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登山道(脇道)

「優斗!!」

「にいちゃあああああ」


 小さな男の子は走り出し、その小さな体で鷹也にその勢いのままぶつかった。だが、鷹也はしっかりとその小さな体を抱きとめた。


「優斗っ、馬鹿ゆうと! 心配したんだぞ!」

「うえええええ、兄ちゃんだあああああ」


 男の子はまともに返事をすることもできず、泣き喚いた。鷹也はギュッとその体を抱きしめて、何度も弟の名前を呼んで泣いた。

 どこか気が抜けたように、呆と立つみつの横で、よしのが袖を濡らしながら泣いている。案外、繊細なオネェだ。みつがそんなよしのの様子を横目で見ていると、トテトテと歩いてくる足音。よしのに向けていた目をそちらにやる。


「おかえり、玉葉」

「ただいま、不破さん」


 玉葉だった。

 いつもの事務所仕様の省エネ姿ではなく、本来よりも大きな狐姿になっている。


「ちゃんと、あの子を見つけてくれたんだね、玉葉。良くやったね、一番の手柄はキミだよ。でも、よく見つけたね」


 薫のように、みつも自分の横に来てお利巧に座った狐の頭を撫でる。狐は嬉しそうに撫でられていた。


「うん。人の匂いが少ししたんだ。あ、そうだ。このこが、あの男の子を隠しててくれたんだよ。ね」


 撫でられていた玉葉は、自分の鼻先を背中に向けた。みつが目を凝らすと、何か小さいものが玉葉の鼻の頭にくっついた。それを重い様子もみせず、みつに見せるように鼻先を突き出す玉葉。それは、小さなあやかし。小さな林檎大の、みのむし。みのむしは恥ずかしそうにモジモジしていた。


「このこはみのたん。あの男の子の友達なんだよ」

「あ、あの、オイラ…」

「ああ。鷹也が言ってた、優斗が遊んでたみのむしって、きみなんだね」

「オイラが見えるのかっ」

「目を凝らさないといけないけどね。言葉も聞こえるよ。優斗を、隠してくれてたんだって? ありがとう。君、見た所山の精だけど、主の意思に逆らって大丈夫だったの?」


 みつが、主と口にすると、みのむしは器用に玉葉の鼻の頭の上で、きゃっと飛び跳ねた。


「あの、大丈夫じゃないけど、でも、あのこが食べられるの、オイラやだから……」


 悲しそうに目を伏せる。みつは首をかしげて、そのみのむしを見つめていた。


「ねェ、ナニと話してるの?」


 そんなやり取りを、よしのはうすら寒そうに見ていた。みつは、そんなよしのを意にも解さず、みのむしに聞いた。


「その主様は、あの男の子を、食べるって言ったんだね?」


 みのむしは、ちいさく頷いた。肩をすくめるみつ。


「確定かぁ~。人を喰らう主なんて、時代錯誤も良いところだよ全く。あなた達の決定は間違ってなかったようだよ」


 みつが吐き捨てるように言い、よしのを振り返った。よしのは複雑そうな顔をしていたが、余計な事は言わずこくりと頷いた。


「あの、タンテーさん。ありがとう、優斗、見つけてくれて」


 そんなこんなをしていると、泣きはらした優斗を抱きかかえた鷹也がみつ達に近寄ってきた。腕の中の優斗は、疲れたようだが安心しきっているようだった。もうだいぶ重たいだろうに、苦しい顔一つせず、鷹也は小さな弟を抱いていた。


「礼なら、この狐に言ってあげて。きみの弟を見つけて、朝まで付き添っていたのは、このこだから」


 玉葉は、まだ鼻の頭にみのむしを乗っけたまま、ちょっと誇らしそうにクイッと鼻を上にあげた。


「ありがとう。弟を見つけてくれて。何もあげるものがなくて悪いんだけど、本当に、ありがとう」


 鷹也はちょっと優斗を抱きなおし、空いた片手で玉葉の頭をおずおずと撫でた。玉葉は少し目を閉じて撫でられるがままにさせていた。

 と、ずりあげた振動で、優斗が目を覚ました。そして、兄が撫でているのが金色の狐だと気づいて、兄の腕から降りた。そして、玉葉に抱き着いた。小さな優斗には十分すぎる抱き心地だろう。


「狐さんだー。みのたんもいる! ありがとう、兄ちゃんに会えたよ!」


 もう一度、ギュッと玉葉を抱きしめる優斗。その顔は、本当に嬉しそうで。鷹也も、久しぶりに頬が緩むのを感じた。

 



 ガサッと、音がした。




 団らんの、穏やかな朝の空気を乱すような、重い音。そのガサガサ音は、近づいてくるようだ。

 いち早く気づいたみつが、焦ったようにバッとそちらを振り返り、気配にぞわっとした。

 間違いない、この重々しい気配は、


「主だ! 逃げろ、鷹也、優斗! 玉葉もかおちゃんの所まで戻りなっ」


 皆がアッと思うより早くみつが叫ぶのと、大蛇が草むらからシャッと牙をむきだして襲い掛かってくるのは、同時だった。一番草むらに近い所に居たが一瞬でも警戒できていたみつは、なんとかその牙をよける事ができた。だが、転んでしまい、体勢を立て直すのに時間が少しかかってしまった。

 何が起きたのか、みつ以外思考が追いついていなかった、が、ハッと素早く我に返ったのは、よしのだった。


「何やってんの、逃げるのよ! 食べられるわよ! ここは何とかするから、早く神凪ちゃんの所へ!」


 鷹也達を隠すように、前に立ちはだかるよしの。

 蛇を、こんなに大きな蛇を見たことが無い鷹也は、足がすくんでしまった。弟を、逃がさなければと思うが、足が言う事を聞いてくれない。それどころか、優斗はあろうことか兄の腕を抜けて主の所へ行こうとしている。白い大蛇を見て、嬉しそうに声をあげて。


「ぬしさまだー」

「ゆうと。こちらへ、おいで」


 優しげだが、低く唸る男性の声が聞こえる。ここに、他に人はもういないハズだ。じゃあ、この声は、どこから。蛇に睨まれた蛙状態の鷹也だったが、その手はしっかり優斗の腕を握っていた。優斗は、何故兄が邪魔するのか、何故見知らぬ大人たちが慌てているのか理解できず、なお主のもとへ行こうともがいている。


「ああ、もう!」


 そんな人間たちに業を煮やした玉葉が、人型をとった。あの三十代ごろの男性の姿に。人になった玉葉の行動は、早かった。みのむしをポケットに乱暴に入れると、もがいている優斗を米俵のように抱き上げ、鷹也の腕を取って走り出したのだ。

 ようよう立ち上がり、玉葉が二人を連れて走り出したのを見て、みつは少しホッとして主に向き直った。主は後を追おうとしていたので、それを邪魔するように略式の不動金縛りをかける。が、予想通りかからない。だが、目論見通りこちらをみた。かからないのも、想定の内だ、一応。


「何をする……」

「あの子を食べたって、力は戻らないよ」


 少しの間に色々準備しながら、みつが言った。その言葉に、蛇は止まり鎌首をもたげてみつを見た。表情はないが、わかる。明らかにイラついている。


「なんだと?」

「もう、昔みたいに、人から力は得られないよ。だからさ、諦めてよ。余生を静かに過ごして、次の主を待ってよ」


 みつはなるべく静かに話しかける。刺激しないよう。だが、突然に主の怒りが爆発した。


「諦めろだと! 次の主だと! 次の主はお前ら人の子らが喰ろうてしもうたわ!!」


 地を這う声は怒りで上ずり、天まで届こうかという程の怒声となった。


「次の主を喰ろうた人の子なら、きっと我の力も戻ろう……」


 また、あの表情の読めない黒い瞳が、みつを見る。まずい事になっているが、顔には出さないよう気を引き締めるみつ。


「そんな! 次の主が食べられたなんて話、聞いてないワ!」


 今まで恐怖で黙っていたよしのが、思わず声を上げる。

 今度は、よしのを見る大蛇。


「下等で人に紛れる鴉が知らぬのも、さもありなん。山を監視気取りのその節穴で、何が見える?」


 馬鹿にされたとわかって、くっと唇を噛みしめるよしの。怒りが目に宿る。恐怖より怒りが勝ったようだ。何より大事な人をけなされたのだ。


「でも、あの子は街で生まれてる筈だ。次の主を食べた本人じゃないだろう。なんで、あの子に目をつけた」


 まだ、少しは話が通じるかと思い、みつは主に問うた。主はその鎌首を器用にみつに向けた。


「我の贄として、置かれていたからだ。人が我の怒りに気づき、よこしたのだろう?」

「はあ? あなたが連れ去ったんじゃないの? わざわざ探し出して」

「何故我が、人の所に行く。あれは、我の神域に置かれていたのだ。この山に(きょう)されたモノはすべて我の物よ」


 みつの頭脳が、フル回転する。

 優斗は、計三回神隠しにあっているハズだ。だがこの主は優斗を贄と、山に捧げられたものだと認識している。つまりは、自分で神隠しをして取ったわけではない、という事。ならば誰かが、優斗をこの山に捧げたという事だ。誰が? 一番近しい鷹也はしっかりしているとは言えまだ子供だから、知らされてなかったという可能性もあるだろう。だが、誰がソレをした? はっきりと、怪しいといえる存在はある。彼らの保護者で、鷹也に神隠しと伝えた、オジサンとオバサンという存在。彼らが関係していないという事はまず考えられないだろう。だが、どこまで?

 が、とりあえず、今はその事はおいておこう。弱っているとはいえ、怒っているこの山の主と対面しているのだから。


「どうあっても、あの子供を返してはくれないんだね」

「そうさな。お前が変わりに我に喰われるというなら、考えてやらんでもない」

「はっ、お断りだね。あんたにくれてやる命は、一欠けらも持ち合わせてないんでね!」


 みつはそう見得を切ると、右手の人差し指と中指を唇に当て、口の中で素早く何かを呟いてハッという気合とともに、その指を大蛇に向けた。だが、大蛇は鎌首を左右に振っただけで、弱った感じは見せない。みつはやっぱりか、と思いながら自分のリュックを素早く下ろし取り出しやすい前ポケットから細長い短刀を取り出した。玉葉の短刀だ。その短刀の鞘から刃を抜き、目の前に水平に翳す。


「ちょっと、アンタそんな短い得物で大丈夫なのォ」


 よしのもそう心配そうに声をかけながら、何やら自分の懐から短い棒を取り出したかと思うとブンっと振った。すると短い棒の先端からさらに棒が二回シュシュッと出て、長い杖状になった。さらにその一番先端に手をかけると、蓋のような物が外れ、槍の切っ先のような刃が出てきた。仕込み杖のようだ。素早く槍のように構えその切っ先を大蛇に突きつける。

 みつは、その鮮やかな手際に少しびっくりしたようによしのを見ながら、答えた。


「大丈夫、伸ばすから」


 そういうと、目の前に構えていた短刀の刃に左手を添え、切っ先を伸ばすように動かす。するとどうだろう、短刀の刃自体はそのままだが、白い光が長い刀のように伸びている。今度はよしのがそれを見て驚いた。


「んまッ、ナニその手品すごっい!」

「手品じゃないよ!」


 敵前だというのにきゃっきゃとしている二人に、大蛇が音もなく噛み付きかかる。それを何とかよける二人。よしのの方に牙が向いていたようで、切っ先が肩口をかすめ布が裂けた。

 ワッと野太くも甲高い悲鳴をあげる。


「弱き者どもが、我の怒りをこうて無事に帰れると思うなよ……」


 地を這う声が、余裕そうに笑いを含む。完全に、二人の首を噛み切る気でいるようだ。

 一定の距離を取り対峙する二人。みつは素早く目だけでよしのを見て、


「ひきつけよう」


 そう言った。

 よしのはわかったという風にこくりと頷く。それを見て、みつはバッと踵を翻して、玉葉が走った方向とは逆方向に走り出した。その一瞬後によしのも踵を返して走り出した。大蛇に背を向けて逃げるのは相当な恐怖だったが、走るしかない。


 大蛇は逃げ出した二人の姿を見て、ゆっくり追い始めた。自分の山だ。あのような人間どもすぐに追いつける、そう思ったように、余裕そうに。



再開の場面はさつきとめいちゃんを意識して書いてました

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