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朱染まる山

ここから2話、戦闘に入りますが、本筋と薫には関係無いので読み飛ばしてもらっても大丈夫です。タイトル回収回





 走り出した二人は、蛇が早々に追いかけてこないのを見て、足を緩めた。よしのが後ろを振り返る。


「……諦めたのかしら」

「いいや。たぶん余裕なんだよ。それか、弱い獲物をいたぶっているかだね」


 速足に速度を落としながら、二人は話す。今度は同時に後ろを見るが、すぐ近くに居る感じはない。ただ、追ってきている気配はする。

 後ろと足元を注意しながら、みつはよしのを見ずに聞いた。


「ねえ、なんであなたは玉葉と一緒に逃げなかったの?」


 みつの言葉に、よしのは眉を上げて驚いたような顔をした後、ふんっと鼻で笑った。


「頼まれたからよォ。あんたが無茶しないように止めてって、神凪ちゃんから」

「えっ、かおちゃんがそんな事を?!」


 こんな状況とはいえ、みつは嬉しそうに声を上げた。心なしか揺れる尻尾が見えた気がした。


「じゃあ、無事に帰れるようになんとかしないとねぇ。でも、どうしよっか」


 速足のまま進みながら、みつはいまだ姿を見せない大蛇を見据えるように、呟いた。よしのがみつを見る。


「あんた強いんでしょう、なんとかしてよォ」

「無理だよ。かおちゃんも傍にいないのに」

「はァ? 今そんな、守る人がいるから強くなれるキリッとか聞いてるんじゃないのよォ!」

「私だってふざけてるわけじゃないよ! 仕方ないんだよ!」

「はァあ?」


 ふざけたような言い合いをしていると、ガサガサと音がした。しまった、もう追いつかれてしまったかとハッと後ろを振り返った。


「逃げるのは終わりか? もっと逃げ惑っても良いのだぞ」


 嘲りを含んだ地を這う声の主、白く微かに光っている大蛇が、うねうねとこちらに近づいてきていた。遅く見えるのに、速足のみつ達に追いつきそうだ。ガサガサと落ちた葉をかき分けながら蛇が、こちらに一心に向かってくる姿は、根源的な恐怖さえ感じさせる。が、ここで引くわけにはいかない。ここが、頃合いか。


 みつは急に足を止めると、左足を軸にくるっと踵を返し、その勢いのまま蛇の頭めがけて手の短刀から伸びた長い刃を袈裟懸けに斬り下ろした。いきなりのみつの行動に、大蛇は一拍反応するのが遅れた、が、さすがはこの山の主ともなった存在。頭めがけて振り下ろされた刃を右に避けた。だが、よけきれず、胴体に刃が下ろされた。だが、その刃は逸らされたとはいえ、鱗を傷つける事しかできなかった。

 チッと舌打ちし、みつは大蛇からの反撃をその刃で受けた。向こう側が見える、不思議な刃だったが、確実に主の牙を留めていた。


「ナイスよォ!」


 ぐぐぐっと、刃をへし折ろうとする大蛇と咥内にある刃を奥に押し込めようと力を籠めるみつが、同等の力比べをしている時に、後ろから何かが飛んでドスンと着地した。よしのだ。よしのは、仕込み槍の切っ先を下に向け、思いっきり飛び主の頭に突き立てようとした。が、切っ先は、ガキン!と鈍い音を立てて、そのまま大蛇の頭の形に添って下に降りた。

 蛇の頭の方が鋼より硬いとは思いもしなかったよしのは、ビックリしたように固まった。槍の切っ先が地面にめり込む。


「うっそォ! なに、なんなのコレが主なの?!」


 蛇は急にみつとの力比べをやめ、自分を害そうとした人物に牙を向けた。慌てて槍を引き抜き、柄でその牙を防いだ。咄嗟の判断は、さすが山に入り修行をしているだけはあると、少しだけみつはよしのを見直した。が、知らず知らず見直されていたよしのは、それどころじゃない。自分の頭ぐらいは一口で呑んでしまいそうな蛇が、クワっと顎を開きその毒々しい牙を見せつけているのだから。この槍を手放したり、折られたりしたら、おしまいかもしれない。嫌な予感に、よしのの額に汗が浮く。みつは何をしているのかとちらりと見ると、剣を縦に構え、左手を添え、真言を唱えていた。


「遍満する金剛部諸尊に礼し奉る。大不動明王よ。砕破したまえ。忿怒したまえ。障害を破崔したまえ! カン! マン!」


 唱え終わると、みつの持っていた透き通る刃が内から光りだした。それは、主が発する光と同じよう。みつはカッと目を見開くと、はあああ!と気合一声、その刃を振り下ろした。

 スパッと、大蛇の後ろ身が刀の軌跡そのままに、斬れた。先ほどは鱗一枚傷つけるのが精いっぱいだったというのに。

 だが、斬れたとは言え、それは致命傷ではない。肉にまでは到達したが、それは蛇の全長の僅か。だが蛇にはそれで充分だった。よしのの持っていた柄からパッと口を離し、みつの二撃目を避けた。

 シュルシュルとみつ達と距離を取る。みつ達も、不用意に距離を詰められないでいた。今の一撃が、どれだけ効いたのか、ハッキリはわからない。


「……我の山で、我を傷つけ、我の贄を盗る盗っ人共が……」


 蛇は頭を限界まで持ち上げた。それは、みつの身長を超え、よしのを超えた。そして、その白く発光した胴体は、すうっと膨らみ、次の瞬間には白い着物を着た、長い白髪の男性になっていた。

 整った(かんばせ)をしているが酷薄そうな瞳が、怒りに燃えている。


 間違いない。あれが、主の人型。優斗が遊んだという、男性。

 二人からは死角になり見えないが、その背中には袈裟懸けに切られた痕がくっきり残り、痛々しい傷跡を晒していた。

 男性は、その燃え立つような目を二人に向けていたかと思うと、急に空を振り仰いだ。いや、空ではない。木々だ。


「あくまで我の邪魔をするというのなら、楽には殺さぬぞ」


 一層低くなった地を這う声に、二人が身構える。

 と、どうだろう。突然、周りの木々がザワザワとざわめきだした。風もないのに。二人が思わず何事かとあたりを見回すと、先ほどまで何の変哲もなかった緑や黄緑色の葉が、凄い勢いで紅く染まっていくではないか。

 まるで早送りのように、主を中心とし紅く染められていく木々。そして紅く染まったかと思えば、その早回しの勢いのまま、自身の重力に耐え兼ねたとでもいいたげに、葉が落ちていく。紅い葉が、何枚も、何十枚も、ひとりでにひらひらと落ちていく様は、まるで紅い桜吹雪のよう。はらはらと葉が落ちた木は、一足先に冬の出で立ちになった。

 二人が驚き、声もあげられない間にも、主を中心に紅葉は広まり、そしてやがて、紅葉は山全体を覆った。紅葉こうようは一瞬の命と、葉はそれぞれに地面に舞い散り、今度は地から山を紅く染め上げた。遠くから見れば、もしかしたら紅葉しているように見えるかもしれないが、加賀士山には一足先に、冬が来ていた。


 足元を染める紅を見下ろして、主の男はにんまりと口を歪めた。背中にあった傷跡は、うっすらと痕を残すだけで、綺麗にふさがっていた。


「あ~ん、もういやァ! おシショーさまああああ!」


 よしのが、この常識から大きく外れた状況に耐え切れないという風に叫んだ。その声は大きく、良く通った。


「うるさいよっ」


 みつがすかさず突っ込むが、よしのはもう泣きそうだ。居ないよりマシという程度だが、ここで脱落されるのはまずい。みつが励ましの言葉をかけるより早く、主が行動に出ていた。

 主は、右手を翳す。その手が淡く白く発光し、そこから見えない衝撃が落ちた紅い葉っぱを巻き上げ二人に遅いかかる、その時、


「申し訳ないが、それをまだ喰われるわけにはいかないんだ」


 サァッと一陣の風が吹き、主の放った葉の竜巻の軌道を変え、黒い影が二人と主の間に降りたった。


「貴様、まだ生きていたのか……」


 よしののお師匠様だった。

 黒い山伏の姿で、背中に大きな鴉の翼を背負っている。が、体はボロボロで、明らかに回復が間に合っていない。無理しているのだろうとすぐわかった。だが、そんなボロボロでも、世界一カッコいいヒーローに見えている人がいた。よしのだ。よしのはこんな状況にあっても、きゃーっと黄色い?歓声をあげた。


「あーん!おシショーさまああ!もうっ、本当に大事な時にしか来ないんだから!好き!!」

「うるっさい!いまそれどころじゃないでしょ!」


 すかさずイラついたようなみつが声を上げるが、よしのはそんなのは気にも留めず、おシショーさまァ、どこ行ってたんですか!無事だったんですか!と、久しぶりに会えた大事な人に夢中だ。その様子に困ったように苦笑していたよしのの師匠だが、よしのを手で制すと、忌々しそうに自分を見ている白髪の男性をキッと見た。


「先ほどの、山全体を覆う程の術は、あなたがしたものか」


 普段静かで物腰の柔らかな人のドスを効かせた声は、何故もこう恐ろしく聞こえるのだろうか。口調は静かだが、怒りが隠しきれていなかった。

 主は、ふんっと鼻を鳴らすと、しごく当たり前のように、言った。


「そうだ。これで探しやすくなった」

(ぬし)とは!」


 師匠の怒りが、臨界点を突破した。


(ぬし)とは山の為、山に生きるものの為にいるのではなかったのか!」


 師匠の怒号とは裏腹に、主は余裕を含んだ声で答える


「そうだ。そのために、あの贄がいる」

「本当にそう信じているのか! 今更人の子一人食べた所で、あなたの力は戻りはしない!」

「黙れ!」


 師匠の声に、はじめて主が声を荒げた。キッと師匠をねめつける主を、師匠もまた義憤に燃えた(まなこ)で迎える。


(ことわり)(ゆが)め、咎無(とがな)幼子(おさなご)をその歯牙にかける浅ましさ。あなたは既に、主などではない! ただの大蛇(おろち)だ!」

「黙れというておる!! 我を侮辱せし下等な鴉め、今度こそ八つ裂きにしてやろう!」


 怒号を上げる主に向かって、師匠は怒ったように手に持っていた錫杖を向けた。さっきまで泣きそうにしていたよしのも、勇気百倍とでもいう風に師匠の横に並び槍を突きつけた。

 そんな師弟を見て、一人慌てているのが、みつだった。


「ちょっと! なに更に怒らせてんの?!」


 だが、二人は一歩も引く気が無いようだ。主も、みつ含めた三人を異形の様相で睨んでいる。整った貌は歪み、まるで鬼のようだ。


 何を言ったところで、今更か。

みつは一人肩を竦めた。先ほどは自分やよしのの身を守る為に、主の身体に傷をつけた。まあ、その傷ももうふさがりかけているようだが。その時点で、自分もがっつりこの師弟ひいては鴉の味方と思われている事だろう。

そもそも、贄を、優斗を盗ったとして盗人呼ばわりされていた。もう、どこにも逃げ道は無い。逃げたら、優斗、ひいては近くにいるであろうかおちゃんにも被害が行く。そこまでわずか数舜で考え、少し目を閉じはぁぁあと長い溜息を吐いた。

だが目を開けた次の瞬間には、迷いや躊躇いは消え去っていた。

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