったら、山の中は危険だ。

 鷹也と優斗の事を思って警察には電話していないが、みつ達の捜索となれば話は別だ。

 帰りのバスが無くなりそうだったので、柿森さんには連絡して迎えに来てもらえる事になっているが、それももうしばらくしたら着いてしまう。

 私の中で、再び焦りと決断が迫られてきた。不安に座っていられず、神社の横から伸びる山道の前に立つ。

 夕暮れの中では、もう先が見えない。

 みつ、玉葉くん、よしのさん。無事でいて。


 山道の前で祈っていると、ふと、声が聞こえた。

 それは、気のせいなんかではなく。

 だんだんと下りてくる、人の声。

 ああ、この声は、聞いた事がある!


「--だから止めろって言ってるデショ!」

「なんでよォ。アンタに関係ないじゃなーい」

「あるわ! うざい!」

「ひっどーい。ねェ。おシショーさまァ」


 にぎやかに下りてくる声、そして遅れて見える、人影たち。

 間違いない。


「みつ!」


 思わず叫ぶと、人影のうちの一人がこちらに気づいたように、走って下りてくる。夕暮れの中でも見えるツインテールが揺れていた。


「かおちゃん! 無事だったんだね! よかった」

「良かったはこっちのセリフよ! 怪我してないでしょうね!」


 安堵のあまり、思わず本音がこぼれた。そんな私の言葉に、みつは至近距離でとっても嬉しそうに、笑った。この黄昏時にわかるくらいに、にっこりと。


「うん、みつは大丈夫。あの人と、玉葉のおかげでね。かおちゃんが、言ってくれたんでしょう? ありがとう」

「……知りませんっ」


 みつの言葉の恥ずかしさと、自分の恥ずかしさで、ついそっぽを向くが、みつがへんにゃりと笑っているのは、なんとなくわかった。


「あらァ、鷹也クンも無事だったのねェ! 良かったわァ。その子が優斗クンねェ。かわいいわねー」


 みつから遅れるようにして下りてきたよしのの声が聞こえてそちらを向くと、鷹也が困ったように相手をしていた。助けを求める眼で見られたので、仕方なくそちらに行った。みつもついてくる。

 よしのの横には、あの大きなよしののおシショーさまも一緒だった。良かったね、大事な人に会えて。


「あ、あの、山昇るときに言ってた事、本当なのか? 俺たちを引き取りたい人がいる、って……」


 鷹也が、オズオズとよしのに尋ねる。よしのは驚いた顔をした後、得意そうに胸をたたいた。


「本当よォ! ねえ、おシショーさま」


 よしのと鷹也に見られたよしのの師匠は、ゆっくりとだが確実に頷いた。


「ああ。そもそも我々は、その依頼で君たちを探していた」

「は?」

「え?」


 師匠の言葉に、みつが素っ頓狂な声をあげた。私もつい声が漏れた。


「そォよォ。そもそもそれで鴉ちゃん使って探してたのにィ、勘違いした人に盗られちゃうしィ」


 よしのが、膨らまない頬を膨らませ、みつをねめつける。みつは驚いた顔のまま、師匠を見た。


「私も、私たちが探している子と、君たちが探している子が一緒だと知らなくてね。吉延が途中で気づいて教えてくれたそうなんだ」


 師匠が紡ぐ言葉に、みつのあんぐり開いた口がふさがらない。みつのそんな顔、久しぶりに見たわ。私も同じ顔してそうだけど。


「だからァ、主どうこうは、本当は副産物だったのよォ。おかげで危ない目にもあったけどォ。そこの玉葉ちゃんが主を倒してくれたから、本当に助かったワ。ありがとね」


 そうだ。玉葉くん。今までなんでその存在を忘れていたのか、と思って、玉葉くんを改めて探して見て納得した。デカいのだ。しかも、辺りは夕暮れで、少し離れれば人の影さえわからなくなっている。そんな中、下の方にいると思っている顔が上にあったら気づかない。玉葉くんの狐の顔は、私の顔より高い所にあった。デカい。


「玉葉くん、無事でよかった」

「うん。神凪さんは、僕を見て驚かないんだね」

「いや、驚いたけど……玉葉くんだから。大丈夫」


 私の言葉に、嬉しそうな気配が伝わった。


「玉葉ぁ。いい加減縮んでくれないかなあ。それじゃあ連れて帰れないよ」

「ごめんね、不破さん。なんだかうまく制御できなくて、縮めないんだ。でも、すごいよ。力が満ち溢れてる」


 みつの不満げな声に、玉葉くんの嬉しそな声が続く。私の知らない所で、何かあったようだ。でも、この安堵感とよしのの言葉で、わかる。主を倒したのは、玉葉くんだ。そしてそのおかげかどうかわからないが、玉葉くんのエネルギー事情が、改善されている。


 プップー!と、車のクラクションが聞こえた。そちらの方を向くと、一台のワゴン車が近づいてきていた。

 ライトに照らされる私たち。その車は、私たちが居る横に止まった。


「よう、迎えにきたぜ。って、結構な人数だなあ。ワゴンできて良かったな」


 柿森さんだった。私の電話で、自ら迎えにきてれたようだ。……忙しい、のよね?この人??


「柿森さん、ありがとうございます。助かります」

「良いってことよ。みつ坊達と、そこの坊ややそこの人達も帰るんだろう。送っていくぜ」


 気前の良い柿森さんの言葉に、私たちはみんなして車に乗り込んだのだった。玉葉くんは、何とか人型になって(それでも2メートル超えた男性だったが)助手席に押し込まれた。早く縮んであのかわいい姿に戻ってほしいものだ。


 そんなこんなで、色々あったが、私達を乗せた車は、無事家路についたのだった。

ここで本当は本編は終わりですが、蛇足(後日談)あります。

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