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山道 反撃

 みつは、改めて剣を構え、師弟の横に並び立った。


「タンテーさん…」


 よしのが、横目でみつを見る。みつも、横目だけで師弟を見た。


「余計な事はしないつもりだったのに……借りは返してもらうからね」


 半分は、自分から突っ込んで行ったようなものだが、そうでも言わないとやってられない。幸いにも師弟はそんなみつの自業自得に気づいていない。それどころか、よしのはちょっと感激したような顔をした。


「タンテーさん、アタシ、アンタの事誤解してたかもしれないワ」


 よしのの言葉と同時に、主から音の無い衝撃がまた飛んできた。それを三人同時に別々に避けた。師匠が先ほど出した軌道を変えられるぐらいの風は、すぐにもう一度は出せないらしい。


「今はそんな事言ってる場合じゃないでしょ。そうだ。あなた達の所に救援を出してよ。鴉ならすぐ来れるでしょ」


 三人それぞれ別々に避けながら、会話を続ける。主は、無言で衝撃波を放ってくる。人型になると攻撃パターンが変わるらしい。

 みつの言葉に、よしのが首を振る。


「それが、式がいないから呼べなくて」


 みつは次いで、今しがた攻撃を避けた師匠の方を見た。


「私も、主ににすべて喰われてしまってな」


 何とか衝撃波をやり過ごした師匠が、首を振る。また、攻撃が飛んでくる。どうやら、今は師匠の方に狙いを定めているようだ。

 みつが、にやりと笑った。


「ふっふーん。さて、私が今手に持ってるものは、なんでしょう」


 みつが、ふふんと得意そうに取り出したのは、あの長四角の紙。


「カラスちゃん!」

「優斗は見つかったしね、返してあげる」

「よかった! おシショーさま!」


 よしのは、みつの手にある紙を見て目を輝かせながら師匠を見た。が、師匠はよしのの言いたい事を分かった上で、首を振った。


「だめだ。それは、もう吉延のものだ。だから、お前が式をうちなさい」

「で、でもォ、アタシ時間がかかって」

「やりなさい、吉延。お前ならできる。探偵さん、すまないが時間稼ぎを手伝ってくれ」

「さっきから手伝ってるでしょ。ほら」


 主の攻撃の隙をついて、みつはよしのに向かって紙を投げた。無造作にひらひらと投げられた紙は、だがしっかり飛びついたよしのの手の中に納まった。受け取ったよしのは、ぎゅっと握りしめ二人から、主から、走って離れた。

 主を警戒しながら安全そうな場所まで避難すると、紙を右手の人差し指と中指でそっと挟み、口の中で何やら呟き始めた。それを見てみつが、眉をしかめた。


「げっ、また時間のかかる方法を」

「仕方ないんだ、今の吉延の力量では」


 みつの呆れたような態度に、師匠はフォローを入れたつもりだが、フォローになっていなかった。そんな間にも、二人は主の相手をしている。主は、余裕そうだが、二人は避けるのでも精いっぱいだ。

 お互い決定打が見えない。

 主が、業を煮やしたように身を捩った。すると、みるみる主の身体が細くなり、白い蛇の鱗が現れた。大蛇に戻ったのだ。


 そんな事とはつゆ知らぬよしのの呪が、ようよう終わりかけた時、


「うわ!」


 という悲鳴が聞こえ、よしのはついそちらを見た。

 なんと、師匠が蛇に戻った主に巻き付かれているではないか。

 一瞬のスキをついて、からめとられたらしい。探偵も、息を荒くしながら気を引こうとしているが、意にも介さない。

 そんな!と心の中だけで悲鳴をあげるよしの。


『カラスちゃん! お願い! 早く形になって! じゃないと、おシショーさまが、おシショーさまが!!』


 よしのの心に呼応したのだろうか、うんともすんとも言わなかった紙が、ざわ、ざわざわっと動き始める。そしてそれはゆっくり折りたたまれてゆき、ついに、鳥の形になった時、


「カラスちゃん! お願い、みんなを呼んできて!!」


 よしのは勢いよくソレを宙に投げ放った。ソレは矢のように勢いよく空に向かい、そして翼を広げるとどこかへと飛んで行ってしまった。よしのはぐっと両手を握りしめた。


「やった! 成功したワ!」

「ぐうぅ」


 そうだった、喜んでいる場合じゃないんだった。師匠の苦しそうな声に、カッと頭に血が昇る。


「蛇! こっちよ! あんたなんかにおシショーさまを食べられてたまるかぁああああ」


 野太い声をあげて、よしの、いや吉延は蛇に殴りかかって行った。恐れや保身はなく、ただ怒りだけが支配していた。


 オラア!と、ドスのきいた気合の入った声で、師匠を締め上げて油断していた頭に、その(こぶし)をメリ込ます。それは、ただ単純に筋肉の力と体重をかけただけの、拳。だが、少し油断していた蛇には、効いたようだ。人間で言うところの、脳が揺れた、というのだろうか、少し、締め付けが弱くなった。その隙をついて、師匠は渾身の力で抜け出した。


「う、うわぁ。単純に殴った。筋力の力で勝ったよ、あの人……うそだろ」


 それにただ一人驚いているのは、みつ。吉延は主に向かって雄たけびを上げていた。


「ふん! これが愛の力じゃあああ」


 主は、しばし呆としていた。無理もないだろう。今まで槍や刀の刃すら通さなかった鱗に守られた肉体を、ただの人間のただのこぶしで傷つけられたのだから。少しだけ、みつは主に同情した。


「助かったよ、吉延」

「おシショーさまァ、無事でよかったですうぅう」


 大蛇から抜け出し襟を整えたおシショーさまに言葉をかけられて、吉延は一気によしのに戻った。ぶりっこポーズは全く似合っておらず、あの勇ましい姿の方が似合ってると思う、という言葉はみつの心の中にしまわれた。


「ゆ、許せん……我に、我にこのような屈辱を……っ」


 蛇の声が、怒りに震える。ますますヤバい事態になってきた。


 鴉は、あとどれぐらいで、どのくらい来るのだろう。数の力で勝てたらいいんだけど。希望的観測でしかないが、それに縋るしか勝機はない。

 みつは、自分の立場を思い溜息をついた。ここで死ぬ予定はない。もしもの時は、独り逃げるぐらいはできるだろう。逃げるにも数が居た方が良いので、ぜひとも鴉達に来てもらわなければ困る。


 みつが独り逃げる算段をしている内にも、主が、蛇がどんどん大きくなっていく。もとは、大人の腕で一抱えぐらいの蛇だったはずだ。それでも十分に大蛇だった。

 だが、今ではどうだ。より太く、長くなっている。

 ソレは、大人が腕を回しても届かない程の胴回りを持ち、もはや尻尾の先まで目測ではわからない程の長さになってしまっていた。


「うえぇ、そんなのアリなの……」


 みつがその様子を見て思わず呟くと、横に来ていた師匠が冷や汗を流しながら答えた。


「聞いた事がないな、主としては。だが、オロチとしては、あり得ない事ではないのだろう。山の精気を、使いきる気か」

「ば、化け物……」


 横で、よしのが恐れおののいたように呟いた言葉が、すとんと府に落ちたような気がした。


「ああ、化け物だ。もはや過去の遺物でしかなく、人に害をなすだけの存在になり果てた。()く排除せねばならぬ」

「で、でもおシショーさま。どうやって……?」


 しごく真っ当な弟子の言葉に、返す言葉を師匠は持っていなかった。先ほどまでも感じていた威圧感が、段違いになってきている。あの赤カガチの眼に睨まれると、一瞬で意識を持っていかれそうだ。動いたら、やられる。だが、動かなければ捕えられる。どうしたら、良いのだろうか。もしもの時は、二人を逃がさねば。

 師匠は、少し震える自分の拳を叱咤した。


 風さえ吹かない、静寂。一瞬、時が止まったかと思う程の。

 互いに、動かない。いや、こちらは動けない。足を、手を、動かさなければと思うのに、うまく体が言う事をきいてくれない。視線さえ主に釘付けにされ、動かす事を許されない。

 次、主が動いた時が、自分が死ぬ時だ。だが、ただでは死なない。一矢報い、二人に逃げる隙を作らなければ。

 師匠がそう決意し、手に持つ錫杖を握り直したその時、


 赤い光が、揺れた。


「ぐぅっ!」


 次に来たのは、重い衝撃。一瞬の事に、何が起きたのかわからなかったが、咄嗟に錫杖で自分の身体をかばったらしい。べこっと途中からへこんだ錫杖と、ビリビリしびれる手。そして、目の前にある燃え立つような赤い丸い目。ああ、襲われたのかと、一瞬遅れて理解した。


「おシショーさま!」


 弟子が、駆け寄るのと同時に蛇の鎌首がそちらを向くの見た。


「逃げなさい! 吉延」


 そう言ったと同時に、蛇の胴体に飛びつく。もはや、手が回りきらない程の太さになった胴にしがみつき、こちらに意識を向けさせる。


「無茶だ!」

「いやっ!」


 蛇が身を捩り、こちらを巻き付けようとする間に逃げてくれればと思ったが、二人とも逃げるどころか蛇と自分に向かって走ってくるではないか。


「逃げなさい!」


 もう一度言うが、二人は従う様子を見せない。と、蛇が急に身をひねった。今や後ろに張り付く者を絞め殺すのは容易い事だろう。だが、ただでは死なぬと決意し、師匠は腰に差していた細い扇子を取り出した。首を這いあがり、振り落そうと暴れる頭にしがみつき、左腕だけで体を支えると、扇子を握っている右手を振りかぶり、一気にアカカガチを目指して先端を振り下ろした。


「!!!」


 声にならない悲鳴が、あたりの木々を揺らした。その音は衝撃となり、三人を吹き飛ばした。ドンっと木の幹にぶつかるもの、運よく地面に投げ出されたもの、受け身をとって難を逃れたもの。三者三様に散らばった。蛇は、身を捩らせ、無茶苦茶に暴れた。潰された片目から、赤い血が流れているのが見える。暴れている胴体や尾に当たれば、無事では済まないだろうと三人が離れようとしたその時、


 バサバサバサッ!!


 上空で、何羽もの大きな羽音がした。


黒木(こくぼく)殿! 無事か!」

「おう、なんと巨大で不気味な」

「間に合ったか!」

入用(いりよう)かと思って持ってきたぞ!」


 その羽の音と同じ数程の声が、上から振ってきた。上を見上げると、


「皆! 来てくれたのか!」


 見知った、顔、顔、顔。みな、大きな鴉から、錫杖を持った山伏の姿に変化しながら、地に降りてくる。これぞ、天狗衆(てんぐしゅう)。その数、ざっと二十。


「主は今、我を失い暴れている。勝機は今だ! 皆で抑え込もう!」

「「「(おう)!」」」


 師匠の言葉に、めいめいに降り立ってきた黒い羽を生やした屈強な男達が応じ、次々に大蛇に掴みかかっていく。

 暴れていた大蛇に、次々と重なる影、影、影。さすがに重かったのか、蛇は(こうべ)を地に伏した。男たちはそれで安心せず、胴体や尾も掴みかかり封じていく。よしのもそれに参加し、重量を足していった。


 数分立たずに、蛇が地に伏せ大人しくなった。油断はできないが、とりあえず危機は脱したようだ。

 あとは、息の根を止めるだけだ。


 師匠がゆっくり頭の方に歩いていく。手には、仲間が持って来てくれた、お(やま)の宝刀。悪しきものを断ち切るという、普段は神社に祀られている、由緒正しい大刀(おおがたな)だ。


「主よ。いや、主であったモノよ。安らかに眠れ」


 ゆっくり両手に構えた刀を頭上に振り上げ、下ろそうとした瞬間、燃え立つような赤い目と、目が合った。


「あぶない!」


 そして次に来たのは、横からの衝撃と女性の切羽詰まった声。

 思わず吹き飛ばされながらも、大蛇が難なく口を開き、牙を、自分の喉笛に突き立てようと襲い掛かってくるのが、見えた。そう、見えたのだ。自分は何かに飛ばされ、窮地を救われた。


「油断しないで! 蛇は--」


 そう、彼女が言った瞬間、蛇は物凄い勢いで身を捩った。すると、巨体を押さえつけていたハズの仲間達が、次々と吹き飛ばされていった。その巨体はまるで蠅でも追い払うように軽々と、修行で鍛えていたハズの皆を薙ぎ払っていく。

 思考が、追いつかなかった。

 蛇が、身を捩りながらこちらを見た。二つの牙が見える。宝刀を盾にするわけにはいかない。

 咄嗟に宝刀を抱え込み蛇に背を向けた瞬間、金色の光が、見えた。


吉延が物理で勝ったのは、火事場の馬鹿力とかそんな感じw

次回から、薫視点に戻ります(一瞬)

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